第71話 擬似リザレクション
話し合いがまとまり、ウェーノ家一同は再び厳粛な空気が漂う献花台の前へと集まった。
そこに並び立つのは、トーヤ、アイン、ソーヤ、ユーヤのウェーノ家の四人と人外の圧倒的な存在感を放つ大天使ミカエルと元大悪魔ルシファーである。クロは少し遠くからその様子を見守っている。
遺族たちや、警備を固める騎士団たちは、これから始まる未知の儀式を前に、固唾を呑んでその光景を遠巻きに見守っていた。
「それでは、始めましょうか。」
ミカエルが静かに告げると、その場の空気が一層張り詰めた。
ミカエルを中心として、残りの5名――ウェーノ家の面々とルシファーが、示し合わせたように綺麗な円を描いて広がっていく。
それぞれが定位置についた瞬間、目に見えない緊張の糸がピんと張り巡らされた。
すると、中心にいたミカエルの身体がふわりと宙に浮き上がった。重力を完全に無視し、そのまま垂直に空中へと上っていく。周囲から小さな驚きの声が漏れる中、ミカエルはある一定の高さに達するとピタリと動きを止め、静かに地上を見下ろした。その神々しい佇まいは、まさに降臨した天の使者そのものであった。
「それでは始めます。 みんなさん、準備はいですか?」
「もっちろん! じゃあ、さっそく僕からいくね!」
ミカエルの合図に、ユーヤが勢いよく声を上げた。その瞳には一切の迷いはない。
「はああぁぁっ!」
さっそくユーヤが気合の入った掛け声とともに、≪ゲームマスター≫を発動させる。その瞬間、彼の足元から凄まじい光の奔流が立ち上り、空間が目に見えて歪み始めた。
バリバリと大気を引き裂くような不穏な音が響き渡り、一同の目の前の空間に、ぽっかりと巨大な亀裂が生まれた。底知れぬ闇と、冷たい死の気配を漂わせるその穴――それこそが、現世と冥府を繋ぐ『黄泉の国へのポータル』であった。
「やったー。本当にできたー!」
ユーヤは自らのスキルが完全に成功したことに、純粋な笑顔を咲かせている。
しかし、その喜びが周囲に伝播するよりも早く、異変が起きた。
「――ッ⁉ おい、あれを見ろ!」
騎士団の一人が悲鳴のような声を上げる。
開かれたポータルの奥から、どす黒い霧とともに、無数の不気味な影が蠢き始めたのだ。現世に満ちる生者の温もりを嗅ぎつけた、黄泉の国の悪鬼たちだった。それらは、引き裂かれた空間の隙間から、濁流のように現世へと溢れ出そうと群がってくる。
「ひっ……!」
「うわあぁ! 化け物だ!」
そのおぞましい光景を目の当たりにした遺族や、周囲を固めていた騎士団たちが、恐怖のあまり血の気の引いた表情で、数歩後ずさった。空間全体が、絶望的な邪気に飲み込まれそうになる。
「ふん、湧いて出てくるな悪鬼どもよ。お前たちに用はない。」
そう言って、ルシファーが一歩前に出る。その姿には以前のような禍々しさはなく、凛とした威圧感とその強大な魔力だけが全身から吹き荒れていた。
ルシファーは溢れ出そうとする悪鬼の群れに向け、落ち着き払った動作で両手を突き出し、その手のひらに、濃密な魔力を一気に込めていく。
「消え失せろ!」
刹那、ルシファーの手から放たれた目も眩むような魔力の波動が、ポータルの入り口を薙ぎ払った。
ドゴォォォーーン! と空間を震わせる衝撃。ポータルに群がり、現世を侵そうとしていた悪鬼たちは、悲鳴を上げる暇さえ与えられず、その圧倒的な力によって一瞬で塵へと消し飛んだ。悪魔の王たるルシファーの前では、冥府の鬼など路傍の石に過ぎない。
だが、ルシファーの役割はそれだけでは終わらない。溢れ出し続ける悪鬼の群れを排斥し続け、帝国の亡くなった人たちの魂を呼び戻さねばならない。
「くっ……!」
そのポータルの奥深くから、今度は本来の目的である、亡くなった人たちの『魂』が次々と姿を現し始めた。光り輝く無数の淡い光球が、押し寄せるように現世へと流れ出てくる。
その数は、今回の悲劇で命を落とした者たちのすべて――その数は数千人にも及ぶ。邪悪な存在を圧しとどめながら、押し寄せる魂の奔流を制御する作業は、さしものルシファーにとっても容易ではなかった。額には、みるみるうちに大量の汗が浮かび、過酷な制御の苦労を物語っていた。
「……よし、次は俺の番だね。」
ルシファーが道を切り開き、魂を呼び戻したのを見て、ソーヤが静かに一歩前へと踏み出した。彼の瞳が鋭く光る。
ソーヤはポータルから溢れ出る膨大な魂の群れを見つめ、その一つ一つから瞬時に『個人情報』を読み取り始めた。かつて彼らが持っていた肉体の構成、遺伝子、生前の記憶、すべてのデータを一瞬で処理していく。
「――≪リビルド≫。」
ソーヤが呟くと同時に、光の粒子が地表に集まり、驚くべき速度で形を成していった。
骨が組み立てられ、そこに筋肉が編み込まれ、さらにそれを皮膚が覆う。失われたはずの、亡くなった人たちの『肉体』が、次々とその場に再構築されていく。
「あ……ああ……!」
「嘘……あなたなの!? あなたなのね⁉」
その光景を見た遺族たちが、次々と声を震わせ、号泣し始めた。目の前で、確かに死んだはずの愛する家族が、生前と変わらぬ姿で形作られていく。奇跡を目の当たりにした彼らの涙は、止まることを知らなかった。
「じゃあ、肉体と魂を結びつけるね〜。」
感動的な空気に包まれる中、アインがどこか緊張感に欠ける、いつも通りの軽妙な調子で声を上げた。
しかし、その手つきは極めて正確かつ迅速だった。アインは空中を舞う魂と、地上に再生された肉体を、まるで見える糸で手繰り寄せるように操作していく。
「あなたはこっち、そこの可愛いお嬢さんはこっちかな、僕ちゃんはそっちじゃないよ〜。」
そう言いながら、まるで迷子を案内するように、次々と肉体と魂を結びつけていくアイン。その口調こそ軽いが、一歩間違えれば魂が他人の肉体に宿ってしまう、極めて繊細で難易度の高い作業を平然とこなしていた。
術式が順調に進んでいる一方で、トーヤにかかっていた負荷はこの時点で想像以上のものだった。
そもそも、現世に存在してはならない『黄泉の国へのポータル』を開いていることだけでも異常なのだ。その上、そこから大量の死者の魂を呼び戻しているため、その莫大なエネルギーの奔流が外へ影響を及ぼさないよう抑えるだけでも、大変な作業なのである。神経を極限まで削る大仕事に、トーヤの視界が負荷の重さで一瞬歪む。
(……くっ、まだだ。まだ耐えられる……!)
奥歯を噛み締め、必死に世界の歪みをコントロールするトーヤ。
しかし、その凄まじい負荷さえ、これまではほんの「序の口」だったと思わされるほどの、さらなる圧迫感がトーヤの全身を襲った。
キィィィィン――。
空間に、高音の澄んだ共鳴音が響き渡る。
上空で停止していたミカエルが、その両手を広げ、神聖な魔力を解放したのだ。
不安定な蘇生体に魂を完全に定着させ、世界に馴染ませるための『魂の定着と安定の術式』を、上空から全面展開したのである。
それは擬似リザレクションを完成させるために不可欠な、至高の術式。しかし、その術式が発動した瞬間、周囲の空間に充満していた魔力のベクトルが激変し、トーヤが必死に維持していた空間制御の障壁へと、数倍の反動となってのしかかってきた。
「ガハッ……⁉」
トーヤの喉から、苦悶のうめきが漏れる。全身の血管が破裂しそうなほどの圧力が彼を押し潰そうとする。これまで受けていた負荷など、この領域に比べればほんの始まりでしかなかったのだ。脳裏が白く染まりそうになるほどの激圧に耐え続けるトーヤ。
ユーヤがポータルを維持し続け、
ルシファーが悪鬼たちを避けながら死者の魂を呼び戻し、
ソーヤが死者の魂から肉体を再構築し、
アインが魂と肉体を結び付け、
ミカエルが肉体に魂を定着させる。
トーヤがすべての事象を精緻にコントロールできているからこそ、世界の理を欺く大奇跡――『擬似リザレクション』は、極めて順調に進んでいるのであった。




