第18話:【摩天楼の城】
港区の一等地にそびえ立つ、ガラス張りの超高層タワー。不動産屋にかなりの無理を言い、即日で入居の手続きを進めてもらったのがこの場所だ。通称『聖域』。
「……おいおい、マジかよ。ここが本当にマンションか?」
専用のエレベーターが耳鳴りがするほどの速度で上昇し、最上階のフロアで静かに扉を開いた。
「颯太郎、此処は……天界か? 雲がすぐそこにあるぞ。下界の民が、まるで蟻のようだ」
眞白さんはエントランスを抜けた瞬間から、天井まで届く巨大な窓に張り付いていた。眼下に広がるのは、東京の街並み。宝石をぶちまけたような夜景が、地平線の彼方まで続いている。
「昨日までのボロアパートとは大違いですね。……さて、中に入りましょう」
俺が玄関のスマートロックに手をかざすと、電子音と共に重厚な扉が開いた。
『おかえりなさい。室温を二十三度に設定し、照明を点灯しました。お疲れ様でした、オーナー』
天井のスピーカーから流れる、落ち着いた女性の合成音声。
「――なっ!? 誰だ! 何処に隠れておる! 颯太郎、壁が、壁が喋ったぞ!!」
眞白さんが即座に身構え、指先に呪力を宿らせる。
「落ち着いて、眞白さん! 敵じゃない、これは『スマートホーム』っていう家の管理システムです。ただの機械ですってば!」
「き、機械だと? 姿も見せぬまま声を掛けてくるとは、なんという不届きな式神か! ええい、出てまいれ! 正体を現せ!」
壁をぺたぺたと叩き、必死に『喋る壁』の正体を探そうとする平安の最強呪術師。俺はその横で、タブレットを操作しながら一人で興奮に震えていた。
「……すげえ。この壁、ただのコンクリートじゃない。防音材の層に、微細な呪力回路が編み込まれてる……。これなら上級怪異が外で暴れても、部屋の中は図書館並みの静かさだぞ」
俺が一番こだわったのは、この『防音』と『対魔結界』の設備だ。
「眞白さん、見てくださいよこの配線! 部屋全体が巨大な物理的・呪力シェルターになってるんだ。これならどんなに派手な術式をぶっ放しても、外には一ミリも呪力が漏れない。……つまり、最高の『配信環境』ってことです!」
「其の方が楽しそうなのは結構だが、私は此の……勝手に灯りが点いたり、カーテンが開いたりする化け物屋敷に、少々気圧されておるぞ……」
眞白さんは怯えながらも、部屋の奥へと進んでいく。そして、バスルームの扉を開けた瞬間、彼女は再び絶叫した。
「――っ、颯太郎!! 大変だ! 壁が……壁がなくなっておる!!」
「え? ああ、ビューバスですよ。お風呂に入りながら外が見えるっていう……」
「馬鹿を申せ! 丸見えではないか! 露天どころの話ではない、此れでは空飛ぶ烏からも、向こうの鉄の塔からも、私の全てが白日の下に……!! 破廉恥な! 破廉恥極まる!!」
「いや、特殊なガラスだから外からは見えないんですって。ほら、スイッチ一つで曇りガラスにも……」
「信じぬ! 私は信じぬぞ! 後の世の民は、此のような透明な檻で身体を洗うというのか! 狂っておる……狂気の沙汰だ!」
パニックで顔を真っ赤に染め、バスルームの入り口で固まる眞白さん。どうやら、ハイテクな『城』に慣れるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。
俺は苦笑しつつ、最新のサーバーラックを設置するための準備を始めた。他の配信機材も最新のものに入れ替える手筈を整えている。しばらくはその設置作業だけで大忙しだ。
「……よし。ここが俺たちの新しい戦場だ」
十九万個のおにぎりを守るにふさわしい、鉄壁の城。敷金と礼金、家賃だけで数百万円の資金が飛んだがその価値はあると信じている。
今後もこの城に住み続けるためにはひたすら戦うしかない。ダンジョンに潜って配信をし、バズって稼ぐ。ここから、俺たちの快進撃はさらに加速していくのだ。




