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異世界ふぁみりぃ ~のんびり異世界生活~  作者: すぱ☆たま
ぜルディア帝国

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第57話 帝国の蠢き

アトレイア王国の王宮から黒い靄となって霧散したルシファーの分身体は、夜空を裂くような速度で北へと飛び、ゼルディア帝国の中心――禍々しい黒鉄の城へと帰還していた。


「……まったく、あの忌々しい異世界人め。我の邪魔をしおって……。」


黒いもやは城の最奥へと滑り込むように吸い込まれていく。

そこは、ゼルディア帝国の王――いや、“王であった”男が座る玉座の間。

絢爛豪華ながらも薄暗い玉座には、かつて大陸全土にその名を轟かせ、民から絶大な支持を得ていた『英雄王』オルディナス国王その人が鎮座していた。


しかし今の彼には、かつての雄々しく慈悲深い面影など微塵もない。

身体からはおぞましい漆黒のオーラが立ち上り、その瞳はドロドロと濁り、不気味な笑みは左右非対称に歪んでいる。

その高潔な魂は、とうの昔に食い尽くされ、失われていた。


「戻ったか、我が分身よ。」


王の口から発せられた声は、もはや人間のそれではない。

地響きのような、本体であるルシファーの声だ。


「あぁ。だが、アトレイアの乗っ取りには失敗した……。」


「なにぃ!?」


分身体の報告に、ルシファーは不機嫌そうに眉をひそめた。


「我が力の10分の1を分け与えていたのだぞ? あのような小国、容易く落とすには十分なはずであろう?」


「途中までは極めて順調であったのだ……。ジワジワと苦しめ、いたぶって、絶望の底に突き落としてから国を奪う予定であった……。それを、あの異世界人どもが……!」


分身体が悔しげに吐き出した言葉に、ルシファーは「ほぅ?」と、昏い興味を示した。


「奴らさえいなければ、今ごろアトレイアは我が手の内に……。」


なおも言い訳を続けようとする分身体を遮るように、ルシファーがパチンッと指を鳴らした。

その瞬間、分身体は一瞬にして元の黒い靄へと戻り、ルシファーの本体へと吸い込まれ、一体化していく。

分身体が現地で見聞きした記憶と感情が、ルシファーの脳内へ直接溶け込んでいった。


「異世界人、トーヤ……か。実に面白いではないか。」


ルシファーの口元が、耳元まで裂けるかのようにぞわりと不気味に歪んだ。



時は少し遡り、ウェーノ家がこの異世界に召喚されるよりもさらに前のこと。

ゼルディア帝国は、当時の国王オルディナスの絶対命令により、城の地下深くで大規模な“異世界召喚の儀式”を執り行っていた。

理由は、強国としての底知れぬ野心。

『強大な、規格外の力を持つ異世界人を召喚し、我が帝国を世界最強の覇権国家にする』

その強すぎる欲望のために、帝国は決して手を染めてはならない禁忌に手を出したのだ。


だが――その召喚は、決定的な破滅の引き金となった。

本来呼ばれるはずだった“都合の良い異世界人”などは現れず、真っ赤に血染まった召喚陣の中心から這い出てきたのは――

神話の時代に封印されたはずの、かの高位悪魔ルシファー。


「……我を呼び出したのは、貴様らか?」


ルシファーが冷酷に呟いたその瞬間、召喚陣の周囲で魔力を供給していた高名な魔導士たちは、悲鳴をあげる暇すらなく、一瞬にして灰となって消え去った。

ただ一人、儀式を見守っていたオルディナス国王だけが、腰を抜かして震えながら立ち尽くしていた。


「ひ、ひぃ……っ!? 化け物め……!」


「ふむ。弱いな。だが――器としては、それなりに悪くない。」


ルシファーは冷たい笑みを浮かべ、オルディナスの身体にそっと触れた。

次の瞬間、オルディナスの瞳は完全な漆黒へと染まり、その精神と肉体、人格は、跡形もなく悪魔に乗っ取られた。



帝国の崩壊が始まったのは、まさにその日からだった。

かつて雄々しく民を愛した英雄王は、一朝一夕にして暴虐無道な暴君へと成り果てた。


・法外な重税を課し、少しでも反抗の意志を見せた者は見せしめに即座に処刑。

・地獄のような環境から他国へ逃亡しようとする国民も、容赦なく捕らえて処刑。

・他国との平和的な流通や外交の完全なる断絶。


帝国の内部は、一瞬にして血と恐怖、そして混沌に包まれた。

だが、誰一人として気づくことはできなかった。

自分たちの敬愛する王が、まさか“悪魔そのものに乗っ取られている”など、一体誰が想像できただろうか。

大帝国は、ゆっくりと、しかし確実に内側から腐り、崩壊していった。

ルシファーは退屈極まりない様子で玉座に頬杖をつき、呟く。


「ふむ……この国はもう壊れて飽きたな。次はどの国を壊して遊ぼうか……。」


まるでゲームのステージを選択するかのように、彼は次なる獲物を探していた。



そんなある日、崩壊しつつある帝国へ、アトレイア王国から定期外交のために訪れた人物がいた。

――それこそが、ラザルド宰相であった。

彼は誠実で、誰よりも国を想う優秀な政治家だった。

それゆえに、帝国に足を踏み入れた瞬間、その異様な光景に強い違和感を覚えた。


「これはいったい、どういうことだ……? かつて美しく、活気に満ち溢れていたゼルディア帝国が、なぜこれほどまでに……。」


変わり果てたドブネズミの這い回るような街並みを眺め、ラザルドは胸騒ぎを覚えながら足早に王城へと向かった。

不気味に静まり返った王城、見張りの兵さえいない不可解な城門。

そして城内全体から溢れ出る、吐き気を催すような不吉なオーラに、本能的にラザルドの足はすくんだ。


「一刻も早く英雄王にお会いして、事の次第を確認せねば……。そして、もしや一大事が起きているのであれば、急ぎレオニス陛下にお伝えせねばならん!」


ラザルドは国を想う強い使命感だけを胸に、恐怖で震える身体を無理やり奮い立たせ、薄暗い王城の奥へと入っていった。



たどり着いた玉座の間には、確かに英雄王オルディナスが鎮座していた。

――のだが。

一目見て、ラザルドの全身に鳥肌が立った。

明らかに、いつもの気高きオルディナス国王ではない。


(これはまずい……! すぐさまここを離れなければ!)


ラザルドの本能がそう告げ、脱兎のごとく踵を返そうとしたその瞬間――


「ほう……なかなか、良質な意思を持った器だな。」


ぞわりと、蛇に背筋を舐められるようなおぞましい声が鼓膜を揺らした。

ラザルドは恐る恐る、ゆっくりと振り返る。

そこには、悪魔のような残忍な笑みを浮かべたオルディナスが立っていた。


「……そなた、オルディナス国王ではないな!? 何者だ!」


「死にゆく貴様には、一切関係のないことだ。」


「な、何ぃ!?」


先ほどまで遥か前方の玉座にいたはずのオルディナスの姿が、かき消えるように視界から消えた。

次の瞬間には、ラザルドの真後ろに音もなく立っていたのだ。

オルディナスは、逆らえない絶対的な力でラザルドの肩に冷たい手を置いた。

その瞬間――。

濃密な黒い靄がラザルドの口や鼻から身体へと強引に入り込み、彼の瞳が一瞬だけ真っ黒に染まった。


「……がはっ、あ……っ!」


ラザルドは激しい拒絶反応の末に意識を失い、そのまま物言わぬ人形として帝国の客室へと運ばれていった。


ルシファーは奪ったラザルドの記憶を脳内で弄びながら、いやらしく嗤う。


「さて……次はアトレイア王国だな。さぁ、楽しいゲームを始めようか。」


こうして、ラザルド宰相の肉体に憑依したルシファーの分身体は、新たな崩壊の種をまくためにアトレイア王国へと向かったのであった。


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