第37話 成長
アルグとエル、そしてハクが竜王国へ一時帰還してから数日。
ウェーノ村は相変わらず多種族が入り乱れるカオスで賑やかな日々を送っていたが、その中心にいるクロには、誰の目にも明らかな“変化”が訪れていた。
ある朝のこと。
ウェーノ家の庭先で日向ぼっこをしていたクロの身体が、突然、脈打つように淡く光り始め、周囲の空気がビリビリと震えた。
「キュ……キュイ……!」
異変に気づいたアインが、洗濯籠を放り出して慌てて駆け寄る。
「クロちゃん!? どうしたの、どこか痛いの!?」
騒ぎを聞きつけて家から飛び出してきたリルが、クロの身体にそっと触れ、驚きに目を見開いた。
「……魔力が……クロの体の中で、爆発してるみたいに膨れ上がってる。」
ミラも隣でこくりと頷く。
「……すごく強くて、熱い魔力……。」
トーヤは腕を組み、顎に手を当てて冷静に分析した。
「ハクという新しい命が生まれたことで、クロの中の竜王家の血が強く刺激されたんだろうな。おそらく、竜としての“成長期”――いや、覚醒の段階に入ったんだ。」
ユーヤは心配するどころか、ゲームの激アツ展開を目の当たりにして興奮で跳ね回っていた。
「クロが覚醒するの!? ついに進化イベント発生!? どんなかっこいい姿になるの!?」
クロは体内の魔力の奔流に苦しそうに鳴き声を上げながらも、どこか誇らしげに胸を張って耐えていた。
◆
そして、その日の夕方。
ついにその瞬間が訪れた。
クロの身体が、直視できないほどの強烈な漆黒と白銀の光に包まれた。
「キュアァァァァ……!!」
夜空を割るような雄々しい咆哮が響き渡り、眩しい光の柱が村の空へと立ち上った。
その凄まじい魔力反応に、エルフも、獣人も、ドワーフも、マーメル族も、村中の住民が何事かとウェーノ家の庭へ駆けつけてくる。
アインが祈るように叫ぶ。
「クロちゃん!!」
やがて――光の奔流がゆっくりと収まり、白い煙が風に流れていく。
そこに立っていたのは、もう、いつもの愛らしい“子竜”ではなかった。
◆
煙が完全に晴れた瞬間。
村中が、水を打ったように静まり返り、息を呑んだ。
そこに立っていたのは――
夜の闇を溶かしたような艶やかな黒髪に、星の軌跡のような美しい銀のメッシュを忍ばせた青年だった。
瞳は、クロの鱗の色を思わせる、深く透き通った琥珀色。
背は高くスラリとしており、衣服の隙間から覗くしなやかな筋肉は、竜の強靭さをそのまま体現したように美しい。
何より、その身に纏う圧倒的な黒竜の気配と、神がかった美貌は、絵画から抜け出してきたかのようだった。
「……クロ……なの?」
アインが震える声で、そっと尋ねる。
青年は、優しく目を細め、少しはにかむように微笑んだ。
「そうだよ。僕だよ、アイン。」
「しゃ、しゃべったぁぁぁぁ!」
ユーヤが頭を抱えて叫ぶ。
ソーヤはポカンと口を開けたあと、深々とため息をついた。
「……いや、反則だろ。イケメンすぎるだろ……。」
リルとミラは、目の前に現れた美青年に完全に顔を真っ赤にして固まっていた。
「……かっこいい……。」
「……すごい、キラキラしてる……。」
クロは、自分に向けられる視線に照れくさそうに後頭部をかきながら笑った。
「えへへ……なんか、急に身体が大きくなっちゃった。みんな、心配かけてごめんね。ありがとう。」
その声は、深みのある落ち着いた青年の声でありながら、どこか以前のクロの面影を残す無邪気な響きを持っていた。
その瞬間――。
張り詰めていた村の空気が、別の意味で爆発した。
エルフの女性たちが、頬を染めてざわめき始める。
「ちょっと……あの子、誰……? すっごい美男子……!」
「竜人族の成人した姿……? いや、いくら竜王家の血筋とはいえ、あの美しさは規格外よ……!」
「声が……声までかっこいい……!」
獣人族の女性たちも、耳と尻尾をピンと立てて大騒ぎだ。
「クロくん!? 嘘でしょ、あのかわいかったクロくんが、こんなかっこよすぎることある!?」
「ねぇ、抱きついていい!? 筋肉触ってもいい!?」
「ちょっと抜け駆け禁止! 順番よ、順番!!」
普段は鍛冶にしか興味のないドワーフの女性陣まで、目を潤ませて頬を染めている。
「なんだいあの完璧なプロポーションは……! うちの工房のモデルになっておくれ!」
村の女性陣が、飢えた狼のように一斉にクロへ向かって歩き出す。
クロは今まで経験したことのない異常な熱気に、顔を青ざめさせて慌てて後ずさった。
「えっ、えっ、ちょっと待って!? 僕、クロだよ!? なんでみんなそんな目で見……わぁぁっ!」
ソーヤは、群がる女性たちに飲み込まれていくクロを見て、呆れたように肩をすくめた。
「……こりゃ、しばらく村は落ち着かないな。」
ユーヤは、地面に突っ伏して悔し涙を流していた。
「いいなぁぁぁぁぁ! なんでクロばっかり! 僕も超絶イケメンに進化したいぃぃぃ!」
◆
村がクロの成人パニックで大騒ぎしている、まさにその時。
空に、巨大な三つの影が現れた。
「……あれって……!」
ソーヤが空を指さす。
雄大な黒竜と、美しい赤竜――
そして、その間を元気いっぱいに飛ぶ、白い小さな竜。
「キュルルルル!!」
ハクの澄んだ声が空から響き渡る。
アインが満面の笑顔で空に向かって手を振った。
「アルグさ〜ん! エルさ〜ん! ハクちゃ〜ん! おかえりなさ〜い!」
騒ぎから抜け出したクロは、両親の姿を見つけて目を輝かせた。
「父さん! 母さん! ハク!」
村の広場に降り立とうとしていたアルグは、空中でピタリと固まった。
「……あの青年は……クロ……なのか?」
エルも、目を見開いて信じられないといった表情を浮かべる。
「あなた……人型に成れるようになったの……?」
クロは、少し誇らしげに、照れながら微笑んだ。
「おかえり、父さん。母さん。」
光に包まれて人型に戻ったアルグは、震える声で叫び、クロの肩をガシッと掴んだ。
「クロよ……! 立派になったな! 我が息子ながら、なんという見事な姿だ!」
エルは感極まって涙を浮かべ、クロの頬を優しく撫でた。
「本当に……大きくなったわね。立派な竜人族の青年の顔よ……。」
ハクは、大きくなった兄の姿に最初は戸惑っていたものの、匂いでクロだと分かると嬉しそうに飛びついた。
「キュルッ!」
クロは優しい笑顔で、小さな妹をふわりと抱きしめる。
「おかえり、ハク。お兄ちゃん、かっこよくなっただろ?」
その美しく温かい家族の再会に、村中が割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
クロの成人。竜王家の帰還。
そして、ウェーノ村の新たな、そして確実に今まで以上に騒がしい日常の始まり。
規格外の家族たちが集うウェーノ村は、今日もこの上なく賑やかで、あたたかい。




