第13話:【孤立】
俺が柊にスマホを突きつけた直後、画面が暗転した。
「――チッ。……やっぱり、そう来るか」
再読み込みのアイコンが虚しく回転し、やがて冷徹なシステムメッセージが表示される。
『規約違反により、このアカウントは一時停止されました』
「な……!? 颯太郎、板の明かりが消えたぞ! 民の声が聞こえぬ!」
眞白さんが青ざめた顔で俺の袖を引く。
柊は眼鏡の奥で勝利を確信したように、薄く、醜い笑みを浮かべた。
「無駄だと言っただろう、一条颯太郎。呪術庁の権限は、大手配信プラットフォームの運営にまで及ぶ。公共の秩序を乱す『危険物』の映像を垂れ流すなど、我らが許すはずもない」
「秩序……? 都合のいい言葉だな。あんたたちが守りたいのは、自分たちのメンツだろ」
「勝手にほざいていろ。さあ、その『個体』を渡してもらおう。通信手段を失った君は、ただの一般人だ」
柊の背後に控える男たちが、威圧するように一歩踏み出す。
刻印の痛みに耐えかねた眞白さんは、地面に膝をつき、肩を震わせていた。
「颯太郎。もう、よい。其の方まで、罪人の片棒を担ぐことはない。私は、一人に戻るだけだ。元より日の当たる場所に居てよい身では……」
「眞白さん!」
俺は眞白さんの横にしゃがみ込み、彼女の手を力強く握りしめた。その手の震えを感じながら柊を睨みつける。
「俺が通信手段を失っただって? 冗談じゃない。ネットには日の光が当たらない裏側だってあるんだよ」
「……何?」
俺はバックポケットから、一切改造が施されていない真っ黒なスマホを取り出した。一条家を追放された時、万が一のために用意しておいた、秘匿回線専用の端末だ。
「柊さん。あんた、大きな勘違いをしてますよ。俺をただの配信者だと思ってるなら、大間違いだ。俺の本職は――『呪術エンジニア』だ」
俺の指が、文字通り目にも止まらぬ速さで画面を叩く。
公式のプラットフォームがダメなら、規制の届かない裏側を使えばいい。
「P2P分散型配信プロトコル……バックドア・ルート、強制開通。――世界中の『有志』に、俺たちの映像をミラーリングさせる!」
柊が目を見開くのと同時に、俺の手元のスマホが再び輝き始めた。
それは、表の綺麗なUIではない。生々しいコードが流れる、裏ルートの配信サイト『Depth』。
「公式がアカウントを凍結させたせいで『何が起きてるんだ!?』って逆に野次馬が倍増してますよ。ほら……見ろ」
俺は再びスマホを掲げた。
そこには、規制を逃れて集まってきた、かつてないほどの熱狂的なコメントの奔流。
SNSでは、『#呪術庁の弾圧』『#眞白を救え』というタグが、トレンドの最上位を独占し始めていた。
『おい、D-Liveのアカウントが速攻で消されたぞ! ガチで闇深すぎるだろ!』
『裏サイトで復活してる! 何してんだ、颯太郎!?』
『眞白お嬢様を泣かせるな! 柊とかいう奴、特定しちまうか?』
「バカな、裏サイトだと……!? 往生際が悪いな。こんな真似をしてタダで済むと――」
「タダで済まないのは、あんたたちの方だ」
俺は眞白さんの手を取ってゆっくりと立たせる。そして、式神型ドローン『眼一号』のレンズを至近距離で柊に向けた。
「今、この瞬間、世界中の『アンダーグラウンドな視聴者』が、あんたの顔と名前を刻み込んでる。……眞白さん、準備はいいですか? ここからはゲリラライブ――台本なしの、真剣勝負です」
「ああ。其の方がそう言うのならば……!」
眞白さんの瞳に、再び強い光が宿った。
刻印の痛みさえも、視聴者から送られてくる未加工の熱狂が塗り替えていく。
「一条颯太郎……! 貴様は、呪術界全てを敵に回すつもりか!」
「上等だ。観客は今、ざっと五万人。さあ、喧嘩しましょうか」
今度は数字は盛っていない。違法サイトではあるが、五万人以上の視聴者がそこに集まってくれている。後ろ暗くてもこれ以上に頼りになる数字はない。
己の魂を鼓舞しながら眞白さんの手を引いてその体を支える。
街灯の下、一人のエンジニアと平安の最強少女が、巨大な権力に向かって真っ向から牙を剥いた。




