第6話 冒険者ギルドに登録する!
ある穏やかな午後のこと。
ウェーノ家の広々としたリビングでは、一家の大黒柱である十夜が、眉間にシワを寄せ腕を組んだまま、考え込んでいた。
「……やっぱり、正式な身分証がないというのは、色々と不便だな」
異世界での生活も随分と馴染んできた。
最近では街での顔見知りも増え、商店街や市場で彼らの顔を知らない者はほとんどいない。
おなじみの店へ買い物に行く分には、もはや何も困らなくなっていた。
しかし、スローライフを満喫する上で、どうしても無視できない問題が出てきたのだ。
それは、街の外からやってくる行商人たちとの正式な取り引きができないこと。
上野家の畑は、豊かな魔力のおかげか作物が順調に育ちすぎてしまい、最近では家族四人と一匹だけでは到底食べきれないほどの瑞々しい野菜や果物が収穫できるようになっていたのだ。
「これだけ余っているなら、困っている人に売りに出せればいいんだが……。」
十夜が商人に掛け合うたび、決まって同じ言葉を返される。
『お売りいただくのは大歓迎ですが、身分証明として、冒険者証はお持ちですか?』
どうやらこの世界における最も一般的で信用度の高い身分証明書は、冒険者ギルドが発行する『冒険者証』のようだった。
「冒険者、かぁ……。」
十夜がぽつりと溢したその独り言に、リビングのふかふかのソファに寝転がりながら、お気に入りの漫画を読んでいた次男の遊也が、ガタッと勢いよく起き上がって目を輝かせた。
「冒険者!? え、それってついに討伐とか行くの!? 巨大な魔物をバッサバッサと倒しちゃう感じ!?」
「やらない!」
前のめりになる遊也に対し、十夜は一ミリの迷いもなく即答した。
「そもそも、俺たちは冒険をするために登録するわけじゃないんだ。あくまで、作物を売るための身分を証明するのが目的だからな。」
「じゃあ、登録だけパパッと済ませて、あとは安全そうな依頼を選べばいいのね〜。」
隣で上品にハーブティーを飲んでいた母の愛が、微笑みを浮かべている。
彼女の肩の上では、小さな黒い相棒――ドラゴンの幼体であるクロが「キュイ。」と短く同意するように鳴いた。
「そうだな。討伐はやらないが、街の収穫作業の手伝いや、ちょっとしたお困りごとの解決のような生活支援系の依頼なら、受けてみてもいいかもしれない。」
長男の創也も作業用の工具をいじりながら頷く。
「よし、とりあえず百聞は一見に如かずだ。ギルドに行って、登録の相談をしてみよう!」
こうして、平和なスローライフを守るため、上野一家は揃って冒険者ギルドへと向かうことになったのである。
◆
リベルタスの街の中心にある冒険者ギルドの重厚な扉を開けると、そこは熱気と喧騒に包まれていた。
磨き抜かれた剣と鎧がぶつかり合う金属音、大戦果を挙げた冒険者たちの豪快な笑い声、そして昼間から酒場スペースに漂うアルコールの匂い。
そんな、歴戦の猛者や血気盛んな若者が集まる荒々しい場所に、およそ戦いとは無縁そうな、絵に描いたようなアットホームな家族連れが迷い込んできたのだ。周囲の空気が一瞬にして凍りつく。
「……おい、なんだあの一家は?家族連れか?」
「観光地と間違えてるんじゃねえか?子供までいるぞ。」
「待て……あの女の肩に乗ってるトカゲ、いや、まさか本物のドラゴンじゃ……?」
周囲の荒くれ者たちがざわつき、視線を注ぐのも全く気に留める様子はなく、上野一家は受付カウンターへと近づいていく。
カウンターの向こうで引きつった笑みを浮かべる受付の女性職員は、困惑を隠せない様子で声をかけてきた。
「えーと……いらっしゃいませ。本日は、どのようなご用件でしょうか……?もしや、登録でしょうか?」
「はい。家族全員分の登録をお願いしたくて。」
十夜がにこやかに微笑むと、ギルド内のざわめきがさらに一段と大きくなった。
「ええっと、そちらのお子様方も、でしょうか……?」
「はい、四名分お願いします。……あ、もしかして、子供だと登録できなかったりしますか?」
十夜が少し困ったように眉を下げると、受付職員は慌てて両手を振った。
「い、いえ!規則上、登録自体に年齢制限はないのでできないことはないのですが……その、あまりに小さなお子様の登録は前例がほとんどないもので、つい取り乱してしまい申し訳ありません……!」
プロとしての理性を総動員して落ち着きを取り戻した職員は、引き出しから透明な水晶玉を取り出した。
「それでは登録手続きのため、能力測定を行います。順番に、こちらの測定水晶に手をかざしていただけますか?」
言われるがままに、一家を代表して最初に十夜が「じゃあ、俺から。」と一歩前に出て、軽く水晶に手をかざした。
その瞬間、水晶が割れんばかりのまばゆい七色の光を放ち、ギルドの建物全体が地鳴りのように細かく震えた。
光が収まると、水晶の上空にホログラムのような文字が鮮明に浮かび上がる。
【魔法適正:炎:SS 水:SS 風:SS 土:SS 光:SS 闇:SS 時空:SS】
「……あ、あのぅ〜〜……。」
受付職員は、開いた口が塞がらないまま、完全に震えた声でホログラムと十夜の顔を交互に見た。
「これ……全属性が最高位……歴史に名を残すレベルの、王宮魔術師級……いや、それ以上です……。」
「そうなんですか? もしかして数値が高すぎて登録できない、とかあります?」
「いえ、そういうルールはありませんが、測定結果そのものが国家崩壊の危機レベルで異常でして……。」
「登録できるなら良かったです。まぁ、身分証明としての冒険者証がもらえるのであれば、判定なんてなんでもいいですよ。」
受付が完全に狼狽し、後ろの職員たちがパニックになりかけているのには一切気にも留めず、十夜自身はただ「無事に冒険者証がもらえる。」ということだけに安堵して、ほっと胸を撫で下ろしていた。
◆
「次は私ね〜。」
続いて、ふんわりとした足取りで愛が水晶に手をかざした。
触れた瞬間にバチッと文字が表示されたかと思うと、あまりの情報の過多に水晶が一瞬フリーズし、文字がバッと消える。
「……?」
「……???」
職員が首を傾げ、壊れたのかと冷や汗を流した数秒後、ようやく強引に浮かび上がってきたのは信じられない文字列だった。
【竜の加護】
【魔獣の加護(多数)】
受付職員は現実逃避をしたい気持ちを堪えて問いかけた。
「え……? あの、失礼ですが、伝説級の魔獣を従えるテイマーの方、でしょうか……?というか、いくらなんでも神話レベルの『加護』が多すぎませんか……!?」
その必死の問いかけに、愛は人差し指を頬に当てて、うーんと考え込んだ。
「テイマーだけど……。うちで飼っているのは、牛のベコちゃんと羊のメリーちゃん、あとはニワトリたちと、このクロちゃんくらいだけど……。あ、でもたまにお庭にくる小鳥たちとお話しするから、あの子たちの加護も入っているのかしらね〜?」
「キュイ!」
愛ののんきな回答を受けて、彼女の肩の上でクロがこれ以上ないほど誇らしげにエッヘンと小さな胸を張っていた。
周囲の冒険者たちは、そのドラゴンが本物であると確信し、静かに後ずさりし始めていた。
◆
続いて長男の創也の番になると、ギルドの奥から異変を察知した技術職員が集まってきた。
水晶に表示された結果を見た職員たちが、驚愕のあまり絶叫し、その騒ぎを聞きつけたドワーフの鍛冶師たちもゾロゾロと集まってきて、彼を完全に取り囲んでしまった。
「そ、創作適性……SSSだと……!?」
「馬鹿な、神話の鍛冶神の生まれ変わりか!? こんな数値、歴史書のどこを探しても見たことねえぞ!」
「おいおい兄ちゃん! 冒険者なんて危険なことやめて、今すぐうちの工房に就職しろ! 給料は言い値で払う!」
当の本人が驚くよりも先に、周りの職人たちが大騒ぎして創也を揉みくちゃにしている。
「え、ええっと……。僕、ただ家でいろんな物を作ったり、畑の壊れた道具とかを直したりしてるだけなんですけど……。」
と、当の創也は、ドワーフたちに肩を揺さぶられながら「大したことじゃないのになぁ……。」と困惑気味に首をかしげていた。
◆
最後に次男の遊也が、ワクワクした様子で水晶にタッチする。
【ユニークスキル:ゲーマー】
「……ゲーマー?」
受付職員は、もはや未知の言語に目を白黒させた。
「えーと……その、ゲーム?というもので遊ぶ……能力、なのですか?」
「うん! 基本はゲームで遊ぶスキルだよ! あ、でも、ゲームの中で手に入れた武器とか、仲間にしたモンスターをここから現実世界に召喚することもできるよ!」
「召喚……ッ!?」
あっけらかんと恐ろしい応用力を口にする遊也に対し、受付職員はついに限界を迎え、カウンターに突っ伏して頭を抱えてしまった。
◆
もはや一受付職員の裁量では判断がつかないということで、ギルドの奥の豪華な扉が開き、この街の最高責任者である厳格なギルドマスターが姿を現した。
彼は上野一家の測定結果の紙を震える手で眺め、重々しく口を開いた。
「……結論から言います。」
ゴクリ、とトーヤが唾を飲み込む。
「皆さんを、通常の魔物討伐や依頼をこなす『通常の冒険者』として登録するのは……この街の治安と経済の維持において、あまりにも危険すぎます!」
「えっ!? それじゃあ、やっぱり冒険者証はもらえないんですか!?」
十夜がガタッと勢いよく立ち上がる。
「それは困ります……。私たち、本当に大したことはできないですし、ただ平和に暮らしたいだけで……。ご迷惑はおかけしませんし、問題も起こしませんし……。」
「問題大ありです!!」
ギルドマスターが思わず大声を張り上げた。
「いいですか!? こんな規格外の能力を持った一家が、そのへんの討伐依頼やダンジョン攻略に本気で乗り出したら、他の冒険者たちの仕事が明日一瞬で全部なくなります!そもそも、お父さんのSSランク魔法なんて、一発撃ったら冗談抜きでこのリベルタスの街が消滅する威力なんですよ!? お母さんの竜の加護だって前代未聞ですし……。」
「でも、登録できないと、市場で野菜を売るための冒険者証を発行してもらえないんじゃ……。」
十夜が本気で肩を落とすと、ギルドマスターは慌ててなだめるように手を出した。
「ああ、いや、そこは安心してください! その代わりと言っては何ですが、皆さんには特例中の特例として、【特別冒険者枠・非戦闘専門】として登録の手続きをさせていただきます。」
「非戦闘専門、ですか?」
「ええ。魔物の討伐義務は一切なし。受けていただく依頼は、街のインフラの生活支援、壊れた道具の修理、荷物の護衛などに限定されますが……いかがですか?」
その提案を聞いた瞬間、十夜、愛、創也の三人の顔がパッと輝いた。
「「「それ、私たちの理想です!!」」」
声を揃えて大喜びする三人の後ろで、唯一「えー、僕はちょっとモンスター討伐してみたいんだけどな……。」と遊也だけが不満げに口を尖らせていたが、多数決により完全に却下された。
◆
こうして、紆余曲折を経て無事に?冒険者登録を終えた上野家は、ウェーノ・トーヤ、アイン、ソーヤ、ユーヤとしての冒険者証を受け取った。
みんなでさっそくギルドの壁に設置された依頼掲示板を賑やかに物色する。
特別枠の彼らが見るべき欄には、
『古くなった掲示板の修理』、『商業ギルドの倉庫の整理』、『街の水汲み場の配管改善』など、地味だが生活に密着した討伐以外の依頼が山のようにあった。
「……うん、実に平和で素晴らしいね。」
「いい依頼がたくさんあって良かったわ〜。」
「創作の腕がなるなぁ〜。これならいくらでも改善できそうだよ。」
「……チェッ、やっぱり僕はモンスター討伐が良かったな……。」
それぞれが思い思いの感想を口にしながら、ギルドの重い扉を開けて外に出ると、街の美しい街並みにはすでに暖かな夕日が差し込み、穏やかな影を落としていた。
「これで今日から私たちは、ウェーノ・トーヤ、アイン、ソーヤ、ユーヤだな。これからはこの世界でこの新たな名前で生きていこう。さて、今日の晩ごはんは何にする?」
トーヤの問いかけに、アインが嬉しそうに微笑む。
「そうねぇ、せっかくだから畑で採れたお野菜をたっぷり入れた、特製シチューにしましょうか」
「賛成! お腹すいた!」
そんな他愛のない、どこにでもある家族の会話を交わしながら、ウェーノ家の“戦わない、平和な冒険者生活”が、静かに幕を開けたのであった。




