番外編 夏の夜の女子会
ウェーノ村を彩っていた賑やかな夏祭りの夜も、徐々に静寂を取り戻しつつあった。
色とりどりの提灯が涼やかな夜風に揺れ、遠くで虫の音が心地よく響いている。
セレスティアは、底抜けに明るくお転婆な性格でウェーノ村が大好きだった。祭りが終わることに名残惜しさを感じていた彼女は、そのまま村に泊まっていくことになった。
「セルティ。今日はもっとお話ししたいな……。」
「……うん、もっと一緒にいたい。」
祭りの余韻を引きずっているのか、リルとミラが、セレスティアの袖を引く。可愛い双子の妹の頼みをセレスティアが断るはずもなく、今夜はウェーノ家でのお泊まり会が決行されることになった。
ウェーノ家の広いリビングにふかふかのクッションが並べられ、いよいよ魅惑の「女子会」が幕を開けた。
参加者はセレスティア、リル、ミラの三人だけではない。リィナも珍しく興味津々で輪の中に加わっていた。
「ねえねえ! 夜の女子会といえば、やっぱり『恋バナ』でしょ!」
目を輝かせたセレスティアが、身を乗り出して口火を切った。
「リルちゃん、ミラちゃんは、村の中で好きな男子とか、気になる人はいないの?」
突然の質問に、リルはきょとんと首を傾げ、ミラは少し恥ずかしそうに頬をかく。
「好きな男子……? うーん、村のみんな大好きだよ?」
「……うん、みんな優しくて、あたたかいから。」
悠久の時間を隙間の庭で過ごしていたため、まだ他人との接し方を学んでいる最中のニ人には、恋愛という概念は少し早かったようだ。
「もう、そういう『好き』じゃないんだけどなぁ」と笑いながら、セレスティアは次にリィナへとターゲットを変えた。
「じゃあ、リィナちゃんはどうなの? いつも一緒にいるユーヤの事、本当はどう思ってるの?」
リィナは少しだけ瞬きをして、自身の内なるデータを検索するように宙を見つめた。
「マスターは、私をこの世界に召喚してくださった大切な存在であり、お調子者でよく叱られるムードメーカーです。ですが……彼が笑っているのを見ると、私の胸の奥のコアモジュールが、ほんのりと温かくなるのを感じます。」
「おお〜っ! それは脈ありじゃない!?」
セレスティアが囃し立てると、今度はリルとミラが顔を見合わせた。
「セルティはどうなの……?」
「……お城に、好きな人、いるの?」
リィナも静かに追撃する。
「私も興味があります。セレスティア様のバイタルサインに変化をもたらす殿方は存在するのでしょうか?」
「えっ!? わ、私!? 私はその……政務も忙しいし、勉強もしないといけないから……。」
逆に三人からツッコまれたセレスティアは、顔を真っ赤にして慌てふためき、リビングは温かな笑い声に包まれた。
恋愛トークでひとしきり盛り上がった後は、それぞれの日常のたわいない話に花が咲いた。
セレスティアが王都での騒動やミーナの苦労話を面白おかしく語り、リルとミラはニ人だけで過ごした「隙間の庭」での静かな思い出を振り返る。リィナは、元いたゲーム世界での不思議な法則やNPCたちの裏話をして、三人を驚かせた。現実との違いに戸惑いながらも、少しずつ人間味を帯びてきているリィナは、楽しそうに笑う三人を見つめながら、そっと胸に手を当てた。
「これが『友達とお喋りする』というログですね……。とても、温かくて心地よいです。」
彼女の表情には、人間らしい柔らかな感情が確かに宿っていた。
「みんな〜、夜更かしはお肌の敵だけど、今日だけは特別ね。差し入れを持ってきたわよ〜。」
そこへ、ふんわりとした笑顔でアインがリビングに入ってきた。テーブルの上に美味しそうなフルーツと温かいハーブティーが並べられる。
甘い香りに包まれる中、セレスティアがふと思い立ったようにアインに尋ねた。
「ねえアインさん! アインさんとトーヤさんの『馴れ初め』ってどんな感じだったの? 恋バナの流れで、すっごく気になっちゃって!」
「あらやだ、私とトーヤさんの馴れ初め?」
アインの頬が、乙女のようにほんのりと桜色に染まる。トーヤのことが大好きなアインにとって、それは何よりも語りたいテーマだった。
「ふふっ、仕方ないわねぇ。トーヤさんはね、普段は冷静で落ち着いてるんだけど、私の前だとすっごく可愛いのよ♡」
待ってましたとばかりに語りだしたアインの口はもう止まらなかった。出会った頃の純情なエピソードから始まり、デートでの甘酸っぱい思い出、そして「トーヤさんがどれだけ私を愛してくれているか」という、砂糖をハチミツで煮詰めたような甘い甘いラブラブな惚気話へと発展していく。
「この前なんてね、二人きりの時にトーヤさんが私の髪を撫でながら――」
「わぁ……!」
「……トーヤさん、すごい」
乙女たちの歓声が上がる中、
「面白そうな話をしてるわね。私も混ぜてもらえる?」
そう言って、ふいにリビングの窓から、部屋全体を白銀に照らすほどの清らかな光が差し込んだ。そこに立っていたのは、ミカエルだった。
「ミ、ミカエルさん!? なんで窓から入ってくるんですか!?」
セレスティアが目を丸くして叫ぶ。
「この部屋からとっても甘い『愛の波動』を感じたから、つい気になって……。」
そう言ってミカエルは、ちゃっかりと空いているふかふかのクッションに腰を下ろした。
「私も大天使として、この素晴らしい女子会にぜひ参加したいわ!」
「あら、ちょうどいいところに。フルーツ食べます? ハーブティー入れて来ますね。」
アインは驚くこともなく、ふんわりとした笑顔でミカエルにフルーツを差し出し、ハーブティーを淹れるべく、立ち上がる。
「アインさん、ありがとう。でも……それよりも、お話の続きが聞きたいわ。 トーヤさんが髪を撫でながら、一体どのような愛の囁きを?」
そう言って、席を立とうとしたアインを引き止めるミカエル。アインは頬を桜色に染めながら続けた。
「そうなのよ! トーヤさんがね、私の目を見つめながら『愛してる、世界で一番可愛いよ』って――」
「きゃあーっ!」
さらにヒートアップする空間に、少女たちの黄色い声が響き渡る。
一方、リビングの扉の外では、ピタリと動きを止めている人影があった。
トーヤである。
たまたま部屋の外を通りかかり、妻の赤裸々な惚気話を完全に聞いてしまった彼は、顔を茹でダコのように真っ赤にしていた。しかも、よりによってあの侮れない大天使ミカエルにまで、自分の最大級に恥ずかしい秘密を握られてしまったのだ。
(な、な、な、なんで子供たちや、あのミカさんの前でそんな恥ずかしい話を!? 絶対にあの人は、明日から俺をニヤニヤしながらからかってくるぞ!?)
普段は冷静沈着で頼れるお父さんだが、アインが絡むと周りが見えなくなるトーヤである。普段、人目を気にせずイチャイチャしているのは無意識なのか、改めて言葉に出して説明されると、どうやら恥ずかしいらしい。
「……みんなに《デリート・メモリー》を――」
照れ隠しの極みと絶望から、リビングにいる全員の記憶を消す魔法をその場で新たに紡ぎ出そうとするトーヤ。その手には危険な魔力の光が収束し始めたその時。
スパンッ!と、背後から放たれた手刀がトーヤの脳天にクリーンヒットした。
「……父さん、やめて。さすがに、それはやりすぎだから……。」
しっかり者の長男ソーヤであった。
呆れ顔でため息をつきながら、暴走寸前の父親を取りおさえる。
「母さんが楽しそうなんだから、放っておいてあげなよ。それに、ミカエルさん巻き込んで記憶消去魔法なんて使ったら、それこそ天界と全面戦争だよ。……それより、顔真っ赤だよ。」
「う、うるさい! お前にはまだ大人の恥じらいというものが分からんのだ!」
扉の向こうでは、アインの惚気話とミカエルの優雅な相槌、そして少女たちの楽しげな笑い声がいつまでも続いている。
夏の夜のウェーノ家は、今日も平和で騒がしく、そして果てしなく温かかった。




