第23話:【軍議・十万人の壁】
最新のプロジェクターが、リビングの壁に冷酷な数字を映し出す。
「……というわけで、現在のチャンネル登録者数は八万人で止まっている。ここからが正念場だ」
一条家からの刺客を退け、高級タワマンに拠点を移した。普通なら勝ち組のゴールだが、俺たちの目標はもっと先にある。
裏サイトで変なバズり方をしたせいもあるが、そもそも今の数字はこの生活には見合っていない。必然に迫られての強引な引っ越しだったとはいえタワマン暮らしをしているとはとても思えないほど少なすぎる数字だ。
眞白さんとの生活を維持するためにはもっと高みを見据える必要がある。それには今まで通りの配信をただ同じように続けているだけではいけない。そう感じていた。
チームのメンバーも増えた。この段階で全員の意識をすり合わせておく必要がある。
「八万人……。それほど多くの民が私を見ているというのに、まだ足りぬのか?」
眞白さんが、凛に勧められた大粒の瑞々しい苺、『極上あまおう』を不思議そうに眺めながら首を傾げる。
「足りませんわ、眞白様! 十万人。その数字は、この国の『時代の寵児』として認められるための最低ラインですの。いいえ、むしろそこをスタートラインと思っていただきたいくらいです。……プロデューサーさん、現状の配信は、あまりに『颯太郎さんと眞白様の二人三脚』感が強すぎますわ」
凛が扇子をバサリと広げ、俺を指差す。
「いいですか? 私という最強の広報と、そこに隠れている……潤さん?」
「……J。……本名で呼ばないで。ボクはデジタル守護霊」
スピーカーから潤の不機嫌な声が響く。
「そう、Jさん! 今までのやり方では私たちのプロの仕事が画面から伝わりません。最近エゴサをしていると視聴者は『この子、実は一条家のCGなんじゃないか?』って疑い始めているようですわ」
「……確かに。一条家の本家が、眞白様を『所有怪異』だと触れ回ってる影響もある。ボクたちは『意思を持った最強のチーム』であることを証明しないといけない」
潤の指摘は正しかった。
これまでは、俺が裏で必死にハックしている姿をわざわざ見せるようなことはしなかった。必要性を感じなかったというのもあるし、多くの視聴者は眞白さんが目当てなのだからなるべく長く彼女が映り続けていた方がいいだろうと思っていたのだ。だが、今はそれが裏目に出ている。
「……よし。次の配信から、やり方を変えよう」
俺は窓の外、一条家の本邸がある方角を見据えた。
「Jはドローンの操作ログと解析データを画面の端にリアルタイム表示しろ。凛さんは視聴者とのコミュニケーションと、眞白さんの『神々しさ』を最大化する画角をJに指示。……俺は、それら全ての情報を一つの術式として統合する」
俺はあえて不敵に笑い、眞白さんを見た。
「眞白さん。君が戦っている時、俺たちの声が聞こえるように調整します。君は一人で戦ってるんじゃない。俺たちの『技術』と『熱狂』に背中を預けて戦ってるんだってことを、全世界に見せつけてやりましょう」
「……ふむ。其の方たちの声が常に聞こえる戦か。それは、少し騒がしそうだが……悪くないな」
眞白さんが、楽しそうに笑って苺の最後の一口を飲み込んだ。
十万人の壁。一条家の呪縛。それら全てを粉砕するためのチームが、今、本当の意味で結成された。
――その時、パソコンのスピーカーから小さく通知音が鳴る。
俺は三人に断ってモニターに視線を向けた。
「……おお。ついに来たか、企業案件。新チームの腕試しにはうってつけだな」
俺はモニターに届いた一通のメールを凝視する。
送信元は『株式会社ファミリアストア』。国内最大手のコンビニチェーンだ。
「颯太郎、また難しい顔をして『板』を睨んでおるな。今度はどのような呪詛だ?」
ソファで凛に爪の手入れをされながら、眞白さんが不思議そうにこちらを見る。自由すぎる。ちょっと会議を中断したからってすぐにネイルケアを始めないで欲しい。
「呪詛じゃなくて、お祝いですよ。……眞白さんが以前配信で食べた『鮭おにぎり』、あれが全国の店舗で完売続出。……で、ファミリアストアから正式に『おにぎり公式アンバサダー』への就任依頼が来ました」
「あん……ばさだあ? 呪文か?」
「簡単に言えば、広告塔です。眞白さんがそのお店の顔になって、おにぎりの魅力を世に広める役目ですよ」
その説明を聞いた瞬間、眞白さんの目がかつてないほどに輝いた。
「広める……? つまり、仕事として、堂々とおにぎりを食べ続けても良いということか!?」
「まあ、そういうことになりますね」
「受ける! 今すぐ受けようぞ、颯太郎!! むしろなぜ今まで誘わなんだのだ、其の『ふぁみりあすとあ』とやらは!」
身を乗り出す眞白さんを、「お動きにならないで、眞白様!」と凛が必死に制する。いや、そもそも会議中にネイルケアをしないで欲しいのだが。
「お聞きなさいませ、眞白様! アンバサダーとはただ食べるだけではなく、眞白様の高貴なイメージをブランドに貸し出すということ。……プロデューサーさん! 契約金、まさか端金で受けるつもりじゃありませんわよね?」
凛が鋭い目線で俺を射抜く。
「分かってる。J、ファミリアストアの現在の株価と、眞白さんの経済波及効果の試算データを出してくれ」
「……了解。……既に送信済み。……現在の『眞白売れ』による経済効果は概算で二十億。……契約金は最低でも、向こうの提示額の三倍は吹っ掛けていい」
スピーカーからJの冷静な声が響く。彼女は既にファミリアストアの公式サイトをハック……もとい、徹底調査していたらしい。
「よし、凛。君は宣伝用の衣装と、眞白さんが一番綺麗に見える『食べ方』の演出案を。Jは配信のライティングと、米のツヤを強調する専用フィルタの構築を頼む」
「承知いたしましたわ! 御園重工のコネを使って、世界最高級の炊飯器も用意させますわよ!」
「……ボクは、海苔がパリッとする音だけを抽出する集音アルゴリズムを書く。……眞白様の咀嚼音は、国宝だから」
二人の推しに対する異常な情熱が、ビジネスという枠組みの中で恐ろしいほどのシナジーを生み出していく。
「……颯太郎、皆が何やら殺気立っておるが、私はどうすればよいのだ?」
嵐の中心で一人、眞白さんだけがポカンとしている。
「眞白さんは、いつも通り『美味しい』と思って食べてくれればいいんです。……それだけで、世界は動きますから」
「ふむ、左様か! 食べるだけで世を救えるとは、今の世はまことに慈悲深いわ!」
こうして、平安の最強呪術師による初めての案件が動き出した。
それは単なる広告ではなく、現代の食文化を眞白さんのバズりで塗り替える、巨大なプロジェクトの始まりだった。




