第46話 新たな脅威!?
ウェーノ村は今日も、規格外の平和と活気に満ちていた。
エルフは森で美しい歌声を響かせながら家を編み、ドワーフの工房からは火山の噴火のような火花と快音が弾け飛ぶ。
獣人の子どもたちは風のような速さで野を駆け回り、マーメル族は透き通った池で優雅に泳ぎ、オートマト族は観測塔で静かに世界のデータを収集している。
そんな多種族が入り乱れるカオスな日常の中――。
“脅威”は、足音もなく静かに村へと近づいていた……。
朝の見回りをしていたトーヤが、ふと森の入口でピタリと足を止めた。
「……何かいる?」
風が不自然に揺れ、背丈の高い草がざわざわと波打つ。
一緒に歩いていたソーヤも、工具を持つ手を止めて目を細めた。
「父さん。あれ……確実にこっちに向かって動いてるよね?」
「新モンスター!? それとも新イベントの気配!?」
ユーヤは警戒するどころか、ゲーマー特有のワクワクとした目を輝かせて前に出ようとする。
その後ろからひょっこりと顔を出したアインは、不思議そうに小首をかしげた。
「でも、なんだか……とっても可愛い気配がするのよね〜。」
隣に並んだリルとミラも、じっと森の奥を見つめて静かに呟く。
「……悪意は、全然ない。」
「……むしろ、なんだかすごく……寂しそう……。」
足元では、クロとハクが尻尾をピンと立てて警戒しつつも、どこか興味津々で身を乗り出していた。
「なんだろう!?」
「キュルル?」
そして――
ガサガサッという音と共に、草むらを掻き分けて“それ”が姿を現した。
「……え?」
「……かわい……。」
「……なんだこれぇぇぇぇぇ!」
そこにいたのは――
人間の大人の背丈ほどもある、ふわふわの毛玉のような巨大生物だった。
シルエットはひたすらに丸く、雲のように柔らかそう。
つぶらな瞳を瞬かせながら、のんびりとした動きでこちらを見つめて、
「もふ……?」
と言葉にならない音を発する。
ユーヤがたまらず叫んだ。
「脅威じゃない! ただの特大モフモフだ!」
ソーヤは職人の冷静な目で観察する。
「いや、ただのモフモフにしては……いくらなんでもデカすぎるだろ。」
「まぁ〜〜〜〜! なんて可愛いの!」
アインは一切の警戒心なく、目を輝かせて巨大な毛玉に飛びつこうとする。
「こら母さん、危ないかもしれないから離れ――」
トーヤが慌てて制止しようと手を伸ばした、その瞬間。
もふっ。
巨大なモフモフは、アインにすり寄って嬉しそうに頬ずりをした。
「……すでに完全に懐いてる……。」
トーヤは深々と頭を抱えた。
その珍妙な光景に、村の住人たちもわらわらと集まってきて大騒ぎになる。
「ねぇ、背中に乗れるかな!?」
「絶対乗りたい!」
と目を輝かせる獣人族の子どもたち。
「この子……森の精霊に近い存在なのかしら……?」
と神秘的な気配に首を傾げるエルフたち。
「おい見ろ、あの毛皮……最高の防具の素材になりそうだな……。」
と物騒なことを呟くドワーフたちには、トーヤとアインが「ダメです!」と即座に全力のストップをかけた。
マーメル族は、
「あの丸さなら水に浮くのかな?」
と池に運ぼうとするのも、「試さないでください!」とトーヤが必死に阻止する。
オートマト族のノクスに至っては、
「解析開始……もふもふ指数……限界突破……」
と呟きながら、機能停止寸前に陥っていた。
クロとハクは完全に自分たちの新しい遊び相手だと思い込み、
「一緒に遊ぼ!」
「キュルル!」
とモフモフの周りを飛び跳ねている。
そんな喧騒の中、ミラが巨大な毛玉にそっと触れた瞬間――ハッとして目を見開いた。
「……この子……。」
リルもそれに続き、確信を持ったように言う。
「……“寂しさ”を食べる生き物だわ……。」
トーヤが聞き返す。
「寂しさ……?」
「まぁ〜、だから寂しがりやさんで、私に懐いたのね〜。」
アインが優しく撫でると、ミラが静かに付け加えた。
「……でも、寂しさを食べすぎると……。」
「……どんどん巨大化するの。」とリル。
「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」」」
ウェーノ家の男たちの絶叫が見事にハモった。
「じゃあ、今のこの人間よりデカいサイズって……?」
ユーヤが青ざめると、ソーヤが冷や汗を流しながら推測する。
「……相当な期間、とてつもなく寂しかったんだろうな……。」
巨大モフモフは、アインの足元にごろんと転がり、「もふ……。」と甘えるように鳴いた。
アインは愛おしそうにその毛並みを梳く。
「よしよし〜。もう寂しくないわよ〜。」
トーヤは大きくため息をつき、苦笑した。
「……脅威というより……。ただの究極の甘えん坊だな。」
とソーヤが言うと、ユーヤが目を輝かせて提案する。
「ねぇ、名前つけようよ!!」
「賛成!」
「キュル!」
クロとハクも大賛成だ。
アインは少し考えてから、ふんわりと微笑んだ。
「じゃあ……“モフ”でどうかしら?」
「もふっ!」
本人(本獣?)も、その名前がいたく気に入ったようだった。
◆
トレント族の長老エルウッドが、
「……森も……喜んでいる……」
と地響きを鳴らし、獣人族は新しい遊び相手の誕生に歓喜し、ドワーフは素材の誘惑と戦いながら歓迎した。
そこへ、いつの間にか高速魔導馬車で乱入してきていたセレスティア王女が絶叫する。
「かわいいぃぃぃぃ!! お城に連れて帰りたい!!」
「王女様ぁぁぁぁぁ! また無断で抜け出してそんなことを!」
ミーナの悲鳴が、今日も村の空にむなしく響き渡る。
◆
こうして、村を襲うはず?だった“脅威”は、ウェーノ村の不動の癒し担当となった。
モフは村のど真ん中で丸くなり、子どもたちやクロ、ハクに囲まれて、これ以上ないほど幸せそうにうとうとしている。
アインが優しく見守りながら言う。
「寂しさを食べるなら……この村にいればもう大丈夫ね〜。」
「むしろ、村の誰かが寂しくなったり落ち込んだりしたら……。」
「モフがすぐ寄ってきてくれるんだろうな。」
ソーヤとトーヤが頷き合うと、ユーヤがガッツポーズを決めた。
「最高のペットじゃん!!」
リルとミラも、モフの温かい毛並みに寄り添いながら静かに微笑み合った。
「……また、大切な家族が増えたね。」
「……うん。」
ウェーノ村に現れた“未知の脅威”は、史上もっとも平和で、もっとも村人を癒してくれる最高の存在だった。




