第64話 大天使
ミカエルから突きつけられた言葉に、ウェーノ家は一瞬だけ言葉に詰まった。
しかし、そこに迷いなどあるはずがなかった。
「もちろんです! どんなに大きな代償を払うことになろうとも、私は一向に構いません!」
「だから……お願いです、モフを……モフを助けてください!」
アインが涙を拭い、強い決意を秘めた瞳で真っ直ぐに大天使を見つめて答える。
「素晴らしい覚悟です。わかりました。では……。」
ミカエルは静かにモフへと歩み寄った。
その足取りは、まるで空気そのものが彼女の身体を優しく持ち上げているかのように軽やかで、白金の美しい髪がふわりと揺れるたび、周囲の光がプリズムのように反射して七色の輝きを生み出していく。
トーヤたちは固唾を呑み、息をするのも忘れてその光景を見守っていた。モフはアインの腕の中で相変わらずぐったりと横たわっており、そのふわふわだった毛並みはどす黒く染まり、まるで闇の呪いそのものが物理的な質量を持ってまとわりついているかのようだった。
ミカエルがモフの前に、そっと上品に膝をつく。
その瞬間、張り詰めた緊張感で周囲の空気がガラリと変わった。
まるで世界そのものが息を潜め、大天使の次の動きをじっと待っているかのようだった。
ミカエルは細く白い両手を胸の前で厳かに組み、静かにその美しい目を閉じる。
次の瞬間――。
パアァァァァァァッ……!
彼女の身体から、柔らかく、しかし世界を覆い尽くさんばかりの圧倒的な黄金の光が溢れ出した。
それは夏の太陽のように眩しいはずなのに、見ている者の目を決して傷つけることはなく、むしろ浴びているだけで心の奥底の不安まで温かく満たしていく奇跡の光だった。
光の波はゆっくりと、優しくモフの身体を包み込んでいく。
すると、モフの身体に醜く絡みついていたルシファーの負の感情が、光に焼かれてジリジリと悲鳴を上げるように弾け飛んだ。
そして、漆黒に染まっていた毛並みが、先端の方から少しずつ、少しずつ、元の純白へと戻り始める。
アインは両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、ポロポロと嬉し涙をこぼしながら、その奇跡の一部始終を見つめていた。
◆
やがて周囲を満たしていた圧倒的な光が収まり、ミカエルはそっと組んでいた手を下ろした。
「ふふ、もう大丈夫よ。」
大天使のその優しい言葉と、完全に同時だった。
――もふっ!!
モフが、まるで今までの重篤な状態が嘘だったかのように、元気いっぱいにその場で跳ね起きた。元の真っ白に戻った極上の毛並みをふわふわと揺らしながら、嬉しそうにその場をごろごろと転がり回っている。
「モフーーーーーーっ!」
アインが我慢できずに泣きながら抱きつき、トーヤ、ソーヤ、ユーヤ、さらにはクロ、リル、ミラ、リィナ、ハクも次々に我先にと集まって、愛おしいモフをぎゅぎゅっと全員で包み込んだ。
モフはそれが堪らなく嬉しいようで、「もふもふっ! もふぅ!」と元気いっぱいに鳴き声を上げながら、みんなの顔を順番にすりすりと擦り寄せていく。
そのあまりにも温かく幸せに満ちた光景を見て、ミカエルは満足そうに目を細めて微笑んだ。
だが、全員が歓喜に沸くその笑顔の奥で――。
ほんの一瞬、およそ高潔な大天使とは思えないほどの、何とも「したたかな企みの笑み」が彼女の口元に浮かんだことに、この時はまだ誰一人として気づいていなかった。




