第5話 上野家、祭りに参加する!
リベルタスの街を初めて訪れてから、早いもので一ヶ月の月日が流れていた。
上野家の生活力は、この一ヶ月で飛躍的な進化を遂げていた。
十夜の発案により、遊也が持てるすべての知識を総動員して、ゲーム内に登場する最高レアリティのアイテム『富をもたらす黄金のなる木』の召喚に成功。
家の裏庭に植えられたその木からは、地球の果実のように毎日綺麗な『ダル硬貨』が収穫できるようになり、上野家は一躍、資金面での心配を完全に払拭した。
今では週に一度のペースでリベルタスへ買い出しに赴き、街の人々とも家族ぐるみの深い付き合いが始まっている。
ちなみに、この世界の住民にとって『ウエノ』という発音は非常に難解らしく、親愛を込めて彼らは『ウェーノ・トーヤ』、『アイン』、『ソーヤ』、『ユーヤ』と呼ばれていた。
「よし、今日もリベルタスへ行こう。買い出しのリストは持ったか?」
十夜の呼びかけに、「はーい!」、「準備万端!」と元気な声が返る。肩に乗ったクロも「キュイ!」と翼をパタつかせた。
今や城門の受付のエルフのお姉さんも、上野家が来ると「あ、ウェーノさん、こんにちは。」と笑顔で迎え、クロの頭を「いい子ね〜。」と撫でるほどに、彼らは街の有名人として溶け込んでいた。
いつものように大通りの市場で新鮮な食材や珍しい調味料を買い込んでいると、街の中心広場の方から、お腹に響くような太鼓の音と、華やかな笛の音色が聞こえてきた。気になって向かってみると、広場には色とりどりの旗が掲げられ、巨大な横断幕が躍っていた。
【祝・年に一度のリベルタス大生誕祭! 今夜開幕!】
「あ、そういえば、この前八百屋のおじさんが『もうすぐデカい祭りがあるんだ』って言ってたっけ!」創也が手を叩いた。
十夜は家族の弾むような表情を見て、優しく微笑んだ。
「よし、せっかくの機会だ。今日は家族全員でお祭りに参加して、夜遅くまで楽しんでから帰ろうじゃないか。」
「やったーーーっ! 祭りだ祭りだ!」
遊也が飛び跳ねる。
「美味しい屋台、いっぱいあるかなぁ!」
「異世界の祭り、どんな技術が見られるか楽しみだね。」
「まぁ素敵。あなた、デート気分ね♡」
一同はテンションを最高潮に上げ、夕方までに急いで本来の買い出しを終わらせるべく、市場へと散っていった。
◆
夜の帳が降りると、リベルタスは昼間とは全く違う、幻想的な光の街へと変貌を遂げた。
空中には魔力で淡く発光する無数の『光提灯』が浮かび、街全体に甘く芳しい花の香りが漂う。
中央ステージでは、エルフの音楽隊が軽快なステップを踏みながら伝統楽器を演奏していた。
普段は見かけない、角を持つ高貴な竜人族や、空中を乱舞する小さな妖精族までが集まり、広場は他種族パーティーとなっていた。
「見たことない食べ物がいっぱいある! あれもこれも食べたい!」
遊也が目を輝かせていると、路地から「あー!ユーヤ兄ちゃんだー!」と元気な声が響いた。
先月助けた猫耳の子供たちが、遊也を見つけて猛ダッシュで突っ込んできたのだ。
「ユーヤ兄ちゃん、こっちこっち! 獣人街特製の、めっちゃ美味い魚の串焼き屋台があるんだにゃ! 一緒に行こう!」
「わわっ、ちょっと待ってよ!……父さん、僕、行ってくるね!」
遊也はあっという間に小さな獣人たちに拉致され、屋台の波へと消えていった。
一方、愛の元には、キラキラと輝く羽を持った妖精族の群れが集まってきた。
「あ、竜の加護を持つ美しきアイン様だわ!」、「お目にかかれて光栄です!」
妖精たちは愛の周りを飛び回りながら、細い蔓で編まれた、神秘的な光を放つ『月光花の花冠』を彼女の頭へとそっと乗せた。
「まぁ、ありがとう。とっても綺麗な冠ね、大切にするわ。」
愛が女神のような微笑みを浮かべると、妖精たちは嬉しそうに歓声を上げた。
その様子を微笑ましく見つめていた十夜だったが、背後からガシッと肩を掴まれた。振り返ると、エルフの魔法音楽隊の団長が真剣な目をしていた。
「トーヤ殿!貴殿が先月見せたあの見事な天候魔法、そして圧倒的な魔力、噂で聞いております。……実は、我が音楽隊のフィナーレ演奏に、どうしても『本物の魔法の輝き』を融合させたいのです。どうか、我らと共にステージへ上がっていただけないか!?」
「いやいや、滅相もない。私などはただの旅の魔法使いで、そのような大役は……。」
断る間もなく、十夜はエルフたちの圧倒的な勢いに押され、広場中央の特設ステージへと連行されてしまった。
渋々ながらも、十夜は《ウィザード》を発動。音楽隊の奏でる美しい旋律に完璧にシンクロさせ、光魔法と風魔法を組み合わせて、ステージの周りに五色の光の粒子や幻影の鳥を舞わせる高等技術を披露した。これには会場全体から地鳴りのような歓声と拍手が巻き起こった。
◆
その頃、屋台エリアの片隅で珍しい魔導金属の工具を熱心に眺めていた創也は、背後からドスの効いた声で名前を呼ばれた。
「おぉーーい!ソーヤじゃねぇか!!」
頑固鍛冶師のダグルスだった。
彼はすでに酒が入っているのか顔を真っ赤にし、創也の首に太い腕を回した。
「この前の溶鉱炉のおかげで、今月の工房の売り上げは過去最高だ! 最高の祭りだ! 良いからお前、俺と一緒に酒場へ来い!」
「あ、いや、ダグルスさん! 僕、まだ未成年だからお酒は飲めないよ!」
「ガハハ、心配するな!ドワーフ特製の超濃厚果汁ジュースを浴びるほど奢ってやる!」
創也の意見など一ミリも聞き入れず、ダグルスはソーヤをドワーフの行きつけの酒場へと強制連行した。
扉を開けると、そこは熱気と酒の臭いに満ちた、屈強なドワーフ職人たちの巣窟だった。ソーヤの姿を見るなり、ドワーフたちが「おぉ!鉱炉の神童が来たぞ!」と総立ちになった。
「ソーヤ!この最新のペンチの刃先、お前ならどう変形させる!?」
「この特殊合金の冷却方法、人間の知識じゃどうなんだ!?」
「なぁ、今度うちの工房の溶鉱炉も、あの極上スペックに直してくれよ!」
終わりのない、熱すぎる職人トークの波に揉まれ、創也はジュースを片手にヘトヘトになりながらも答えた。
しかし、彼らの話を聞くうちに、創也の『クリエイター』としての脳裏に新たな創作のアイデアが次々と閃いていた。
(この世界の技術力は素材の品質の割に、基礎的な科学知識や道具の発展が地球に比べて遅れてるんだよな……。でも、あまり未来すぎる知識を一度に教えるのは世界のバランスを崩すから良くない。……よし、道具を修理する依頼をあえて引き受けて、その道具の性能を『ほんの少しだけ』底上げして返そう。そうすれば、彼らが自分で気づいて技術を発展させていけるはずだ。……もちろん、手間賃としてのダルはきっちり頂くけどね!)
ちゃっかりとした算段を立てつつ、創也はドワーフたちとの有意義な時間を過ごすのだった。
◆
祭りもいよいよ佳境を迎え、深夜のフィナーレを前に、ウェーノ家の面々は再び広場の中央へと集まった。
遊也はお腹を膨らませ、創也は職人トークで魂が抜けかけており、十夜は演奏による緊張で少し疲れた様子だったが、愛だけは花冠を乗せて完全リフレッシュ状態だった。
「本当にお祭り楽しいね! 異世界の食べ物、全部美味しかった!」
「俺はドワーフたちに捕まって大変だったよ……。でも、来週から道具の修理依頼で大儲けできそう。」
家族がそれぞれの思い出を語り合っていると、一人のエルフの男性が、青ざめた顔で十夜の元へと駆け寄ってきた。
「……あ、あの、演奏で見事な魔力制御を見せてくださった、トーヤ様でいらっしゃいますでしょうか?」
「はい、そうですが……。何かトラブルでも?」
男性は泣き出しそうな顔で手を合わせた。
「非常に申し上げにくいのですが……。実は、この祭りのグランドフィナーレで打ち上げる予定だった、国から取り寄せた貴重な『魔導花火』の保管庫に、先月の雨の水分が入り込んでしまいまして……。すべて湿気って、一発も点火できなくなってしまったのです。このままでは、せっかくの祭りが微妙な空気で終わってしまいます……!」
男性は悲痛な声を絞り出した。
「そこで……大変不躾なお願いなのですが、トーヤ様の魔法で、花火の代わりに夜空を彩っていただけないでしょうか……!? もちろん、難しいようであれば結構です。今年はフィナー
レ無しで静かに解散します……。」
十夜は困惑したように頭を掻いた。
「花火、ですか。……私は攻撃魔法や生活魔法のメニューは豊富に持っていますが、エンターテインメント用の『花火魔法』というものはステータスに存在しないのですが……。」
「そう、ですか……。やはり無理を言ってしまい申し訳……。」
「ですが、」十夜は優しく微笑んだ。
「せっかくの皆さんの年に一度のお祭りだ。途中で終わらせるのは興奮が冷めるというもの。……分かりました、やってみましょう。本来の花火の打ち上げルートを教えていただけますか?」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! こちらです!」
父親の後ろ姿を見送りながら、遊也と創也が誇らしげに胸を張る。
「やっぱり、父さんは困っている人を放っておけないよね。」
「かっこいいところあるじゃん、父さん。」
しかし、愛だけは少し心配そうに十夜の背中を見つめていた。
「あなた、さっきの演奏でもたくさん魔法を使っていたのに、またそんな大がかりな魔法を使って……。大丈夫かしら?倒れたりしない?」
ソーヤはそんな母親の肩を叩いて笑った。
「大丈夫だよ、母さん。忘れたの? 父さんの魔法は、スキル経由だからMPの消費概念そのものがないんだよ。だから、どれだけド派手に魔法を連発しても、魔力切れで倒れることは絶対にない。多少、精神的に疲れるとは思うけどね。」
それを聞いた愛は、一瞬でいつもの笑顔に戻った。
「あら、そうなの?じゃあ安心ね! だったら、特等席で旦那様のカッコいい姿を目に焼き付けなくちゃ♪」
十夜は、広場の中央にある巨大噴水の、さらに15メートルほど上空へと《フライ》の魔法で静かに浮上した。
街中の何万という視線が、夜空に浮かぶ一人の人間に集中する。
十夜は精神を集中させた。
(メニューにないなら、既存の魔法を組み合わせて、本物の花火以上のものを構築するまでだ。)
「――『ファイア』、『ウインド』、『ウォーター』、『ライト』、『エレメント』。複合展開、魔力収束――打ち上げろ!」
十夜の10本の指先から、眩い光の弾丸が次々と夜空の最高到達点へと撃ち上げられた。
そして――ドンッ、ドンッ、と夜空を震わせる爆音と共に、大輪の炎の菊が、風のスパークが、光る水のしずくが、夜空いっぱいに溢れ出した。
地球の花火を遥かに凌駕する、魔法だからこそ可能な、色彩が生き物のように変化し、明滅する奇跡の光景だった。
街中から「おおおぉおーーーっ!!」という、地鳴りのような大歓声が沸き起こる。
その様子を地上から見ていた遊也の目が輝いた。
「凄い……!でも、日本の本物の花火の形も、みんなに見せてあげたいな!よーし、僕も手伝うよ、父さん!」
遊也は《ゲーマー》を発動し、脳内に大好きな日本の花火大会の映像を完璧にイメージした。
「召喚!豪華絢爛・特大三尺玉、およびスターマイン一斉射出!」
遊也が空間から召喚した本物の花火の弾頭を、十夜が瞬時に察知。
自身の風魔法の気流に乗せて上空へと運び、火魔法の熱量で完璧なタイミングで着火させる。
ドン、ド、ド、ドン!!!
夜空に、魔法の光とはまた違う、重厚でどこか哀愁のある、しかし圧倒的に美しい日本の伝統的な『しだれ柳』や『型物(星やハート)』の花火が次々と咲き乱れた。
異世界の住民たちは、生まれて初めて見るその緻密で美しい芸術に、完全に心を奪われ、誰もが言葉を忘れて夜空を見上げていた。
リベルタスの大生誕祭は、上野家という規格外のファミリーの活躍により、歴史上最も美しく、最も盛大なフィナーレを迎えて幕を閉じたのだった。
◆
祭りが完全に終わり、心地よい疲労感に包まれながら、上野家はゆっくりと帰路についていた。
城門を出た人気のない街道で、クロが「キュイィ!」と鳴いて元の雄大な姿へと戻る。
シートに全員が乗り込み、十夜が静かに結界を張ると、クロは満天の星空へ向かって静かに滑空を始めた。
眼下には、今なお光の余韻を残すリベルタスの街が小さくなっていく。
遊也が満足げに呟いた。
「あ〜、今日は本当に楽しかったなぁ。異世界に来て、一番楽しい日だったかも。」
「俺はダグルスたちに揉まれて肩が凝ったけど……でも、新しい素材のヒントがいっぱい手に入ったし、最高の祭りだったよ。お小遣いも稼げそうだしね。」
創也が財布を揺らして笑う。
十夜は愛の肩を抱き寄せながら、静かに微笑んだ。
「街の人たちが、あんなに喜んでくれるとは思わなかったな。私たちの能力が、誰かの笑顔のために役立つなら、この世界に来た意味があったのかもしれないな。」
「ええ、本当にね。……また来年も、みんなで絶対に行きましょうね!」
愛が優しく微笑むと、クロが「キュアァ!」と、まるで同意するように優しく鳴いた。
「あら? クロちゃんがね、『来年は自分も屋台を出して、美味しい魔獣の焼き鳥を売りたい』ですって。」
愛の通訳を聞いた瞬間、十夜、創也、遊也の三人は揃ってズッコケそうになった。
「「「さすがにそれは無理だよ、クロ〜〜!!」」」
家族の温かい笑い声が、星々のきらめく静かな異世界の夜空へと溶けていく。
上野家ののんびり、けれど少しだけ騒がしい異世界スローライフは、どこまでも続いていくのだった。




