第40話 国交樹立
竜王国アル=ヴァルハは、古来より他国と一切の国交を結ばないことで知られる孤高の国家であった。
その理由は極めて単純かつ傲慢。
「誇り高き我ら竜人族に並び立つ国など、この世界に存在しない!」
という、種族特有の絶対的なプライドゆえである。
しかし――その長い歴史の常識は、今日、音を立てて崩れ去った。
アルグ(黒竜王)とエル(赤竜妃)がウェーノ村でのスローライフに完全に惚れ込み、息子のクロと娘のハクが村を愛し、そして何より、村の住民たちが恐れを知らずに竜王家を温かく家族のように迎え入れたことで、竜王国はついに歴史を動かす決断を下したのだ。
「我ら竜王国は、ウェーノ村と正式に絶対的な友好関係(国交)を結ぶ!」
アルグが村の中央広場で高らかに宣言した瞬間、エルフもドワーフも獣人も、村中が割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
◆
その衝撃的な報告が、アトレイア王国の王城に届いたのは、翌日の朝のことだった。
王城の謁見の間。
「な、な、なんだとぉぉぉぉ!?」
レオニス国王は、あまりの衝撃に玉座からずり落ちて、豪華な絨毯の上を転がった。
「あの、他国を蟻のように見下す誇り高き竜王国が……あの最恐の黒竜王アルグレオスが、国交を結んだだと……!?」
「しかも、相手は国ですらなく、ウェーノ村だと……!?」
報告に上がった侍従が、ガタガタと震えながら答える。
「は、はい……陛下……。間違いありません。正式な国交樹立の書状が大陸中に布告されました……。」
レオニスは血走った目で立ち上がり、叫んだ。
「すぐだ! すぐに王家の高速魔導馬車を用意せよ! 私も急ぎ村へ行く!」
「それが……王女殿下はすでに準備を終え、馬車で待機しております!」
「セレスティアまで!? また先を越されたか!」
その後ろで、侍女のミーナは顔を両手で覆い、深々と頭を抱えていた。
「……またですか……。私の胃壁はもうボロボロです……。」
◆
数時間後、豪華な王家の高速魔導馬車が猛烈な砂煙を上げてウェーノ村に到着すると、レオニスは馬車が完全に止まる前に勢いよく扉を蹴破って飛び降りた。
「トーヤ殿! そなたは、ただの村でなんという歴史的偉業を――」
と、トーヤに詰め寄ろうとしたその時。
「騒がしいな。なんの騒ぎだ。」
村の集会所から、アルグが腕を組んでのっそりと現れた。
「ひっ……!」
レオニスは本能的な恐怖で足を止める。
アルグはレオニスをじろりと見下ろし、ニヤリと笑った。
「久しいな、アトレイアのレオニス王よ。」
その後ろから、エルも優雅に微笑みながら歩み寄る。
「お久しゅうございます、国王陛下。」
「こ、これはこれは……。偉大なるアルグレオス王にエルヴァリシア妃。」
レオニスは冷や汗を拭いながら、最上級の敬意を払って頭を下げる。
「貴殿らの武勇と威厳の噂は、かねがね――」
と、震える声で挨拶を交わそうとした、レオニスの目が、エルの腕の中に抱かれた白い毛玉――
純白の赤ちゃん竜、ハクにピタリと止まった。
「キュルルッ♡」
ハクが首をかしげて、愛らしくレオニスを見つめた。
レオニスは、完全に固まった。
「…………」
「陛下……?」
ミーナが不安そうに声をかける。
「…………」
「陛下!? 息をしてください!」
レオニスは、震える両手を口元に当て、顔を真っ赤にして絞り出すように言った。
「……か、かわいい……。」
セレスティアが隣でドヤ顔をして叫ぶ。
「でしょ!? ハクちゃん、すっっっごく可愛いでしょ!? 私の本当の妹みたいなの!」
ミーナは青ざめた。
(お転婆な王女様だけでなく……まさか、威厳ある陛下まで陥落を……?)
レオニスは突然、バッと天を仰ぎ、拳を強く握りしめて大声で宣言した。
「決めた! 我も、今日からこの村に住む!」
「「はぁぁぁぁぁぁ!?」」
トーヤ、ソーヤ、ユーヤ、そして村中の住民が同時に叫んだ。
ミーナはついに限界を迎え、地面に崩れ落ちた。
「陛下ぁぁぁぁ! あなたまで何を血迷っているのですか!」
しかし、レオニスの決意は真剣そのものだった。
「よく考えろ! あの孤高の竜王国と国交を結ぶという、大陸で最も安全で不可侵な村だぞ!?」
「しかも平和で、アイン殿の食事は美味しく、こんなに可愛い竜王家の赤ちゃんまでいる……。」
「国政のストレスから解放される、まさに究極の楽園! これはもう、王冠を捨てて住むしかない!」
セレスティアも負けじと手を挙げる。
「お父様が住むなら、私も絶対に住むわ! リルちゃんとミラちゃんのお部屋の隣がいい!」
ミーナは白目を剥きながら絶叫した。
「王女様はもうすでに毎週来てるでしょうがぁぁぁ! これ以上は無理です! 王室が空っぽになります! もう私の心臓と胃腸がもちません!」
◆
ミーナはついに、国王と王女の前に立ちはだかり、涙ながらに訴えた。
「陛下! 王女様! あなた方が揃ってこんな辺境の村に住み着いたら、残されたアトレイア王国と国民はどうなるんですか!」
レオニスは腕を組み、堂々と答えた。
「……まぁ、ラザルドもいるし、優秀な大臣たちがなんとかするだろう。」
セレスティアもケロッとした顔で言う。
「そうよ、きっとなんとかなるわよ。」
ミーナは青筋を立てて叫んだ。
「ならないです!! 国家崩壊の危機です!!」
騒ぎを見ていたアルグは、呆れたように苦笑しながら口を挟んだ。
「レオニス王よ。お前が王都を捨てて村に住んだら、国の政務はどうするつもりなのだ?」
レオニスは胸を張り、これ以上ないほど自信満々に言い放った。
「……そこは、優秀なる我が筆頭侍女・ミーナがなんとかする!」
「しません!! 私に国政を投げないでください!!」
ミーナは本当に泣きそうだった。
そのやり取りを見ていたトーヤとソーヤは、小声でヒソヒソと頷き合っていた。
(……アルグ、自分も国政放り投げてこの村に住もうとしてたから、人のこと全然言えないんだけどな……。)
(……うん、この村、王様をダメにする魔力があるのかも……。)
◆
最終的に――
ミーナの決死のストライキと涙の説得により、以下の妥協案で話はまとまった。
・レオニス国王 → 「週に一度だけの村滞在(視察名目)」
・セレスティア王女 → 「週に二度の村滞在(親善大使名目)」
・侍女ミーナ → 「過労死寸前で常に随行」
この決定が下された後、ミーナは村の井戸の縁に座り込み、虚ろな目で青空を見上げていた。
「……私、絶対にいつか過労で倒れると思います……。」
そんなミーナにアインが、そっと温かいハーブティーを差し出して優しく肩を叩く。
「ミーナちゃん、いつも本当にお疲れ様。いつでもうちにお茶を飲みに来て、ゆっくり休んでいってね〜。」
ミーナは、そのハーブティーを両手で受け取り、ぽろぽろと涙をこぼした。
「アインさん……。あなたの後光が眩しいです……あなたが本物の天使に見えます……。」
こうして――
絶対的な力を持つ竜王国との国交樹立という歴史的偉業さえも、ただの日常のスパイスとして飲み込み、ウェーノ村はまたひとつ、新たなカオスと賑わいを手に入れたのだった。




