第11話:【お着替え配信】
翌朝、俺のアパートの古びたちゃぶ台を囲み、眞白さんが俺のスマホを覗き込んで硬直していた。
「……なんだ、その数字は。桁を読み間違えておらぬか?」
画面に表示されているのは、昨日の対決配信による収益の概算である。
現代の貨幣の価値がよく分からないという眞白さんに説明をしたところポカンと口を開けたまま固まってしまったのだ。
「読み間違いじゃないですよ。投げ銭と広告収益の合計。……眞白さんの昨日の勇姿に、世界中の人がこれだけのお金を払ったんです」
「これほどまでの『供物』……。昨日戦ったのは、あの怨霊一体であろう? 以前の世であれば、村一つ救ってもこれほどの富は得られなんだぞ」
眞白の指が、画面上の数字を恐る恐るなぞる。
昨日の同接4万人は、まさに奇跡だった。
トップランカーである一条蓮のチャンネルから視聴者が流れ込んできたことや彼があの後に出した謝罪動画の効果もあり、俺のチャンネルの登録者数も爆増した。
だが、決定的だったのはアンチを味方に変え、注目を呪力に変換したあの一撃。あれが視聴者の財布の紐を完全に破壊したらしい。
「いいですか眞白さん、これが『バズ』の力です。……さて、このお金の使い道ですが、まずは貴方の『戦闘服』を買いに行きましょう」
「せんとうふく? 此の『わんぴーす』では不服か?」
「いえ、似合ってますけど、一着しかないと洗濯も大変ですし。それに、今日は『お着替え配信』をして、次の衣装を視聴者に決めてもらおうと思うんです」
――こうして、俺たちは原宿へと繰り出した。
「なっ……! 此処は、人の海か!? 誰も彼もが、眩い衣装を纏っておる……。颯太郎、あそこにいる女子、頭に耳が付いておる。もしや妖の化身か!?」
「あれはカチューシャですね。……眞白さん、逸れないように俺の服の裾、掴んでてください」
パニック寸前の眞白さんを連れて、俺はあらかじめ予約しておいたスタジオ兼セレクトショップへ滑り込んだ。
式神型ドローン『眼一号』を起動し、ゲリラ配信を開始する。
『【緊急アンケート】最強呪術師・眞白様に何を着せたい?【お着替え配信】』
開始五分。同接は瞬く間に一万人を超えた。もはや彼女の注目度は、トップアイドルに匹敵する。
「さて、視聴者の皆さん。今から眞白さんに二つの系統の服を着てもらいます。どちらが似合うか、アンケートで決めてください。……眞白さん、まずはこれ。あっちのカーテンの奥で着替えてきてください」
「ふ、不敬であるぞ! 衆人環視の中で着替えるなど……。だが、約束の懐石料理とやらのためだ。致し方あるまい!」
眞白さんが憮然とした顔で、俺が渡した一式を持って更衣室へ消える。
数分後。
「……颯太郎。此の、首の周りのひらひらが酷く痒いのだが……。それと、腰の紐がキツすぎる」
カーテンが開いた瞬間、チャット欄が蒸発した。
そこに立っていたのは、フリルとリボンを重厚に重ねた、漆黒と深紅のゴシックロリータを纏った眞白さんだった。
銀髪が黒い衣装に映え、人形のような美貌がより一層、この世のものとは思えない神秘性を帯びている。
【D-Live リアルタイム・チャット】
限界オタク: ????????????
名無しさん: 待て、心臓が止まった。
眞白様ガチ恋勢: 葬式は原宿でお願いします(スパチャ¥10,000)
考察ニキネキ: 平安の最強×ゴスロリ。情報の過負荷で脳が焼ける
「……眞白さん、あの。……めちゃくちゃ似合ってます」
「そうか? なんというか……妙に落ち着かぬ。破廉恥ではないが、何やら、おぞましい魔力を感じる衣装だ」
「それは『可愛さ』っていう暴力です。……じゃあ、次はこれ。本命のやつですね」
俺が次に手渡したのは、伝統的な和裁と現代のシルエットを融合させた和モダン袴スタイル。
再び更衣室から現れた彼女を見て、今度はドローンのマイクが「ピー」というノイズを拾った。後から分かったことだが、この時チャット欄の視聴者が絶叫しすぎてドローンがそれを音声だと認識したらしい。そんなことがあるのか。あったんだよ。
鮮やかな椿の柄が踊る振袖に、濃紺の袴。足元は編み上げのブーツ。
それはまさに、現代に舞い降りた『最強の巫女』そのものだった。
「……此方は、少しだけ平安の都を思い出すな。動きやすくて良い」
眞白が、袴の裾を少しだけ持ち上げて、くるりと回る。
その瞬間、画面上のスパチャが虹色で埋め尽くされ、文字通り画面が見えなくなった。
『全人類、降伏』
『もうアンケートとかどうでもいい、両方買え。俺が払う』
『眞白様の「和」の暴力。一条家が震えて眠るレベル』
『颯太郎、お前は前世でどんな徳を積んだんだ』
「――よし、アンケート結果が出ましたね。……って、僅差すぎて決まらないな。分かりました、両方買いましょう」
「えっ、よいのか!? 供物は一つではなかったのか?」
「視聴者が、貴方の美しさに負けて『全部買ってやれ』って言ってるんですよ」
眞白さんはスマホの画面に流れる、これまでにないほど熱狂的な称賛の嵐を目にして、頬を朱に染めた。
「……全く。後の世の民は、まことに、まことに……面食いよな。……ありがとう、颯太郎。また少し、此の時代が好きになったかもしれぬ」
彼女の飾らない笑顔がアップで映し出された瞬間、単独配信であるにも関わらず同時接続者数は2万人を記録した。
同時にリスナーの半数は尊死という名の壊滅を遂げたようだったが、それは気にしないでおく。
数分後、大量の紙袋を抱えた俺と、新しい和モダン服にご機嫌な眞白さんは、新宿の最高級和食料理店へと向かう。
「さあ、眞白さん。寿司でも天麩羅でも、好きなだけ食べてください」
「うむ! 此の九曜眞白、今夜は限界まで喰らってくれるわ!」
――しかし。
贅沢な休日の裏側で、俺のスマホには一通のメールが届いていた。
『件名:一条家総会への召喚について』
送り主は、一条家現当主。俺を追放した、実の親父だ。
この幸福な時間を壊されたくなどない。俺は、内容も見ずにそのメールを削除した。
それでも嫌な予感は胸の奥に残り続けていた。




