番外編 ステータスゼロの贈り物
秋の心地よい風が吹き抜けるウェーノ村の午後。
アインの手によって愛情たっぷりに管理されている巨大な畑の隅、そしてエルフ族が魔法で作り上げた美しい木々の近くで、銀鈴のような可愛らしい笑い声が響いていた。
声の主は、リルとミラである。
かつて「隙間の庭」で悠久の時間を過ごしていたが、今ではすっかりウェーノ家の一員として村に馴染んだ二人の少女は、色とりどりに咲き誇る野花を無邪気に摘んで遊んでいた。
「ミラ、このお花、すっごく綺麗!」
「うん……リル、こっちにも、赤いお花が咲いてるよ。」
リルが両手いっぱいに花を抱え、ミラがそれに寄り添う。二人は摘み集めた花を膝の上に広げると、小さな手で一生懸命に茎を絡ませ合い、何かを作り始めた。
どうやら「花冠」を作っているようだった。
そして、その様子を少し離れた木陰からじっと見つめている人影があった。
ユーヤがスキルで召喚した、生活支援型の元NPCリィナである。
リィナは整った顔立ちに無機質な表情を浮かべ、視覚情報から得られるデータを脳内で高速処理していた。
(……分析完了。対象:植物の茎と花弁を編み込んだ装飾品。防具カテゴリ:頭部アクセサリー。物理防御力:0。魔法防御力:0。特殊効果:なし。耐久値:極めて低い)
リィナは小さく首を傾げた。
(作成する意味が、理解できません……。)
ゲーム世界において、装備品とはステータスを向上させ、生存確率を高めるための合理的なアイテムである。防御力も上がらず、特殊な耐性も付与されない「草花の輪」に、いったい何の意味があるのだろうか。
しかも、彼女たちが作っているものは形がいびつで、少し力を入れれば千切れてしまいそうなほどで、耐久性は皆無に等しい。
「……非合理的な行動です。時間の浪費かと……。」
独り言のように呟いたリィナの視線の先で、リルとミラが「できた!」と歓声を上げた。
二人は少し不格好な花冠を手に立ち上がると、くるくると辺りを見回し、木陰に立つリィナを見つけた。
「あ、リィナちゃん!」
「リィナちゃん、これ……。」
そう言いながら、リィナのところにぱたぱたと駆け寄ってくる二人。
リィナは姿勢を正し、彼女たちを迎え入れた。
「リルさん、ミラさん。何か御用でしょうか。当機……いえ、私は生活支援型として、可能な限りのサポートを提供いたしますが……。」
かしこまったリィナの言葉をよそに、リルは満面の笑みで、手に持っていた花冠を差し出した。
「これね、リィナちゃんにプレゼント!」
「……うん。リィナちゃんに、似合うと思って。」
ミラが背伸びをするようにして近づき、二人がかりでリィナの頭に、その不器用な出来栄えの花冠をそっと乗せた。
「……?」
リィナは目を瞬かせた。
彼女の視界の隅に表示されるシステムログには、何も変化はない。
『新たな装備品を装着しました。ステータスの変化はありません』という無機質なメッセージが脳裏をよぎるだけだ。
しかし――。
「えへへ、やっぱり似合うね!」
「うん……とっても、かわいい!」
無邪気に笑う2人の顔を見た瞬間、リィナの胸の奥で、カァッと熱が生まれるのを感じた。
それは、システム上の「状態異常」でもなければ、魔法による「支援効果」でもない。彼女のプログラムコードのどこを探しても見つからない、未知の反応だった。
(……エラー?いいえ、これは……。)
胸の奥がじんわりと温かくなり、少しだけ視界が揺らぐような、くすぐったい感覚。
システム上のステータスは一ポイントも上昇していない。特殊効果も付与されていない。
それなのに、リィナは自分が、さっきよりもずっと「満たされている」ような気がした。
(実用性ではなく……誰かを想って作られた『贈り物』。これが、人間の言う……『温かい』という感情……。)
リィナはそっと頭の上の花冠に触れた。不格好で、少し強く触れれば崩れてしまいそうな儚いアクセサリー。しかしそれは、どんな伝説級の防具よりも、今の彼女にとっては価値のあるものに思えた。
「……ありがとうございます、リルさん、ミラさん。」
リィナの口元に、プログラムされた愛想笑いではない、自然で柔らかな微笑みが浮かんだ。彼女がまた一つ、「人間らしさ」を獲得した瞬間だった。
「ふふっ。お礼と言ってはなんですが、私からもお二人に『装備品』を提供させてください。」
リィナはそう言うと、周囲に咲いている花を素早い動作で摘み取り始めた。
生活支援型NPCとしての器用さと精密な計算能力をフル稼働させ、見事な手つきで花と茎を編み込んでいく。耐久性を考慮しつつ、色彩のバランスも完璧に計算された一品。
わずか数十秒後、リィナの手には、まるで芸術品のように美しい2つの花冠が完成していた。
「わぁっ!すごーい!」
「きれーい……!」
リィナが二人の頭にそれぞれの花冠を乗せると、リルとミラは花が咲いたような笑顔を見せて喜んだ。二人は手を取ってその場でくるくると回り始める。
その姿を見て、リィナの胸はさらに温かさで満たされていくのを感じた。
(不思議ですね。与えられるだけでなく、与えることでも、この心の『支援効果』は発生するようです……。)
ふと、リィナの脳裏に、自分をこの世界へ喚び出してくれた大切な「マスター」の顔が浮かんだ。
いつも元気いっぱいで、お調子者でよくやらかすけれど、誰よりも情に厚いユーヤ。
「……マスターにも、この強力な『支援効果』を付与しなければなりませんね。」
リィナは静かに呟くと、再び真剣な表情で花を摘み始めた。
ユーヤの頭のサイズを正確にシミュレーションしながら、少し男の子らしい色合いの花を選んでいく。
「ユーヤくん、お花かぶってくれるかなぁ?」
リルが不思議そうに首を傾げる。
「……照れちゃうかも……。」
ミラがくすくすと笑う。
「マスターであれば、文句を言いながらも必ず装備してくれるはずです。それが彼の『仕様』ですから。」
リィナが真面目な顔でそう答えると、三人の間に楽しげな笑い声が弾けた。
澄み切った青空の下、ウェーノ村の穏やかな時間は、今日も優しく流れていくのだった。




