第75話 夏到来!
帝国の復興活動がひと段落してから、数週間が過ぎていた。慣れ親しんだこの世界にも、どうやら明確な「季節」の概念が存在するらしい。
ここ数日で急激に気温が上がり始め、肌を刺すような日差しが本格的な夏の到来を告げていた。
「あー……暑い……溶ける……。もうダメだ……。」
ジリジリと焼けつくような午後。
縁側でスライムのようにでろーんと伸びきっているのはユーヤだ。
「マスター。夏は暑いものだと言うのは常識です。そして、人間は溶けることはありません。」
そんなユーヤの傍らに座り、的確なツッコミを入れながら、パタパタと団扇で風を送りながら涼を取らせてくれているのはリィナだった。
彼女の優しい風と気遣いだけが、今のユーヤにとって唯一の救いである。
実のところ、つい少し前に家のクーラーが壊れてしまうという悲劇が起きていた。
『兄ちゃん! お願い! クーラーを直して! このままじゃ熱中症で干からびちゃうよ!』
ユーヤはすぐさまソーヤに泣きつこうとしたのだが、それを止めたのはトーヤだった。
『待て。この世界の環境に慣れることも大事だ。すぐに元の世界の道具に頼るのではなく、まずはこの自然の暑さを体感しろ。クーラーは直さなくていい!』
そうピシャリと言い渡されてしまい、修理は見送り。結果として、ユーヤはこうして縁側で涼みながら、暑さにだらけることしかできなくなってしまったのだ。
「ほら、ユーヤ。だらけてばかりいないで、水分補給くらいはしておけ。」
不意に縁側にトーヤが姿を現すと、その後ろからソーヤ、リル、ミラ、そしてクロとハクもぞろぞろと集まってきた。
「みんな〜、冷たいスイカよ〜。」
アインが大きなお盆に、綺麗に切り分けられたスイカを山盛りにして持ってくる。その真っ赤な果肉を見た瞬間、だらけていたユーヤも少しだけ元気を取り戻した。
全員で縁側に並んで腰を下ろし、シャリシャリとスイカを頬張る。みんなでどこまで種を飛ばせるか競争しながら、のどかな時間が流れていった。
「みんなー! やっほーっ!!」
そこに元気な声を響かせてやってきたのはセレスティアだ。レディナ王妃が元気になってからは、すっかり以前の明るさを取り戻し、週一回のペースで村を訪れるようになっていた。
彼女は暑さを微塵も感じさせないはつらつとした笑顔を浮かべている。
「こんなに暑い日は、やっぱり『海』に行かなくちゃ!」
海。その単語にユーヤがビクッと反応した。
「海!? 行く行く! 絶対行く!」
「えぇ! 海に行くの? それなら私たちも一緒に行くわ!」
ユーヤが食いついた直後、目をキラキラと輝かせたミカエルが現れた。しかも、ものすごく嫌そうな顔をしたルシファーの首根っこを掴み、ズルズルと無理やり引きずりながら。
その瞬間――セレスティアの動きがピタリと止まった。
引きずられてきたルシファーの姿を見た途端、彼女の瞳の奥にわずかな緊張が走る。
(……この人……?)
セレスティアは、レディナ王妃の一件の犯人がルシファーであるという事実を知らない。
トーヤとレオニスがいらぬ心配をさせぬため、セレスティアには話さないと決めていたからである。
だが、彼女の鋭い感覚が本能的に何かを感じ取ったのだろう。数秒の沈黙が流れた。
しかし、セレスティアはすぐにいつもの明るい笑顔を取り戻し、ルシファーについては何も言及しなかった。
「海、久しぶりね〜。あなたとデートで行ったとき以来かしら? 楽しみだわ~。」
海という提案に対し、ユーヤ、ミカエル、アインはすでに行くき満々である。
「僕も行く!」
「私も!」
クロとハクも目をキラキラさせている。
「海……おっきな水溜まり、ですか?」
「しょっぱいんですよね……?」
「でも……見てみたい。」
「みんなと一緒なら……。」
海を見たことがないリルとミラは、不思議そうに首を傾げているが、行く気はあるようだ。
「私も、この世界の海がどんな場所なのかすごく興味があります。マスターと一緒に、ぜひ行ってみたいです。」
リィナも目を輝かせて、ユーヤを見つめる。
一方で、
「……暑いのにわざわざ海に行くなんて……。ベタベタするし……。」
「……帰る。俺は暗くて涼しい部屋に……。」
ソーヤとルシファーはめんどくさそうに溜め息を吐いていた。しかし、多勢に無勢、どう考えても賛成派が圧倒的だった。
全員の期待に満ちた視線を一身に浴びたトーヤは、ふっと肩をすくめた。
「……分かった。せっかくの夏だ。みんなで準備をして海に出発するぞ。」
「「「やったー!!」」」
歓声が上がる中、セレスティアがドヤ顔で大きな鞄をドンッと置いた。
「ふふん! 実はね、そう言うと思って、全員分の水着をバッチリ用意してあるんだから!」
「まぁ〜。セレスティアちゃん、ありがとう〜。」
「さっそくみんなで試着しましょう!多めに用意してあるから、サイズの合う気に入ったものを選んで!」
そこからはあっという間だった。
ノリノリのセレスティア、アイン、ミカエルの三人は、さっそく水着に着替えて即席のファッションショーを開始した。
「どうどう? 似合ってる?」
「フフフ、久しぶりの水着。あなた、似合ってるかしら?」
「この水着は、大天使である私の魅力を存分に引き立ててるわ!」
次々とポーズを決める三人に対し、リル、ミラ、リィナ、そしていつの間にか合流していたミーナの四人は、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、隅の方で控えめに試着だけを済ませていた。
女性陣の試着が終わり、男性陣が奥の部屋で試着をしている間に、アインは手早くキッチンへ向かい、手際よく人数分の特製サンドイッチをバスケットにたっぷりと詰め込んでいた。
全員が水着の試着を終え、準備万端で外に出ると、すでに巨大な竜姿となったクロとハクが待機していた。
ウェーノ家四人とリル、ミラ、リィナ、ミカエル、ルシファー、セレスティア、ミーナ。
総勢11人が、二手に分かれてクロとハクの背中に乗り込んだ。
「よし、全員乗ったな? じゃあ、出発だ!」
トーヤの号令と共に、クロとハクが力強く大地を蹴る。
◆
夏の熱気を切り裂いて吹き抜ける風が心地よい。ふとハクの背中を見ると、いつの間に紛れ込んだのか、モフがちょこんと気持ちよさそうに風を浴びていた。
「ふふっ、モフもみんなと一緒に行きたかったのね。」
リルが優しく微笑み、モフを撫でる。
照りつける太陽のもと、一行の乗った巨大な竜は、まだ見ぬ青い海を目指して真っ直ぐに駆け抜けていった。




