第39話 モテたい!
クロが成人し、圧倒的な美貌の青年になったことで、村の女性たちが大騒ぎしたあの日。
ユーヤは、リビングの床に突っ伏したまま、悔し涙を流しながら叫んでいた。
「僕も……僕もイケメンになりたいぃぃ!」
「クロみたいに、みんなからキャーキャー言われてモテたい!」
そして、ユーヤはむくりと起き上がり、ゲーマー特有のギラギラとした決意の目を輝かせた。
「僕は決めた! 僕の《ゲームマスター》を完璧に使いこなして、かっこいい召喚やクールな魔法を使いこなして、絶対にクロよりモテるようになってやる!」
横で本を読んでいたソーヤが、本から目を離さずに呆れ声でツッコミを入れる。
「……修行の動機が、不純の極みだな。」
その瞬間、ユーヤの背後から静かで低い声が響いた。
「……理由はともかく、本気で修行をするというなら、俺が付き添うぞ。」
「父さん!」
振り返ると、トーヤが腕を組み、かつてないほど真剣な父親の表情で立っていた。
「お前の《ゲームマスター》は、国をひとつ簡単に消し飛ばせるほど強力なスキルだ。この間のボスモンスター召喚のように、暴走すれば村が吹き飛ぶ。だからこそ、完璧なコントロールの練習が必要だ。」
トーヤはユーヤの目を見据え、厳格に告げた。
「そして、練習するときは必ず俺がつく。一人では絶対にやらせない。」
ユーヤも真剣な顔で頷き、力強く拳を握りしめた。
「うん、わかった父さん。僕、絶対に完璧にコントロールして、最高にかっこよくなって強くなる!」
こうして――
ユーヤの、不純な動機から始まる真面目な“モテたい修行”が幕を開けた。
◆
修行は毎日、村から少し離れた人気のない荒野で、朝から夕方までみっちりと続いた。
トーヤは常に冷静で、ユーヤの魔力の流れを読み取りながら的確に指導した。
「ユーヤ、召喚の要は“イメージの精度”だ。ただゲームのキャラを出したいという曖昧な感覚のまま呼ぶな! そのキャラクターが持つ設定、質量、性格、すべてを完璧に言語化して世界と繋げ!」
「はいっ! 剣士キャラの身長、体重、装備の重量、属性……完璧にイメージする!」
「次はゲーム世界の“ルール改変”だ。力任せに空間を書き換えようとするな。世界が歪んで反発を食らうぞ。パズルのピースを嵌め変えるように、論理的に書き換えろ!」
「はいっ! 重力の設定値を0.5に書き換える……ゆっくり、慎重に……!」
「間違っても、またボスエリアを呼ぶなよ!」
「はいっ! 平和なチュートリアル村だけをリンクさせます!」
ユーヤは泥だらけになり、汗だくになりながらも、決して音を上げずに必死に食らいついた。
そして――
厳しい特訓を続けること、ニ週間。
「父さん! 見てて!」
ユーヤは両手を前にかざし、静かに深く深呼吸をした。
空気が揺らぐことなく、完璧にコントロールされた魔力が一点に集中する。
青白いポータルが音もなく開き――中から、小さなスライムの家族とその住処である美しい泉が、空間を一切歪めることなく安全に召喚された。
そしてユーヤが指を鳴らすと、泉とスライムたちは再び光の粒子となって、元いたゲーム世界へと綺麗に帰っていった。
「……できた……! 完璧にコントロールできた!」
トーヤは腕を組み、静かに深く頷いた。
「ああ。見事だ、ユーヤ。よく頑張ったな。」
「やったぁぁぁ! これで僕も、狙ったタイミングでかっこいい召喚ができる! 絶対にモテるぞ!」
見学に来ていたソーヤは、深々とため息をついた。
「……過酷な修行を乗り越えても、動機が一ミリもブレてないのが逆にすげえな……。」
◆
その日の夕方。
ウェーノ家のリビングで、夕食を前にユーヤは満足げに胸を張っていた。
「へへっ、僕もついにスキルを完璧にコントロールできるようになったし! これで、兄ちゃんも母さんも僕も、みんなスキルが進化したね! あとは、父さんのスキルが進化するのを待つだけだね!」
トーヤはコーヒーカップを口に運ぼうとしてピタリと手を止め、少しだけ気まずそうに目を伏せた。
そして、コホンと一つ咳払いをして、静かに告げた。
「……ユーヤ。」
「実は……俺のスキルは、もうとっくに進化しているんだ。」
「……え?」
ユーヤは、手に持っていたフォークを落としそうになりながら完全に固まった。
「……え? 」
「ユーヤが王城の中庭でダンジョンボスを呼んでしまった時、空間ごと時間を切り取ってボスをブラックホールに吸い込んだだろ? あれは、進化したスキルのおかげだったんだ。」
「えええぇぇぇぇぇ!?」
ソーヤも驚いて身を乗り出す。
「父さん……いつの間に……? 全然そんな素振りなかったじゃん!」
「ユーヤのスキルが進化する、数日前くらいかな……朝起きたら、進化条件を満たしていたみたいでな。」
そう言いながら、トーヤは軽く右手をかざし、空中に複雑な魔法陣を指先で描いてみせた。
すると――
魔法陣が自らの意志を持つように形を変え、世界に存在しない新しい術式が“生まれた”。
まばゆい光と共に、リビングの床一面が、一瞬にして幻想的な光の花畑へと変化したのだ。
「……もしかして、今……新しい魔法を、ゼロから“創った”……?」
リルが息を呑む。
ミラも目を見開いて、足元の光の花を見つめている。
「……すごい……。」
トーヤは静かに頷き、淡々と説明した。
「進化後のスキルは――《アーク・ウィザード》。既存の魔法を使うだけでなく、“魔法そのものの概念の創造”が可能になったんだ。」
ユーヤはワナワナと震えながら、絶望の叫びを上げた。
「父さん! なんで黙ってたの!? だったら僕より先に進化してたってことじゃん!」
トーヤは申し訳なさそうに苦笑した。
「すまん。お前が『自分だけ進化してない』とあんなにスネて落ち込んでいる時に、さすがに『俺も進化したぞ』とは言い出せなかったんだ……。」
ユーヤは膝から崩れ落ち、床の光の花畑に突っ伏した。
「うわぁぁぁぁん! 僕が一番最後だったんだ! 家族の中で一番最後だったんだぁぁ!」
ソーヤは弟の肩を哀れむようにポンポンと叩く。
「……まぁ、父さんは元からチートみたいなもんだし、気にすることないさ。お前はお前のペースで成長したんだから、胸を張れよ。」
「兄ちゃんにも、母さんにも、父さんにも先を越されて……挙句の果てにクロにまでイケメン度で抜かれるし……僕のモテ期はどこにあるのさ……。」
アインは優しく笑いながら、ユーヤの頭を撫でた。
「ユーヤ。無理して誰かみたいにならなくても、あなたはあなたらしく、元気なのが一番モテるのよ〜。」
クロ(竜姿)も、ユーヤの顔をぺろっと舐めて慰めるように言った。
「ユーヤは今のままでも十分すごいよ!」
ユーヤは涙目でクロを睨みつけながら叫ぶ。
「クロは黙ってて! 生まれながらのイケメンは黙っててぇぇぇ!」
リビングいっぱいに、家族の温かい笑い声が響き渡った。




