第42話 合同料理祭(キッチンフェスタ)
結論から言うと、交流イベント二日目の催しは、後に
「胃袋の聖戦」
「味覚の混沌」
「アインがいなかったら全滅していた日」
などと村の歴史に刻まれることになる。
だが、始まりはもっと穏やかで、誇りに満ちていた。
村の広場に設けられた巨大な特設キッチン。
竜王国の料理長――筋骨隆々で、竜の鱗のような耐熱エプロンを身に着けた男、バーンが胸を張って高らかに宣言した。
「アイン殿の料理の噂は、王都や我が国でもかねがね伺っております。本日は、ぜひとも我が竜王国の誇る豪快な料理も披露させていただきたい!」
その声はやたらと通り、村の広場にいた獣人族たちの耳が一斉にピクッと跳ねた。
かくして、各国のプライドをかけた『合同料理祭ーキッチンフェスター』が開催されることになった。
◆
まず、最初に料理を提供するのは、竜王国の料理長バーンである。
お祭りということもありテンションの上がったバーンは、いつもの宮廷料理とは違い、「俺たち竜人族の料理を食ってみろ!」と言いながら、豪快な料理をふるまう。
彼がドーンと出したのは、竜王国名物『火竜の息吹シチュー』である。
鍋から立ち上る湯気が、すでに視界を歪ませるほど辛い。
一口食べた獣人族の青年が、バクッと目を見開いた。
「……あっ……あっ……あああああああああああああ!」
青年はそのまま口から火を吹きそうな勢いで地面を転げ回り、獣の尻尾がバチバチと痙攣している。
「ガハハ! おお、良い反応だ! これぞ漢の味よ!」
バーンは満足げに腕を組んでいるが、周囲の観客からすれば完全に救急案件であった。
◆
続いて、マーメル族が優雅に披露したのは「潮の香りの水スープ」。
器の中身は完全に透明。
そして、味も……無の境地のように透明だった。
「……これは……何かしら?」
遊びに来ていたミーナが恐る恐る口に含む。
「海の“気配”を味わう、極上の料理です!」
マーメル族の代表は誇らしげに胸を張る。
「気配……。そうですか……気配、ね……。」
ミーナは悟りを開いたような遠い目をした。
◆
そして、ドワーフたちは料理祭だというのに、料理よりも大量の酒樽を持ち込んでいた。
「料理祭だろうが、飲むのも料理のうちだ!」
気付けば彼らのテントは酒樽の山となり、一時間後には全員が床に転がり、
「うぃ……世界が回るぜぇ……。」
と呟きながら、早々に夢の世界へと沈んでいた。
◆
エルフの料理は、見た目こそ芸術品のように美しい。
だが――
「……これ、ただの草じゃない?」
ソーヤが冷静に指摘した。
「失礼な。自然の息吹と味を極限まで追求した結果です!」
エルフの料理人は誇らしげだが、
「いや、どう見てもその辺の草だよね!? 調理してないよね!?」
ソーヤは思わず二度ツッコミを入れてしまった。
しまいには、料理経験ゼロのセレスティア王女が、
「私もお父様のために作るわ!」
と、フリフリのエプロン姿で参戦してしまった。
結果――
王女の鍋からは、見たこともない禍々しい虹色の煙が立ち上り、それまで楽しげにさえずりながら飛んでいた森の小鳥たちが、一斉に悲鳴を上げて逃げ出した。
そして、誰もその鍋に近づこうとしない。
だが、娘を溺愛するレオニス国王だけは違った。
「おお……! 愛しの娘の手料理を食べられるのは、父たる余の特権だ!」
勇ましくスプーンを口に運び――
「……うま……。」
と言いかけて、国王は白目を剥き、そのまま静かに後ろへと倒れて気を失った。
「お父様ぁぁぁ! 美味しすぎて気絶しちゃったのね!」
(違います、絶対に違います!)とミーナは心の中で絶叫した。
さらに、ハクが興奮してパタパタと飛び回り、ある料理の皿に触れた瞬間、なぜかその料理がピカーッと発光し始めた。
「えっ、なんで光るの!? 食べ物ですよね!?」
ミーナが悲鳴を上げる。
「ハク、料理で遊んでるの?」
クロが不思議そうに首をかしげる。
光る料理は確かに幻想的だが、恐ろしくて誰も食べようとはしなかった。
カオスを極めた会場に、ついにアインがふんわりと微笑みながら、自作の料理を並べた。
・香りだけで張り詰めた神経を落ち着かせる、温かいポタージュスープ。
・素材の旨味を最大限に引き出した、瑞々しい温野菜のサラダ。
・口に入れた途端、雪のようにほどける極上のステーキ。
・疲れた体に染み渡る、優しい甘さの特製パウンドケーキ。
それらがテーブルに並んだ瞬間、殺伐としていた会場の空気がふわりと春風のように和らいだ。
「……ああ……生き返る……。」
激辛シチューで倒れていた獣人族がスープを飲んで涙を流し、
エルフは「これこそ真の自然の調和だ」と感動に震え、
ドワーフはステーキの匂いで酔いが一瞬で覚め、
マーメル族は「透明じゃない、確かな味がある……!」と驚愕し、
竜王国の料理長バーンは、その優しすぎる味に打ちのめされ、深く頭を下げた。
「アイン殿……あなたの料理は、ただ空腹を満たすのではない……世界を救う味だ……!」
アインは両手を頬に当て、照れくさそうに笑った。
「もう、みなさん大げさね〜。ただのお家のご飯よ〜。」
混沌と感動が入り混じったこの料理祭は、結果的に村と竜王国の絆と胃袋の限界をさらに深めることになった。
そして、その場にいた誰もが心の中で震えながら思った。
「二日目でこの騒ぎなら、三日目は一体どうなってしまうんだ……。」と。




