第33話 黒竜と赤竜
ウェーノ村の朝は、相変わらず活気に満ちて賑やかだった。
エルフの森からは心地よい小鳥のさえずりが響き、ドワーフの工房からはカンカンと軽快な金属音がリズムを刻む。獣人族の子どもたちは、朝食もそこそこに全力で広場を走り回っている。
そんなのどかな日常の中――。
「……あれ?」
広場でスキルの練習をしようとしていたユーヤが、ふと空を見上げて動きを止めた。
「なんか……とてつもなくデカいのがこっちに来てない……?」
ソーヤも工具を持つ手を止め、怪訝そうに視線を上げる。
はるか上空の雲を突き抜けて――
“二つの巨大な影”が、猛スピードで村へと接近してきていた。
◆
ゴオォォォォ……!
空を割るような重厚な羽音が、村全体を包み込む。
村の上空に現れたのは――
二体の、山のように巨大な超大型ドラゴンだった。
一体は、光を吸い込むような艶やかな漆黒の鱗に覆われた黒竜。
もう一体は、まるで燃え盛る炎のように美しく輝く赤竜。
「「でかすぎるだろぉぉぉぉぉ!!」」
村の多種族たちが、一瞬にしてパニックに陥った。
「黒竜だぁぁぁ! 魔王軍か!?」
「いや、もう一匹いるぞ!」
「真っ赤なやつだ! ブレスを吐かれる前に逃げろぉぉぉ!」
――その時。
「キュイィッ!!」
ウェーノ家の庭から、クロが弾かれたように飛び出した。
一瞬で本来の巨大な姿へと変貌し、空へ向かって力強く舞い上がる。
「キュアァァァァァ!」
すると――
上空の二体の巨大竜が、クロの咆哮を聞いてピタッと空中で制止した。
そして次の瞬間。
「ようやく、見つけたぞ。」
腹の底に響くような、威厳に満ちた低い声が天から降り注いだ。
黒竜がゆっくりと翼を畳んで降下し、ついで赤竜も優雅に地面に降り立った。
ドォォォォン!
着地の衝撃で村が揺れる。
しかし――
二体のドラゴンは、村人たちに対して敵意や殺気を一切見せていなかった。
◆
黒竜が、眼の前に降り立ったクロを見下ろして低く呟いた。
「本当に探したぞ。クロディアス。」
「キュイィィ!」
クロは怯えるどころか、尻尾をぶんぶんと振って大喜びしている。
次の瞬間――
二体のドラゴンの身体が眩い光に包まれ、その巨体がみるみるうちに形を変えていく。
巨大な体が縮み――
硬い鱗が光の粒子となって消え――
現れたのは――
黒髪で長身、王者のような威圧感と渋みを持つ男性。
赤髪で息を呑むほど美しく、優しげな雰囲気を纏った女性。
ソーヤが息を呑んで呟く。
「え……人間……?」
リルが横で首を振った。
「違う……あれは、竜の最上位……竜人族だわ。」
◆
黒髪の男性が腕を組み、周囲の村人たちをぐるりと見渡した。
「驚かせてすまない。我はアルグレオス……クロディアスの父だ。」
赤髪の女性が、ふわりと柔らかく微笑んで一礼する。
「私はエルヴァリシア。クロディアスの母ですわ。」
「「「えぇぇぇぇぇ!?」」」
ウェーノ家と、パニックになっていた村人全員の声が見事にハモって絶叫した。
ユーヤが目玉が飛び出そうなほど目を丸くする。
「クロディアスって……。もしかして、クロの……両親!?」
クロは――
「キュイィィィ!」
と、甘えるように両親の足元に飛びついた。
◆
エルヴァリシアは膝をつき、クロを優しく抱きしめて頬ずりをした。
「もう……心配したのよ、クロディアス。」
「全然帰ってこないんだから、迷子になったのかと思ったわ。」
アルグレオスも腕を組んだまま、厳格な声で言う。
「武者修行の旅を続けるのはよいが、限度というものがあるだろう。」
トーヤが警戒を解き、静かに前に出た。
「旅……ですか?」
アルグレオスが頷いて答える。
「竜人族はな、成人の儀を迎える前に、己の力で“世界を知る旅”に出るしきたりがあるのだ。」
「クロディアスも、その旅の途中であった。」
「ただ――」
エルヴァリシアが少し困ったようにクスッと笑う。
「いっこうに国へ帰ってくる気配がなくて……心配になって、様子を見に来たのよ。」
ユーヤがぽかんとして聞き返す。
「え、それって、ただの保護者参観じゃ……?」
「そう、ただの保護者参観よ?」
ソーヤが気になっていたことを質問する。
「さっき……ドラゴンの姿から人型に変わりましたよね……?」
アルグレオスが堂々と答える。
「竜人族は成人すると、魔力を制御して人型に成れるようになるのだ。」
「でも……。」
エルヴァリシアがクロの頭を優しく撫でる。
「クロディアスはまだ子どもだから、変身できないのよ。」
「キュイ……。」
クロは少ししょんぼりした。
アインが駆け寄り、クロを抱き上げて優しく微笑む。
「大丈夫よ〜。クロちゃんは今のままでも十分可愛いし、そのうちできるようになるわ〜。」
◆
一通り事情を聞き終えたあと――
アルグレオスとエルヴァリシアは、ゆっくりと村の景色を見回した。
エルフが作り上げた美しい森の家。
ドワーフの熱気に満ちた工房。
獣人族の賑やかな遊び場。
マーメル族の澄み切った池。
オートマト族の静かな塔。
そして――ウェーノ家の温かい空気。
エルヴァリシアが、ほうっとため息をつくようにぽつりと呟いた。
「……ここ、とても良い場所ね。」
アルグレオスも深く頷く。
「うむ。竜の感覚にも、妙に心地よく馴染む。落ち着く気配だ。」
アインがにっこり笑って答える。
「みんなでワイワイ暮らしてるから、毎日とっても楽しいのよ〜。」
リルとミラも隣でこくりと頷く。
「……あったかい場所。」
「……私達も、すごく好き。」
しばらく心地よい沈黙が流れ――
アルグレオスが、真剣な目でトーヤに向き直った。
「トーヤ殿。提案がある。」
「クロディアスは、もう少しこの村に置いてやってくれないか。」
「むしろ――」
エルヴァリシアが花が咲くように微笑む。
「私たちも、ここに一緒に住ませてもらえないかしら?」
「「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」」
村中が、今日二度目のざわめきに包まれた。
ユーヤが叫ぶ。
「超大型ドラゴンが二匹も増えるの!?」
ソーヤが冷静に頭を抱えてツッコむ。
「いや、もうこれ村じゃなくて、軍事力的に国家レベルだろ……。」
トーヤは少しだけ考え込み――そして、観念したように苦笑した。
「……住みたいなら、好きにしてください。」
「ただし――」
トーヤは父親としての顔になり、ビシッと言い放った。
「うちの村は、『みんなで仲良く、平和にスローライフ』が絶対のルールです。問題は起こさないでくださいよ。」
アルグレオスがニヤリと力強く笑った。
「承知した。郷に入っては郷に従おう。」
エルヴァリシアも嬉しそうに胸に手を当てて頷く。
こうして――
ただでさえ規格外だったウェーノ村は、さらなる進化を遂げた。
黒竜:アルグレオス(父)
赤竜:エルヴァリシア(母)
黒竜:クロ(クロディアス)(子)
という、最強の“ドラゴン家族”が正式加入したのである。
村の規模と防衛力は、ついに大陸のいかなる国家も手出しできない常識外の領域へと突入したのだった。
◆
その夜。
クロは久しぶりに父と母に挟まれ、安心しきって眠っていた。
「キュイ……。」
幸せそうに丸くなる小さな背中。
エルヴァリシアがそっと優しく呟く。
「……いい旅をして、素敵な仲間を見つけたのね、この子。」
アルグレオスも静かに頷き、村の夜空を見上げた。
「ああ。この村なら……クロディアスを任せても安心だ。」
遠くで、リルとミラも星空を見上げていた。
「……また、大切な家族が増えたね。」
「……うん。」
ウェーノ村は今日も――
『世界で一番にぎやかで、あたたかい場所』へと進化し続けていた。




