第78話 魔法
「ねえ、兄ちゃん。僕たちも魔法を使えないかな?」
ある日の午後。ウェーノ家の庭先でゲーム機をいじっていたユーヤが、ふと顔を上げてソーヤに相談を持ちかけてきた。
「魔法か……。」
ソーヤは顎に手を当てて考え込んだ。自身のステータス画面を脳裏に思い浮かべる。
(ステータスを見る限り、俺たちにも『MP』の項目がある。魔力があるなら、使える気もするけど……。)
「よし、試しにやってみようか。」
「うん! いくよ……≪ファイアー・ボール≫!」
ユーヤは右手を勢いよく前に突き出し、王道の初級魔法の名を元気よく叫んだ。
しかし――。
そよ風が吹き抜けるだけで、手のひらからは火の粉一つ出ない。
「あれ? もう一回! ≪ファイアー・ボール≫! ……だめだ、何も起こらないや。」
ユーヤがしょんぼりとした表情を見せる。
「やり方が根本的に間違っているのかもしれないな。誰か魔法に詳しい人に聞いてみようか……。」
二人が頼ったのは、最近はウェーノ村で真面目な生活を送っている元大悪魔――ルー先生こと、ルシファーである。村の広場にいるルシファーを見つけ、さっそく声をかける。
「なるほど。魔法を使いたいと……。異世界人が魔法を使えるかどうかわからぬが、まずは基礎から始めようか。」
こうして、ルシファーに魔法の基礎を教わることになったソーヤとユーヤ。それから数時間、魔力の練り方から詠唱、イメージの構築に至るまで、ルシファーによる熱血指導が行われた。
しかし、いくら練習しても、いっこうに魔法が使えない2人。
「ふむ……。」
汗を拭いながら息をつく2人を見て、ルシファーが静かに告げた。
「確かに、お前たちには膨大な魔力が備わっているようだが、その魔力がうまく体の中を流れていないようだな。本来であれば、体内の魔力をコントロールし、体外に放出して初めて魔法として発言できるのだが、お前たちはまったくコントロールができていない。魔力の練り方を練習すればあるいはとも思ったが――」
そこまで聞いたユーヤがルシファーの言葉を遮り溜息をつく。
「僕たち、才能ないんだ……。」
「話は最後まで聞け! 才能どうこうの話ではない。この世界の人間であれば、どんなに魔力量が少なくても、魔法をまったく使ったことがなくても、ある程度練習すれば、少しは魔力のコントロールできるようになる。」
「……やっぱり、才能ないんだね……。」
「だから、最後まで話を聞けと言っているだろう。」
ルシファーが溜息をつきながらユーヤを諭す。
「練習してもまったく魔力のコントロールができない理由は、才能ではなく、お前たちが『異世界人』だということだと考えている。」
「「どういうこと?」」
今度は、ユーヤだけでなく、ソーヤも一緒に首をかしげている。その様子を見ながらルシファーは優しく語りかける。
「おそらくは、『異世界人』と我らでは体の構造が違うのだろう。この世界の魔法は世界との同調が必要不可欠だが、異世界から来たお前たちの魂にはその回路が備わっていないというのが我の結論だ。」
いまいち、ピンと来ていないユーヤとは違って、ソーヤが残念そうにルシファーに問いかける。
「それじゃあ、俺達には魔法が使えないということだよね?」
「『この世界』の魔法という意味ではおそらく無理だろうな。だが、『スキル』を経由してであれば、トーヤができている以上、発動することは可能だと考えている。」
ルシファーのその言葉に、ユーヤがパァと目を輝かせた。
「なるほど……その手があったか! なんで、今まで気付かなかったんだろう!」
「僕のスキルは《ゲームマスター》。つまり、ゲーム世界のシステムを通せばいいんだ! さっそく試してみよっと!」
ユーヤがすぐさまスキルを発動すると、彼の目の前に半透明のウィンドウが現れた。そこから魔法の項目を選択し、再び右手を突き出す。
「いけっ、≪ファイアー・ボール≫!」
ドゴォォォーーンッ!
今度はユーヤの手から巨大な火球が放たれ、空の彼方でド派手な爆発を起こした。
「やった! 大成功~!」
歓喜して飛び跳ねるユーヤの横で、ソーヤは自身のスキルの可能性に思いを巡らせていた。
(遊也がスキルで魔法を使えたってことは、俺のスキル《ジェネレーター》は『創造』なのだから、父さんのように魔法そのものを創造できるかも?)
「よし、試しに……≪ワープ・ゲート≫!」
アトレイアへ移動できる魔法をイメージし、ソーヤは空間に向かって手をかざしてみた。
しかし――何も起こらない。
「おかしいな……。俺のスキルでは『魔法の創造』はできないのかなぁ?」
ソーヤはもう一度、自身のスキルについて深く考えてみた。
《ジェネレーター》という力は、単なる物理的な創造ではない。『意味』や『概念』をも創造することができるのだ。
概念とは、『ある物事に対して、”共通して抱かれる”思考内容』のことである。
すなわち、”火”は”熱い”、”光”は”まぶしい”など、人々が普段当たり前のように認識している理のことだ。
(では、『概念』を新たに創造するとはどういうことか?)
ソーヤの思考は、深い淵へと沈んでいく。
(もし僕が、その『当たり前』そのものを新たに創り出せるとしたら……。それはもしかして、自然界の摂理を根底から書き換えることができるということではないのか。「光は暗いものだ」と概念を書き換えれば、世界中から光が失われる。「魔法は存在しない」と概念を創り変えれば、この世界から魔法という概念そのものが消滅する。その確証はない。だが、もしそうだとしたら……。)
その結論にたどり着いたソーヤは、自身の持つ力の底知れなさに背筋が凍る思いだった。
「……どうしたんだ? ソーヤ。そんなに深刻な顔をして……。」
不意に、ルシファーが心配そうにソーヤの顔を覗き込んだ。ハッとした表情で現実に引き戻されたソーヤは、今自分が思い至った自身のスキルの可能性について、答えを求めるようにルシファーにすべて説明した。ルシファーも最初は頷いていたものの次第にその表情が引きつっていく。
「ソーヤ。もし、お前の考えが正しければ、≪ジェネレーター≫には、神が定めた自然界の摂理すらも書き換えてしまう力があるということになる……。それはすなわち神をも超える力を持つということだ……。」
ルシファーが自分自身を落ち着かせるように、少し呼吸を整える。
「もしそういった力があると仮定した場合、今度はその力がどこまでの範囲に影響を及ぼすかが鍵となる。スキルの影響が目に見える範囲だけに留まるのか、それともこの世界全体にまで影響を及ぼすのか……。それ次第では、この世界を意のまま操ることも容易になるだろう……。」
ルシファーは自身の考えをまとめ、ソーヤに伝える。
「…………。」
あまりの強大な力の前に、淡々と、しかし明らかな畏れを持って語る元大悪魔の言葉に、ソーヤは思わず自分の両手を見つめた。
「ねえねえ兄ちゃん! 次は≪ヒール≫使ってみようよ!」
無邪気に笑うユーヤの声が響いているが、ソーヤの耳には届いていなかった。
ウェーノ家の長男が抱える『力』は、彼が想像する以上に、とんでもない神の領域へと到達しつつあった。




