番外編 大天使の計略
絶望的な力を持つ大悪魔ルシファーとの死闘を乗り越え、ウェーノ家のみんなが慌しく村に帰ってきた頃、遥か高みにある天界にて、大天使ミカエルはひとり、誰にも悟られぬように小さく息をついていた。
その美しい顔に浮かぶ表情は――厳格な大天使とは思えないほど、とても楽しげで、どこかワクワクしているようなものだった。
◆
実はミカエルは、ずっと前から下界にあるウェーノ村をこっそりと観察していたのだ。
感情の起伏を持たないはずの天界の高みにありながら、下界のこの小さな村が見せる“温かな温度”に、いつの間にかすっかり心を奪われていたのである。
・種族の違いなど全く気にせず、共に笑い合う姿。
・毎日が規格外に騒がしく、しかしどこまでも温かい日常。
・誰かが困っていれば、誰かが必ず自然に手を差し伸べる優しさ。
・そして何より……アインが作る、とてつもなく美味しそうな料理の数々。
天界の静謐で変わらない世界とは真逆の、常に息づかいが聞こえる『生きている世界』。
「……いいなぁ、ああいうの。私も一緒にシチューとか食べてみたいな……。」
ミカエルは、雲の上から何度そう呟いたかわからない。
しかし――
大天使という立場上、正当な理由なく下界に降りることは許されない。それは天界における絶対の掟だった。
だからこそ、ミカエルはずっと、ずっと“下界へ降りるための完璧な理由”を探し続けていたのだ。
――そしてついに、待ちに待ったその時が来た。
アインが、ルシファーの負のエネルギーからモフを救うために無意識に発動させた≪ネイチャー・リンク≫。
大自然の息吹を束ねたその純粋な祈りは、天界の奥深くにまで届き、誰よりも下界を監視していたミカエルの耳に真っ先に飛び込んできた。
「きたっ!」
天界の誰よりも、いや、光の速度よりも早く反応したのは、他でもないミカエルだった。
(これは正当な理由だ。下界から強い祈りで呼ばれたから、助けに降りる。うん、完璧。掟にも一切反しない!)
そう強引に判断した瞬間、ミカエルは神々しい光の翼を広げ、一切の躊躇なく下界のウェーノ村へ一直線に降りていった。
◆
村へと舞い降りる最中、ミカエルは微かな違和感に気づいた。
――ルシファーの気配だ。
「……なんであいつが下界の、しかもあの村に?」
驚きはしたが、同時にミカエルの脳内に天才的な閃きが舞い降りた。
「……これ、使えるかも!?」
裏切り者のルシファーを利用して、堂々と村に滞在する作戦だ。
村に降り立つと先ほどの気配の正体がすぐに分かった。
ウェーノ家にいるモフという丸っこくて可愛い生き物から、ルシファーの気配がした。どうやら、この生き物が、ルシファーの”負のエネルギー”を吸収してしまったらしい。しかも、トーヤという規格外の人間が、そのルシファーの本体をあっさりと捕まえているという事も分かった。
(大チャンス到来!)
ミカエルは静かに、しかし確固たる意志で“村定住計画”を固めた。
(危険な大悪魔ルシファーの監視をするため……うん。仕方なく……本当に仕方なく、この村に……住み込みで監視するしかないよね?)
その後、ミカエルの強引極まりない申し出に対し、トーヤがしぶしぶ承諾した瞬間――
ミカエルは心の中で、天使とは到底思えないほど邪悪で、してやったりという笑みを浮かべた。
「ふふ……作戦大成功♡ これで毎日この村で楽しく過ごし、アインさんの美味しいご飯が食べられるわ♪」
その美しい笑みは、本来警戒すべき大悪魔ルシファーよりも、よほど悪魔的であった……。




