第7話 農場拡大!?
爽やかな風が吹き抜ける、美しい朝のこと。
ウェーノ家のみんなで賑やかに美味しい朝食を終え、「さて、今日は何をしようか?」とトーヤがリビングで家族に問いかけようとした、まさにその時だった。
ふいに、家の壁に取り付けられたインターホンが、静かな田舎の空気に場違いな音を響かせた。
ピンポーン。
「おや、朝から珍しいな。誰だろう?」
トーヤが怪訝に思いながら玄関のドアを開けると、そこには、目も眩むような美しい美貌を持った、耳の長いエルフたちがずらりと一列に並んでいた。
しかも、全員が両手にこれでもかと大量のみずみずしい植物の苗を抱えている。
その先頭に立つ、立派な杖を持ったエルフの長老が、深々と優雅に一礼して口を開いた。
「ウェーノ家の皆様、突然の訪問をお許しください。本日は、先日行われた街のお祭りの際、我々エルフ族を助けていただいたことへのささやかなお礼を届けに参りました。」
「お礼、ですか?」
「はっ。もしよろしければ、こちらの苗をお受け取りください。どれも我がエルフ族の聖樹の里に古くから伝わる、極めて貴重な秘伝の苗にございます。」
その申し出を聞くや否や、トーヤの後ろから顔を出したアインが、両手を頬に当てて嬉しそうに声を弾ませた。
「まぁ! なんて綺麗な色の苗かしら。ありがとうございます〜! 我が家のお庭で、大切に大切に育てますね〜。」
ふんわりとした笑顔でアインが苗を受け取ると、エルフたちはその気品ある態度にいたく感動したように目を潤ませた。
しかし、長老が「貴重なもの」と言ったのは、決して誇張ではなかった。エルフたちが置いていった苗は、どれも一般的な市場には一株たりとも出回らない、とんでもない効果を秘めたマジックアイテムに近い植物ばかりだったのだ。
『傷口に塗れば一瞬で完治し、飲むと劇的に疲労が回復する最高品質の“癒し草”』
『一度収穫しても、翌朝には全く同じ場所にすぐ生えてくる驚異の“不思議麦”』
『ほんの少し刻んで料理に使うだけで、素材の旨味を三倍に引き上げる魔法の“香り野菜”』
「うわ、これ完全にゲームの中の超レアアイテムじゃん! ドロップ率0.01%以下のやつだよ!」
珍しいファンタジー植物を前に、ユーヤがテンションMAXで苗の周りを飛び跳ねる。
一方で、常識人であり技術屋としての視点を持つソーヤは、その異常な生命力を持つ苗を見て、少し不安そうに顎に手を当てた。
「これだけ効果が凄いと、かえって土壌の管理や育成方法が難しそうだね……。」
すると、その呟きを耳ざとく拾ったエルフの若者たちが、誇らしげに優雅に微笑んだ。
「フフ、ご安心ください、ソーヤ様。我々エルフは植物の声を聴く者。これより皆様に、我がエルフ族の秘伝にして最高峰の育成方法をじっくりとお教えいたします。」
「さっそく、今からお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
特に今日の予定が決まっていなかった一家は、「それじゃあ是非。」と快諾し、ウェーノ家の裏庭で、エルフ族による伝統的なガーデニング講座が賑やかに開かれることとなった。
◆
ひとしきりエルフたちから懇切丁寧な指導を受け、裏庭の土壌を整えて苗を綺麗に植え終えた頃。
「みんなで美味しいランチでも食べましょうか。」とアインが特製サンドイッチを準備し始めた、まさにそのタイミングで、今度は地響きのような凄まじいエンジン音が響いてきた。
家の前に、重厚な鉄で作られた巨大なトラック(魔動車)が、砂煙を上げて豪快に停まる。
ガシャリと運転席のドアが開き、降りてきたのは、以前ソーヤの創作スキルに惚れ込んだドワーフの親方、ダグルスだった。
彼は畑の手入れ道具を片付けていたソーヤの元へズカズカと大股で歩み寄ると、太い腕を組んで唐突に怒鳴るような大声を上げた。
「おぅ、ソー坊! いいところにいたな! 毎日の畑仕事は大変だろう? 今からこの畑を【完全自動化】にしてやる! おいお前ら、始めるぞ!」
「えぇっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいダグルスさん! 畑にそんなに本気を出さなくても……。僕たち、今のままで十分に楽しく作業できてるんですけど!?」
ソーヤが慌てて制止の声を上げるが、職人気質のドワーフたちが他人の話を聞くはずもなかった。
ダグルス親方の手下たちが、テキパキと荷台から怪しげな魔導機械を降ろし、一糸乱れぬ動きで畑へ突撃していく。
「よーし野郎ども! まずは『超伝導式・自動水やり機』の設置だ! 水はそこらの池じゃ足りねえ、近くの清流から一気にパイプで引いてこい!」
「「「ガッテン! 親方!!」」」
大地を揺らすような息の合った掛け合いが繰り広げられる。
「次は、硬い土も一瞬でフカフカにする『高出力魔力式・自動耕運機』だ!」
「「「ガッテン! 親方!!」」」
「その次は、熟した作物を傷つけずに全自動で仕分ける『自動収穫選別機』だ!」
「「「ガッテン! 親方!!」」」
ウェーノ家が1ミリも望んでいないのにもかかわらず、裏庭ののどかだった畑には、次々と重厚な歯車と魔力回路が組み込まれた最新鋭の機械が設置され、農場は凄まじいスピードで“近代化”の波に呑まれていく。
あまりの光景に呆然と立ち尽くすトーヤは、額を押さえながらポツリと本音を漏らした。
「……なぁアイン。俺たちの目指していたスローライフって、こういう最先端テクノロジー農場だったっけ……?」
「いいじゃない。これでお水やりが楽ちんになるなら便利だわ〜。」
アインはいつも通りニコニコと微笑み、ユーヤは組み上がっていく機械を見て大はしゃぎしている。
「すっごい! これもう農業じゃなくて、完全に近未来のテーマパークだよ! カッコいい!」
◆
ドワーフたちによる怒涛の機械設置作業がある程度落ち着いた頃、今度は森の向こうから、元気な足音が近づいてきた。
現れたのは、以前ユーヤが街で遊んであげた獣人の子どもたちと、その親たちである屈強な獣人族の大人たちの集団だった。
彼らは大きな籠やスコップを大量に担いでいる。
「ウェーノの旦那! この間はうちのガキどもが大変お世話になったな!」
「畑仕事なら、俺たち獣人族の筋力と持久力に任せてくれや!」
「荷物運びでも何でも、力仕事ならいくらでも手伝うぜ!」
口々に、自分たちの自慢の肉体をアピールしながら、恩返しをさせてくれと詰め寄ってくる。
獣人族は、元来義理人情にどこまでも厚く、『礼には倍の礼をもって返す』のが絶対の習わしなのだ。
気がつけば、エルフ、ドワーフ、獣人たちがウェーノ家の庭にひしめき合っている。
「……俺たちの静かなお家が、大変なことになってる。」
ユーヤが遠い目をし、ソーヤも苦笑する。
「人口密度がやばいね。完全に村の広場だよこれ。」
しかし、アインだけは全く動じることなく、満面の笑みでみんなに声をかけた。
「まぁ、たくさんお手伝いに来てくれて嬉しいわぁ。みんなで楽しく、仲良く働きましょうね〜。」
その聖母のような一言で、異なる種族たちの間で一瞬漂っていたピリついた空気が綺麗に霧散した。
全員が「おぅ!」と声を上げ、一丸となって農場の拡大作業に取り掛かる。
もちろん、大人たちが汗を流して働いている間、獣人の子どもたちは「ユーヤ兄ちゃん、遊ぼう!」と、ユーヤにべったり張り付いていたのは言うまでもない。
気がつけば、ウェーノ家の農場は、異世界でも類を見ない『多種族混合大ワークショップ会場』と化していた。
◆
夕方になり、全ての作業が完了した。
信じられないほどとんでもない広さにまで拡大され、最新の魔導機械とエルフの聖なる植物が融合した畑のど真ん中に、一仕事を終えたクロが、ドサリと威厳たっぷりに腰を下ろした。
「キュアァ……。」
エルフや獣人の子どもたちの相手をずっとしてくれていたので、さすがに疲れたのだろう。
トーヤが「お疲れ様」と声をかけようとすると、隣のアインがクスッと笑ってトーヤの耳元で囁いた。
「ねぇ、トーヤさん。クロちゃん、疲れてるんじゃなくて、完全に『この大農場を統べる守護神』のポジションを狙ってドヤ顔してるみたいよ?」
「はは、まさか……って、本当にそんな顔をしてるな。」
呆れるトーヤを尻目に、夕日を浴びて凛々しく胸を張るクロの姿を見て、周囲の獣人やエルフの子どもたちが黄色い歓声を上げた。
「クロちゃん! めちゃくちゃカッコいい!」
「ねぇ、背中に乗せて! 守護竜様ー!」
子どもたちに全力でもてはやされ、クロはますます鼻高々だ。
それを見ていたドワーフの親方ダグルスが、カッと目を見開いて金槌を振り上げた。
「ガハハハ! いいじゃねえか! よし、職人の血が騒ぐぜ! 今からこの守護竜様の姿を模した、巨大な【守護神像】を畑の真ん中にブチ建ててやる!!」
「えっ、いや、そこまでしなくても――」
ソーヤの制止も虚しく、ドワーフたちの手によって、その日のうちに、元の倍以上の広さになった畑の真ん中に、見事な『クロのブロンズ銅像』がドーンと鎮座することとなった。
しかし、この銅像がただの飾りではなかったのが、ウェーノ家の恐ろしいところである。ダグルスが超一級の技術で作り、アインの加護が混ざり合った結果、その銅像には『半径数キロメートルの下級魔物を完全に寄せ付けない』という凄まじい結界効果が宿ってしまったのだ。
「……おかげで、俺が毎日家に張っていた防御バリア魔術が必要なくなったな。」
トーヤが複雑な表情で呟く。
思いがけない収穫ではあった。
こうして、他種族の熱意?暴走?によって、ウェーノ家の生活水準と安全神話は、またしても本人たちの意図しないところで爆発的にアップしてしまったのである。




