第14話:【奪還作戦】
俺と対峙した柊が背後に合図を出す。すると二人の役人は懐から特殊な法具――『重層封印鏡』を取り出した。
「随分と大きな口を叩いたものだ、一条颯太郎。だが、貴様は呪術庁を――そして、我が柊家の呪術を舐め過ぎた」
三枚の鏡が宙に浮き、眞白さんを三角形に囲い込む。そこから放たれた黒い呪力の鎖が、彼女の四肢を縛り上げ、冷たいアスファルトへと縫い止めた。
「――っ、あ、あぁ……っ!!」
眞白さんの悲痛な叫びが響く。
「眞白さん……!」
「無駄な足掻きだ、一条颯太郎。どれほど大衆の目を集めようと、柊家が数百年かけて磨き上げた封印術は解けない。……見ろ、これが貴様が連れ回していた『化け物』の真の姿だ」
鏡に映し出された眞白さんの姿は、酷く歪んでいた。
鎖骨の罪人の刻印からどす黒い呪力が溢れ出し、彼女の周囲を侵食していく。その呪力に触れた街路樹の葉が、一瞬で枯れ落ちた。
「……あ、あ。……やはり、こうなるのだな」
眞白さんの瞳から、光が消えていく。
鏡に映る自分。苦悶に歪み、禍々しい闇を垂れ流すその姿は、かつて彼女を暗闇に追いやった者たちが忌み嫌い、恐れた『化け物』そのものだった。
「……数百年が過ぎ、世が変わっても……私は、変われぬ。私は、存在するだけで周囲を穢す……呪われるべき、化け物……なのだ」
涙が彼女の頬を伝い、地面に落ちる。
自分の存在そのものが罪であると、彼女自身が認めてしまった。その絶望に呼応するように、封印の鏡がギチギチと音を立てて収縮し、彼女の細い身体をさらに強く締め付ける。
「そうだ。貴様は存在するだけで世界を汚すバグだ。大人しく消えろ」
柊の冷酷な宣告。
だが、その言葉を遮るように、俺の絶叫が夜の街に響き渡った。
「――ふざけるな!」
俺は封印の結界を叩き、スマホを眞白さんに見えるように掲げた。
画面には、規制を逃れて集まってきた裏サイト『Depth』のチャット欄が、処理しきれないほどの速度で流れ続けている。
「……眞白さん! 前を見てください! 貴女を否定してるのは、目の前にいるたった三人の『時代遅れ』だけだ!」
「……颯太郎。だが、私はこの通り、穢れを撒き散らす、化け物で……」
「いいえ、違います! 見てください! 今、この『裏ルート』の劣悪な画質でもいいからと、必死に貴女の無事を祈ってる連中を!」
俺はスマホの音量を最大にした。
スピーカーから漏れるのは、かつて彼女が「攻撃か!?」と怯えていた、無数の『通知音』。スパチャの音、応援のボイスメッセージ、そして画面を埋め尽くすコメントの『熱』だ。
「世界貴女を否定しても、俺の視聴者五万人が貴女を肯定している!!」
その言葉に、眞白がハッと目を見開く。
「『眞白様を連れて行くな』、『彼女は化物じゃない、俺たちの英雄だ』、『おにぎりを食べて笑う彼女は、誰よりも人間らしい』……!! 」
俺は、チャット欄に流れるメッセージを必死に読み上げた。
「これが、今この瞬間の、世界の声だ! 貴女のことが誰よりも愛おしいっていう、五万人の答えなんだ!!」
スマホの画面越しに、見ず知らずの、けれど温かい、何千、何万という人々の「眞白!」と叫ぶ声が、封印の闇を突き破って彼女の耳に届く。
「民の……声が……」
眞白さんの瞳に、ほんのわずか、光が戻った。
彼女を縛る黒い鎖が、俺の言葉と視聴者の熱気を受けて、わずかに震える。
「そうか。私は一人では、ないのだな。……私は、一人で死ぬために目覚めたのではなかったのだな、颯太郎」
眞白さんが、顔を上げた。
柊たち三人が作り出す小さな闇よりも、俺のスマホが放つ光の方が、今の彼女には眩しく、力強く映っているようだった。
「……柊とやら。其の方らの鏡は、まことに暗くて冷たいな。……だが、残念であった。今の私には、此の『板』を通して、温かな光が届いておるわ!」
眞白さんの心が、絶望から希望へと繋ぎ止められた。
「チッ、どこまでも往生際の悪い……! 法具の力を増幅させろ。一気に封印を完了させるぞ!」
柊が焦燥を露わに叫ぶ。
だが、もう遅い。
「眞白さん……お待たせました。これから俺たちの最高のライブ配信を再開しましょう!」
俺の指が、スマホの画面の奥にあった『最終アップデート』の実行ボタンを捉えた。




