第12話:【過去の影】
アパートへの帰り道。新しい和モダンな衣装に身を包んだ眞白さんは、満足げに自分の腹をさすりながら、夜の街灯の下で微笑んでいた。
「寿司も天麩羅も……まことに、この世の極楽であったぞ、颯太郎」
配信の収益、そして視聴者からの温かい声。彼女の顔からは、かつて封印の間で見せた孤独な罪人の面影は消えつつあった。
「それは良かったです。……あ、眞白さん。さっきのお店で撮った写真、もう千件以上『いいね』がついてますよ」
「うむ。民の想いというのは、まことに熱烈なのだな。……ん?」
不意に、眞白さんの足が止まった。彼女の手が、胸元の合わせを強く握りしめる。
「眞白さん? どうしました?」
「――熱い。……体が、痛む。何だ、これは。……久方ぶりに、疼きおるわ」
彼女の白い肌を透かすように、鎖骨のあたりに禍々《まがまが》しい紅色の紋様が浮かび上がった。
それは、彼女を数百年の闇に繋ぎ止めていた罪人の刻印だった。
その紋様が、まるで生き物のように脈打ち、周囲の空気を黒く澱ませていく。
「な、何だ、これ。呪力が逆流してるのか!? 眞白さん、しっかりして!」
「来るな、颯太郎。……何かが、近づいてくる。この嫌悪感、忘れるはずもない。かつて私を『化け物』と呼び、闇へ沈めた者どもの末裔だ……!」
その瞬間、街灯の光が不自然に屈折した。
アスファルトの上に、長い影が三つ伸びる。
「――やはり、ここか。一条家の放蕩息子が、封印指定級の『危険物』を連れ回しているという噂は本当だったようだな」
闇の中から現れたのは、黒いスーツを纏った三人の男たち。
中央に立つ男は、眼鏡の奥の冷徹な瞳で眞白を見据え、懐から銀色の警察手帳のようなもの――『呪術庁・公安部』の身分証を取り出した。
「私は呪術庁・特例怪異管理官の柊だ。一条颯太郎。君が不法に所持しているその『個体』は、数百年前に我が一族――柊家が封印を任された重犯罪者である」
「……柊? ああ、一条家の『番犬』をやってるっていう、あの堅物の一族か」
俺は眞白さんの前に立ち、男を睨みつけた。
柊家。一条家の本家に仕え、古くから穢れの処理を専門としてきた家系だ。
「個体なんて呼び方はやめてくれ。彼女には九曜眞白っていう名前がある。それに、彼女を封印から解いたのは俺だ。今の彼女は俺の配信のパートナーであり、この時代の住人だ」
「笑わせるな。その『九曜眞白』という存在は、ただ生きているだけで周囲の霊格を狂わせる、歩く霊的災害だ。事実、先程からその個体の刻印が反応している。これは個体の意思に関わらず、再び『災い』が漏れ出している証拠だ」
柊が合図を送ると、両脇の男たちが特殊な霊的拘束具を取り出した。見た目は手錠そのものだ。
「九曜眞白。貴様には、再封印までの間、呪術庁の地下独房への移送を命じる。抵抗するなら、今この場で『処分』の対象となるが……どうする?」
「……処分、か」
眞白さんが、痛みに耐えながら低く笑った。その笑みは、悲しいほどに冷え切っている。
「……案ずるな、颯太郎。いつかは、こうなると思っておった。私は、罪人。日の下を歩いてはならぬ身よ。おにぎりも、寿司も、十分すぎるほどに味わった。其の方には、感謝してもしきれぬ」
「何を言ってるんですか、眞白さん!」
「よいのだ、これで。……さらばだ、私のプロデューサー殿」
彼女が、諦めたように柊たちの方へ一歩踏み出そうとする。
その背中があまりに小さく見えて、俺の胸の中に、これまでにない激しい怒りが湧き上がった。
「――待て。勝手に終わらせるな」
俺はスマホを取り出し、柊たちの足元に式神型ドローン『眼一号』を急降下させた。
「一条颯太郎。邪魔をするなら公務執行妨害とみなすぞ」
「公務? 笑わせるな。あんたたちがやってるのは、ただの拉致だ。……眞白さん、何度でも言いますよ。俺が貴方をこの時代で一番輝く『英雄』にするって、そう約束しましたよね。貴方はこの時代に不可欠な存在になるんです。二度と封印なんかさせない」
俺はスマホの画面を、柊に見えるように向けた。
そこには、既に開始されているゲリラ生配信の画面。
「――現在、同時視聴者数、二万人。この映像は、リアルタイムで世界中に拡散されてる」
数字は多少盛った。どの道、時間が経てば徐々に増えていくのだから噓ではない。それよりも重要なのは例え虚仮威しであっても柊への牽制になってくれることだ。
柊は、俺の狙い通りにたじろいでくれた。
「貴様、何のつもりだ」
「あんたたちが無抵抗な女の子を無理やり連行しようとしてる姿、全部バズらせてやる。呪術庁が『平安の英雄を不当に弾圧している』って世論が固まったら、あんたたちのメンツはどうなるかな?」
「……貴様ッ!」
柊の顔が、怒りと焦燥で歪む。だが、これはまだ序の口だ。
「眞白さん。俺を信じて。……貴女を、二度と暗い場所には戻させない」
過去の影が追い縋り、現代の権力が牙を向く。
俺たちの『バズり』を賭けた、過酷で熱い戦いが始まった。




