第68話 贖罪①
ウェーノ家の四人――トーヤ、アイン、ソーヤ、ユーヤとクロが、復興支援のためにゼルディア帝国へ向かってから、さらに、ニ、三日が経過した。
大天使ミカエルと、元大悪魔ルシファー(通称ルー)は、ウェーノ村で普段通りの生活を送っていたのだが……最近のルシファーの様子は、どうにもおかしかった。
いつものように村人から押し付けられる雑用にも文句を言わず、ふとした瞬間にぼーっと宙を見つめることが増えた。薪割りをしていてもため息ばかりで、子どもたちから遊びに誘われても、
「……今はそんな気分ではない……。」
と力なく断る始末。
誰の目から見ても、明らかに元気がなった。
縁側で優雅にハーブティーを飲みながら、その様子を見かねたミカエルがそっと声をかけた。
「ルー、あなた最近ため息ばっかりね。周りの空気がどんよりしてるわよ? ただでさえ元悪魔なんだから、これ以上負のオーラを撒き散らさないでちょうだい。」
「……ミカエルか。別に、そのようなオーラを撒き散らしているつもりはない。」
ルシファーは草むしりをする手を止め、膝を抱えるようにしてうつむいた。
「……ただ、考えるのだ……。」
「何を?」
「この村に来て、我は……私は、とっくの昔に忘れ去った温かさに触れた。誰も私を恐れず、笑いかけてくれる。……だからこそ、思うのだ。」
ルシファーの瞳に、深く痛切な後悔の色が浮かぶ。
「自分が彼の国で……どれほど取り返しのつかない大罪を犯したのかを……。多くの命を奪い、そして国を滅ぼした。……私の罪は、どれだけこの村で薪を割ろうとも、人助けをしようとも、決して消えることはないのだと……。そして、今はウェーノ家がその復興に勤しんでいる中、私は何もできず、ただ、この村で漫然と暮らしている……。」
その悲痛な言葉に、ミカエルは少しだけ優しい目をした。
(本当に、変わったわね。この村は、大悪魔の心すらもこんなに温かく変えてしまうんのね。)
ミカエルはティーカップを置き、立ち上がって、ルシファーの傍へと歩み寄った。
「そうね、犯した罪は決して消えることはないわ。どんなに悔やんでも、過去は変わらない。」
ミカエルははっきりとそう告げた。そして、ふっと真剣な表情になって言葉を続けた。
「でもね、ルー。亡くなった人たちを『生き返らせる』方法なら……あるわよ。」
「……なにっ!?」
ルシファーは弾かれたように顔を上げた。
魔の頂点に君臨した彼でさえ、死者の完全な蘇生などという世界の理に反する魔法は聞いたことがない。
「そ、そんな馬鹿な! 命を弄ぶことは悪魔の得意分野だが、完全に失われた魂を現世に引き戻すなど……! もし本当にそんな方法があるなら、我は……私はなんだってする! 教えてくれ、ミカエル!」
必死にすがりつくルシファーに、ミカエルは静かに頷いた。
「『リザレクション』。それが、失われた命を呼び戻す究極の神聖魔法よ。」
「リザレクション……。」
「本来、これは神のみが行使できる絶対的な奇跡。大天使である私でさえ、単独では使うことが許されないし、そもそも不可能なの。」
ミカエルはそこで言葉を区切り、遠く、帝国のある方角を見つめた。
「でも、今のウェーノ家——トーヤさん、アインさん、ソーヤくん、ユーヤくん。あの規格外の四人の力と私たちの力を合わせれば……あるいは、リザレクションを発動させることができるかもしれない。」
「ウェーノ家の力……!」
「ただし、それだけじゃダメなの。」
ミカエルはルシファーを真っ直ぐに見据えた。
「リザレクションを成功させるためには、莫大な魔力以上に、『強烈な思い』が必要になるの。生への執着、あるいは……深い贖罪の思いがね。今回は、ルー……あなたの想いの強さによって、奇跡が発動するどうかが決まるわ。」
その言葉の重みに、ルシファーは息を呑んだ。自分の心が、何百、何千という命の運命を握ることになるのだ。
「でも、覚悟してちょうだい。」
ミカエルの声が、一段と低く、厳しくなった。
「ウェーノ村のみんなは、あなたの罪を何も知らずに受け入れてくれたわ。でも、アトレイア王国やぜルディア帝国の人たちはそうはいかない。あなたの顔を見れば、間違いなく目の敵にされる。石を投げられ、罵倒され、激しい憎悪を向けられるでしょうね。」
ミカエルはルシファーの目の奥を覗き込むように、静かに問いかけた。
「それでも……その覚悟を持って、帝国に向かう意志はある? 逃げ出さずに、彼らの憎しみを受け止める覚悟が――」
「ある!」
ルシファーはミカエルの言葉を遮り、躊躇なく答えた。その声に、かつての傲慢な大悪魔の響きはない。そして、その目には、かつて天界で大天使として讃えられていた頃のような真っ直ぐな光を宿していた。
「……どんなに憎まれようと構わない。私の命を差し出して彼らが救われるなら、それすら安いものだ。行こう、帝国へ。私が奪った命を、この手で取り戻すために!」
一切の迷いがないルシファーの顔を見て、ミカエルはふっといつもの悪戯っぽい笑顔に戻った。
「言ったわね? それじゃあ、さっそく出発よ! トーヤさんたちも向こうで頑張ってくれてることだし、私たちも合流しましょ!」
かつて帝国を滅ぼした元大悪魔と、それを導く大天使。
二人は、亡き人々に再び命の光を灯すため、ウェーノ村を後にし、一路ゼルディア帝国へと向かって飛び立った。




