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異世界ふぁみりぃ ~のんびり異世界生活~  作者: すぱ☆たま
ぜルディア帝国

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第55話 影の気配

レオニス国王のプライベートな居室は、重苦しい夜の静寂にすっぽりと沈んでいた。

厚手の高級カーテンが閉め切られた室内では、壁の魔導灯だけがポツンと灯り、二人の足元に淡く暗い金色の影を落としている。


トーヤはソファーに深く腰掛け、真正面からレオニス国王の瞳を見据えて、単刀直入に本題を切り出した。


「……結論から申し上げます。王妃にあの恐ろしい呪いをかけた張本人は――今もまだ、この王宮内部に潜んでいる可能性が極めて高いです。」


「な、なんだと……っ!?」


レオニスの瞳が、驚愕と激しい動揺で大きく揺れ動いた。

その顔には、最愛の妻を害された怒りと、未知の敵への恐怖が混ざり合い、王としての威厳の奥から、一人の父親としての苦悩と痛みがボロボロと滲み出している。


「どうやって……どうやってこの王宮の強固な結界を破り、侵入したというのだ! 城の警備も、結界の術式も、我が国が誇る最高峰のものを万全に敷いていたはずだぞ!」


しかし、トーヤは静かに、そして残酷に首を振った。


「外部からの侵入ではありません、レオニス王。術式の痕跡を見る限り、結界の内側から、それもごく自然に王妃の身辺に近づける者が放ったものです。つまり――この王宮の内部にいる、あなたが信頼している誰かが……。」


その言葉は、まるで巨大な鉛の塊のように、重く、冷たく室内の床へと叩きつけられた。

レオニスは言葉を失い、ギリッ……と音が鳴るほどに拳を強く握りしめ、喉の奥から低く唸るような声を漏らす。


「……裏切り者が……長年共に歩んできたこの城の中に、いるというのか……!?」


「その可能性が、高いと考えております。」


トーヤは淡々と続けた。


「先ほど、レディナ王妃の体内から引き剥がしたあの黒いもや残滓ざんし――あれと同じ魔力の波動が、未だにこの広大な王宮のどこかから、微かに、けれど確実に感じ取れるのです。私の妻であるアインもそれを察知していますが、まだ具体的な人物の断定まではできておりません。ただ……。」


トーヤは自身の胸にそっと手を当て、レオニスを見つめた。


「私の《スキャン》の術式を、この城にいる全ての人間に対して強制的に発動すれば――数分と経たずに、その裏切り者を確実に炙り出し、断定することは可能です。」


「ならば、今すぐそれを――!」


「お待ちください。」


身を乗り出したレオニスを、トーヤは静かな、けれど重みのある声で遮った。


「……それを行うということは、王宮に仕える全ての貴族、騎士、使用人、そしてあなたの家族までもを『犯罪者予備軍』として疑い、強制的に精神を覗き込むことになります。それが明るみに出れば、王家への信頼は失墜し、国を揺るがす大混乱になりかねない。だからこそ……。」


沈黙が、二人の間に重く、長く流れた。

レオニスは王としてのプライドと、家族を守りたいという思いの間で激しく葛藤し、苦悩を隠そうともせずに額に手を当てて深くうつむいた。


「……すまない、トーヤ殿。一晩……私に、考えさせてくれ。」


「父として、夫としての感情だけで動くわけにはいかない。私は……アトレイアの王として、冷静な判断を下さねばならんのだ……。」


「もちろんです。王としてのレオニス様の結論を、明日、聞かせてください。」


そう告げて、トーヤは深く丁寧に頭を下げ、静かに居室を後にした。



トーヤが用意された客室に戻ると、室内は静まり返っており、ベッドからはユーヤとソーヤの規則正しい静かな寝息が聞こえていた。

昼間の緊張と精神的な疲労のせいか、子供たちは泥のように深く眠っている。

その微笑ましい寝顔を見て、トーヤの強張っていた肩の力が少しだけ緩んだ。


部屋の奥の窓際――

ただ一人、アインだけが眠らずに起きていた。

ベッドの端に腰掛け、夜空を見つめていた彼女は、トーヤが入ってくると、心底ホッとしたような、愛おしそうな笑顔を浮かべて迎えてくれた。


「おかえりなさい、トーヤさん。」


「ごめん、アイン。起こしちゃったかい?」


「ううん、大丈夫よ。……ずっと、あなたの帰りを待っていたの。」


アインの声はいつも通り柔らかかったが、その瞳の奥には、城を包む不穏な空気を察知しているがゆえの、微かな不安が色濃く含まれていた。

トーヤは彼女の隣に静かに腰を下ろし、先ほど国王の居室で話した内容を、包み隠さずすべて伝えた。


呪いの正体、王宮内に潜む裏切り者の影、そして明日下されることになる、王の決断。

アインはトーヤの言葉を一つも遮ることなく、静かに最後まで聞き終えると、そっとトーヤの大きな手を、自分の温かい両手で包み込んだ。


「今夜、私たちにできることはもう何もないわ。……お疲れ様、トーヤさん。今日はもう、ゆっくり休みましょう。」


そのアインの優しい言葉は、張り詰めていたトーヤの胸の奥に、じんわりと心地よく染み渡っていった。


「……そうだね。ありがとう、アイン。君の顔を見ると、本当に安心するよ。」


部屋の魔導灯の明かりを落とし、二人はベッドへと横になった。

しかし――

いざ瞼を閉じると、トーヤの脳裏には、昼間に見たセレスティアのあの絶望に満ちた表情が、鮮明に、何度も何度も浮かび上がってきた。


あの、涙に濡れて今にも泣き叫びそうだった、ボロボロの顔。

大切な母親を失いかけ、自分を責め、未来を恐れ、希望を完全に失いかけていた、まだ幼い少女のあの悲痛な姿。

それを思い出すたびに、トーヤの胸の奥深くから、ドス黒く燃え盛るような、激しい感情が突き上げてくる。


(……許せない……っ!)


普段、ウェーノ村で平和に暮らしている時には決して表に出ることのない、激しい怒りがトーヤの眠りを完全に拒絶していた。

呼吸が自然と荒くなり、無意識のうちに拳に力が入りかけた、その時――。

アインがベッドの中でそっとトーヤの身体に寄り添い、その細く温かい腕を、トーヤの胸元へと優しく回した。


「大丈夫……大丈夫よ、トーヤさん……。」


アインはトーヤの背中を、子供をあやすように優しく、トントンと一定のリズムで叩きながら、耳元で静かに囁きかける。


「レディナ王妃様は、あなたの素晴らしい魔法が完全に救ったわ。セレスティアだって、明日にはきっと、いつもの元気な笑顔を見せてくれる。だから、今は……すべてを忘れて眠りましょう。私がずっと、あなたのそばにいますから……、ね。」


そのアインの声は、夜の深い闇と、トーヤの胸の中で燃え盛っていた怒りの炎を、優しく溶かしていくかのように温かかった。


「……ああ……。そうだな……。」


トーヤはようやく、身体の強張りを解き、深く息を吐き出すことができた。

アインの心地よい体温と、包み込むような優しい気配に全身を包まれながら、彼の意識はゆっくりと、穏やかな眠りの底へと沈んでいく。

犯人に対する怒りは、決して消えたわけではない。


だが――

それでも今夜は安心して眠りにつけるほどに、隣にいる彼女の存在は、どこまでも優しく、そして絶対的に暖かかった。


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