第83話 矛盾
ウェーノ家の縁側で、ソーヤは一人、ぼんやりと宙に浮くゴムボールを見つめていた。
最初は、自分の力が世界そのものを無意識に改変してしまったり、取り返しのつかない影響を与えてしまうのではないかと危惧していたソーヤだったが、最近になって、自分のスキルが勝手に世界を改変するようなことはない、ということを理解していた。
「……なるほど、スキルの制御は完全にできているな。」
ソーヤは小さく呟きながら、宙に浮かせたボールをキャッチした。
暴走の危険がないと分かれば、あとはこの《ジェネレーター》の限界値と特性を知るために、『概念』の書き換えの練習をするだけだ。職人気質で冷静な分析力を持つソーヤにとって、未知の力を検証・解明する作業は嫌いではない。むしろ、知的好奇心がくすぐられるというものだ。
「概念の書き換え、か……。」
どうやってスキルの検証を行うか、その方法を考えている時に、ふと、「矛盾」という言葉が脳裏によぎった。
古代中国の故事成語。どんな盾をも突き通す「最強の矛」と、どんな矛でも突き通せない「最強の盾」。
――もし、すべてのものを防ぐ概念を与えたものを、すべてを貫くことができるという概念を与えたもので貫けばどうなるのか?
一度疑問を抱くとやらないと気がすまないのがソーヤである。
普段は、元気いっぱいのユーヤや、自由奔放な村人たちの暴走に鋭いツッコミを入れるしっかり者の彼だが、モノづくりや検証・解明のこととなると、途端にクリエイターとしての血が騒ぎ出すのだ。
「……ちょっと、行ってくるか……。」
誰にも邪魔されず、万が一危険な結果になっても被害が出ないよう、ソーヤはさっそく一人村外れの丘に向かった。
◆
初夏の心地よい風が吹き抜ける丘の上。
ソーヤは周囲に誰もいないことを確認すると、さっそく検証の準備に入った。
まずは、何の変哲もないコピー用紙を一枚作り出す。次に、一本の爪楊枝を作り出した。
「よし。これで準備は完了だ。」
左手に紙を、右手に爪楊枝を持ち、ソーヤは自身のスキルを発動させる。
「左手の紙には『すべてを防ぐ概念』を……右手の爪楊枝には『すべてを貫けるという概念』を付与する。」
パァン、と微かな光が弾け、対象に新たな概念が定着したのを感じ取った。見た目はただの紙と爪楊枝だが、今のこれは神話級の武具すら凌駕する文字通りの最強の盾と最強の矛である。
「さっそく、検証開始だ!」
さっそく爪楊枝で紙を貫いてみる。
本来であれば、薄い紙には簡単に穴が開きそうなものだが……。
接触した瞬間、紙と爪楊枝の間で凄まじい力が拮抗するような音が鳴り、空間がバチバチと歪んだ。
直後、双方がパァンッ!と弾け飛んで消滅し、ソーヤの手には、何も残っていなかった。
「……なるほど。どうやら無理に負荷をかけた場合は、消滅するようだ。まさに、矛盾だな……。」
ソーヤは顎に手を当てて冷静に分析する。
互いの概念が絶対に譲らない状態になり、物質そのものに無理な負荷がかかりすぎた場合、耐えきれずに存在自体が消滅してしまうらしい。
「じゃあ、今度は……。」
そう言って、ソーヤは同じように紙と爪楊枝を作り出す。
今度は紙だけにすべてを防ぐ概念を付与し、爪楊枝はそのままにする。
何の概念も付与されていない爪楊枝を手に持ち、思い切り紙に突き立てた。
パキッ!
「……うん、予想通りだ。」
普通の爪楊枝は、『最強の盾』の概念を与えられた紙を傷一つつけることもできず、呆気なく途中で折れた。
「すべてを防ぐ」という絶対的な概念の前では、本来の物理法則など意味を成さないということの証明だった。
「よし、次は……。」
ソーヤは折れた爪楊枝と紙を消し去ると、新たに爪楊枝を作り出し、すべてを貫けるという概念を付与する。
チカッ、と爪楊枝が一瞬光を放った。
ソーヤは、その『最強の矛』と化した爪楊枝を手に、丘の近くにあった巨大な岩へと近づいた。
その爪楊枝で近くにあった大きな石に突き刺してみる。
スッ……。
「……マジか……!」
すると、まるでプリンや豆腐に突き刺したかのように何の抵抗もなく、爪楊枝が突き刺さった。
「じゃあ、最後は……。」
岩に突き刺した爪楊枝を消し去り、今度はポケットからゴムボールを取り出し、重力と空気抵抗がかからない概念を付与する。ボールがピカッと光り、手のなかでふっと軽くなるのを確認した後、さらに、ここから100メートル離れたら、付与した概念が消えると念じる。
「さぁ、どうなるか、実験だ!」
そう言って、ソーヤが思いっきり、ボールを投げた。重力も空気抵抗も受けないボールは、投げた時の軌道のまま、地面と水平にスーッと飛んでいく。
しかし、なんとか肉眼で見えるか見えないかの距離のところで、急にふっとボールが視界から消え、遠くでポンッと音が響き、ボールが何度か地面で跳ねていた。
「よし!実験成功!そうなると、もう一つ試してみよう!」
そう言って、ソーヤはゴムボールを拾って、再び無重力と空気抵抗無効の概念を付与する。その後に、今度は10秒後に付与した概念が消えると念じる。
「今度はどうかな?」
ソーヤが思いっきり、ボールを投げた。重力も空気抵抗も受けないボールは、先ほどと同じように、投げた時の軌道のままで、地面と水平にスーッと飛んでいく。
そして、今度は10秒経過した頃に、ボールが下降し、地面を跳ねていた。
「やった〜!これも成功だ!」
余程嬉しかったのか、ソーヤは珍しく飛び跳ねていた。「じゃあ、次は……。」と、先ほどこれが最後といったことも忘れて、没頭してスキルの実験を続けていた。
複数の概念の付与に、時限式の概念の解除。自分のスキルの汎用性の高さに満足したソーヤは、時間も忘れてスキルの練習に明け暮れるのであった。




