第50話 プログラム外の感情
ユーヤの部屋で、彼自身のスキルによって誕生したNPC『リィナ』。
彼女は、本来であればデータコードの集合体であるゲーム世界の住人でありながら、現実世界の新鮮な空気を吸い、眩しい光を見て、自由な風を肌で感じていた。
『……この世界は、私のデータベースでは説明ができません。』
リィナは窓の外に広がるウェーノ村の景色を見つめながら、静かに呟いた。
ユーヤは胸を張り、誇らしげにリィナに答える。
「ウェーノ村はね、どんなゲームのフィールドよりもすごいんだよ!」
『……既存のアルゴリズムでは解析不能、という意味でしょうか?』
「違うよ! とにかく“楽しい”って意味!」
リィナは青い瞳を小さく瞬かせた。
『……“楽しい”。感情データとして単語の登録はありますが……。私はNPCですので、実際にそれを感じたことは、一度もありません。』
ユーヤはニカッと太陽のように笑った。
「じゃあ、一緒に村に行ってみようよ! 僕が、君に“楽しい”を体験させてあげる!」
リィナは一瞬だけ瞳の奥で青い光を点滅させ、処理を止めた後、静かにコクリと頷いた。
『……マスターの命令であれば、同行いたします。』
◆
ユーヤに手を引かれ、リィナは村の中心へと足を踏み入れた。
彼女の姿は、まるで光の粒子が人の型を取って実体化したように美しく、すれ違う村の住民たちは思わず足を止めて彼女に見入った。
「……誰だ、あの綺麗な子は?」
「新しい種族の旅人か?」
「いや、あれは……人間……なのか?」
不思議な気配を察知したエーテル族が、ふわりと近づき、リィナの周囲を興味深そうに漂う。
「……あなた、この世界の内側で生まれた存在ではありませんね? 世界の外から来た存在……?」
リィナは感情の読めない顔で首を傾げた。
『私は「NPC」です。ゲーム世界から召喚された住人です。』
エーテル族は、驚きに光を明滅させた。
「“世界の外側”の住人ですか……? そのような存在、初めて見ました。あなたの存在の気配は……とても静かで、果てしなく透明ですね……。」
リィナは少しだけ困ったように、プログラムされた微笑みを浮かべた。
『私は、マスターの生活効率を最適化するために作られた存在です。気配や感情といったものは……まだ、よくわかりません。』
エーテル族は優しく温かい光をリィナに寄せた。
「ならば、この村でたくさんのことを学ぶと良いでしょう。ここは、世界で一番“感情”が溢れている場所ですから。」
◆
「まぁ〜〜〜〜! なんて可愛い子なの〜!」
アインがリィナの姿を見つけた瞬間、目を輝かせて猛ダッシュで駆け寄ってきた。
ぎゅっ。
「……っ!?」
リィナの思考処理が一瞬、完全にフリーズした。
「ちょ、母さん! 急に抱きつかないでよ! リィナがびっくりしてるじゃん!」
ユーヤが慌てて引き剥がそうとするが、アインは全く気にせず、リィナを抱きしめたまま頬ずりする。
「リィナちゃんっていうの?あなたは、ユーヤの新しいお友達?」
『……お友達……?』
リィナは自分の胸にそっと手を当てた。
『私は……マスターの生活を補助する目的で存在しており……。“友達”という関係性の定義は……該当しません。』
アインはリィナの肩を抱き、優しく微笑んだ。
「そんな難しいデータで考えなくていいのよ〜。あなたが誰かと一緒にいて、『心が温かいな』って感じたなら、その人があなたの“友達”よ。」
リィナの胸の奥深くで、データにはない“何か”が小さく震えた。
『……心が……温かい……? この感覚は……私のデータベースには存在しません……。』
アインはリィナの手を、両手でしっかりと握った。
「それはね、“あなた自身の本当の感情”なのよ。」
◆
「ねぇねぇ! 君、どこから来たの!? 何者!?」
クロ(竜姿)が、珍しいお客さんに興味津々でリィナの周りをぐるぐると飛び回る。
ハクもリィナのフリルのエプロンを、つんつんと突っついている。
リィナは少し戸惑いながらも、しゃがみ込んでニ匹の瞳を見つめた。
『あなたたちは……竜人族、ですか……?』
クロはえっへんと胸を張る。
「そうだよ! 僕はクロ! こっちは妹のハク!」
「はい!」とハクも元気よく返事をする。
リィナは、プログラムにはない自然な微笑みを浮かべた。
『あなたたちの魔力の波長は……とても綺麗です。私がいたゲーム世界の“ドラゴン”とは、全く違う……。』
クロは目を輝かせた。
「ゲームのドラゴンってどんなの!? かっこいい!?」
「ハクも、お話聞きたい!」
リィナは少しだけ視線を落とし、静かに言った。
『……強かったですが、あなたたちより、ずっとずっと寂しそうでした。』
クロとハクは顔を見合わせた。
「寂しいそう……?」
「どうして……?」
リィナはそっと、ニ匹の頭を優しく撫でた。
『でも、あなたたちは違います。あなたたちは……“家族”という、温かい魔力を持っていますから。』
クロは照れくさそうに笑い、ハクと顔を見合わせた。
「えへへ……ありがとう!」
◆
もふっ。
突然、巨大なモフがリィナの足元に転がり込んできた。
「もふ……。」
リィナは突然の巨大生物に驚いて固まる。
『……あなたは……?』
追いかけてきたリルが優しく説明する。
「モフはね、みんなの寂しさとか不安を食べてくれるの。」
ミラもそれに続ける。
「……心の乱れを食べて、癒やしてくれるんだよ……。」
リィナはモフを見つめ、静かに目を閉じて分析した。
『……なるほど。あなたは……この村における“心の調整プログラム”のような存在なのですね……。』
モフはリィナの手のひらに、温かい顔をすり寄せた。
「もふ……。」
リィナの胸の奥が、再び小さく、しかし確かに震えた。
『……この感覚……。これが、“癒やし”……? 私というデータにも……感じることができるのですね……。』
◆
その日の夜。
ユーヤは自室でリィナのステータス画面を開き、そこに表示された文字列に驚愕した。
【NPC:リィナ】
→ 感情データ:生成中
→ 世界適応率:急上昇
→ プログラム外行動:複数検出
→ “心”の形成:進行中
「……え?」
「リィナ……君、もしかして……。」
リィナはユーヤの方を振り向き、静かに微笑んだ。
『マスター。私は……この世界で、“私自身”を学んでいます。すべては、あなたのおかげです。』
ユーヤは胸が熱くなり、たまらず名前を呼んだ。
「……リィナ……。」
リィナはそっと、ユーヤに向けて手を伸ばした。
『マスター。私に……“名前の意味”を教えてください。“リィナ”とは……この世界において、どういう意味を持つ言葉なのですか?』
ユーヤは少し照れながら、頭を掻いて答えた。
「……この世界で、“光”っていう意味の言葉らしいよ。その名前の通り、君は今日一日で、この世界をすごく明るくしてくれたね。」
リィナは、青い瞳を大きく見開き――
『……とても……嬉しいです。マスター。』
そう言って、リィナはプログラムされた造り物の笑顔ではなく、初めて“自分の意思”で、心からの美しい微笑みを咲かせたのだった。




