第66話 天使と悪魔
大天使ミカエルと、大悪魔ルシファーがウェーノ村に住むようになってから、数日の時が経った。
最初こそ、神話レベルの存在が二柱も居候することになり、村中が大騒ぎになったが――
今ではすっかり、二人とも村の“騒がしい日常”の一部として完全に溶け込んでいた。
ミカエルはというと――
「ミカさん、今日も畑の手伝いありがとう! おかげで豊作だよ!」
「任せてちょうだい♡ 収穫後のご飯が楽しみね!」
すでに村の誰からも親しみを込めて“ミカさん”と呼ばれ、エルフから獣人、ドワーフに至るまで、全種族から絶大な人気を集めていた。
畑に立てば、その無自覚に漏れ出る『光の加護』で作物は規格外に元気になり、家事を手伝えば、天使ならではの完璧な手際で村の女性陣から深い尊敬を集め、子どもたちに囲まれれば、まるでベテラン保育士のように優しく微笑みながら遊び相手になる。
「ミカさん、あそぼー!」
「はいはい、順番よ〜♡ 順番守らない子は天罰よ〜?」
天使としての荘厳な威厳?
そんなものは、とうの昔に天界のクローゼットの奥に置いてきたらしい。
◆
一方のルシファー――いや、ミカエルによって強制的に“ルー”と命名された元大悪魔はというと。
「ルー、薪割りお願いね〜。今日はお風呂沸かすから多めにね。」
「なぜ我がそのような雑務を……。我を誰だと――」
「はい、文句言わない! 働かざる者食うべからずよ!」
ミカエルに首根っこをガシッと掴まれ、強制労働の現場へと連行される。
「ルー、羊の毛刈り手伝って! 暴れるから押さえてて!」
「断る。悪魔にそんな牧歌的な作業など――」
「はい、やる!」
ミカエルの一切の反論を許さない笑顔という名の物理的な圧に屈し、ルシファーはしぶしぶ毛刈りバサミを手に取る。
「ルー、子どもたちの遊び相手してきて!」
「断ると言って――」
「ルーお兄ちゃんだー!」
「やめろ、抱きつくな! 我の服が汚れるだろうが!」
結局、獣人たちの子どもに群がられ、そのままアスレチックの遊び相手にされる羽目になる。
村人たちは最初こそ、世界を滅ぼしかけたルシファーを本気で恐れていたが――
・普段は力を制限するため、黒のように小さい姿をしている
・ミカエルが付けた『光の首輪』で力が完全に封じられている。
・ミカエルが常に楽しそうに?監視している。
・そもそも、ミカエルには絶対に逆らえない。
これらの事実が村中に広まると、みんなの態度が一変した。
「ルー、これ運んでくれ!」
「ルー、畑の石拾いお願いな。」
「ルー、ちょっとこっち来て木材支えてて!」
「……なぜ我が、村の便利屋のように扱われているのだ……?」
ルシファーは毎日頭を抱え、自身のアイデンティティの崩壊に直面していた。
◆
最初は怯えていた獣人の子どもたちも、今ではすっかり懐いている。
「ルーお兄ちゃん、これ見て! お花摘んだの!」
「ルー、かけっこしよ! 俺の方が速いぞ!」
「……やめろ。私は悪魔だぞ……? 魂を食らうぞ……?」
「でも、ルー優しいもん!」
「優しくなど――」
「昨日、転んだ子をこっそり助けてくれた!」
「……あれは……ただの偶然だ。」
(※偶然ではなく、しっかりと風魔法でふわりと受け止めていた。)
エルフたちも、ルシファーの魔力の繊細な扱いに興味津々だ。
「ルー殿、その魔力の流れ、実に美しい……。ぜひ我が魔法陣の参考にさせてくだされ。」
「やめろ、観察するな! ノートに書き留めるな!」
ドワーフたちは、ルシファーの魔力を使った高火力の鍛冶に目を輝かせる。
「ルー! その黒炎、火力高くて最高だな! ちょっと炉に火ぃ貸してくれ!」
「断る! 我の炎はものを打つためではない!」
「ミカさーん! ルーが協力してくれません!」
「ルー?」
「……やります……。」
(※結局、逆らえない。)
◆
そんな騒がしくも平和な日々が続くうちに――
ルシファーの冷たい心の奥底に、ほんの少しだけ、見慣れぬ変化が生まれていた。
ある夕暮れ時。
薪割りのノルマを終え、切り株に座って息をついていたルシファーの横に、クロ(竜姿)と小さな白竜のハクがちょこんと座った。
「ルー、今日もありがとう!」
「ありがとうー!」
「……なぜ礼を言う。我は命令されてやっただけだ。」
「だって、ルーが手伝ってくれると、みんな助かるから!」
「……ふん。」
ルシファーはそっぽを向いた。
だが――
(……まぁ……悪くない……。)
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる感覚。
それを自覚した瞬間、ルシファーは顔を真っ赤にして慌てて立ち上がった。
「私は帰る!」
「また明日ね、ルー!」
「バイバイ!」
「……気安く呼ぶな!」
そう言い捨てながらも、歩き去るその背中は、かつての威圧感は消え失せ、どこか柔らかく穏やかなものだった。
◆
その微笑ましい様子を遠くからこっそりと見ていたミカエルは、くすりと笑った。
「ふふ……ルーも、少しは変わってきたわね。というか、完全に村に馴染んでるじゃない。」
「この村は……本当に不思議な場所。どんな存在でも、温かく包み込んじゃうんだから。」
そして、ミカエルは夕焼けに染まる空を見上げて、誰にともなく小さく呟いた。
「……ずっとこの村にいようかなぁ〜。明日のアインさんのご飯、ハンバーグらしいし。」
天使の悪戯な笑顔は、今日もどこか、誰よりも悪魔的だった。




