第32話 “つながる”ということ
ユーヤの《ゲームマスター》初召喚事件で王城の騎士団がてんやわんやになった翌日。
王都アトレイア・セントラルの朝は、昨日の地響きが嘘のように静かで穏やかだった。
ウェーノ家が滞在する特別客室では、そろそろ村へ戻るための荷造りが進められていた。
「王都、色んなところに行けて楽しかったな……。」
「うん。おいしいものもたくさん食べれたし、リル姉ちゃんもミラ姉ちゃんも楽しそうだったしね。」
ソーヤとユーヤはカバンに荷物を詰めながら、名残惜しそうに窓の外の尖塔を眺めていた。
アインは鼻歌交じりにエプロンを畳みながら微笑む。
「ふふ、またいつでも来ればいいのよ〜。王都の人たちもみんな優しかったし。」
トーヤも頷きながら、忘れ物がないか部屋を見回した。
「そうだな。クロに乗ればあっという間に着く距離だ。村の連中が勝手に何をしでかすかわからないから、今日のところはいったん帰ろう。」
帰り支度がある程度整い、さぁ出発しようとしたその時――
「……帰っちゃうの……?」
部屋の入り口に、今にも泣き出しそうな顔をしたセレスティア王女が立っていた。
その後ろでは、侍女ミーナがすでに絶望の表情で頭を抱えている。
「王女様……お別れが寂しいお気持ちは痛いほど分かりますが、どうかご乱心なきよう……。」
セレスティアは唇を噛みしめ、小走りでリルとミラに駆け寄ると、その細い手を両手でぎゅっと握りしめた。
「リルちゃん……ミラちゃん……。あなたたちが帰っちゃうなんて……私、寂しすぎて干からびちゃうわ……。」
リルは困ったように、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「セルティ……そんなに泣かないで。またすぐに会えるよ?」
ミラも静かにこくりと頷く。
「……うん。すぐ来る。」
「そうじゃないのよぉぉぉぉ!」
セレスティアはポロポロと涙をこぼしながら、ついに床に座り込んで駄々をこね始めた。
「私も一緒に行く! 一緒に村に住む!」
「「「えっ!」」」
ウェーノ家、リル、ミラが同時に驚きの声を上げる。
ミーナが即座に悲鳴を上げた。
「王女様! ダメです! 国政を投げ出すなんて絶対にダメです!」
「だって! 村のみんなにも会いたいし、リルちゃんたちとも離れたくないし、アインさんのご飯が毎日食べたいんだもの!」
「理由が全部“個人的な欲望”じゃないですか!」
セレスティアは床をバタバタと叩いて地団駄を踏む。
「お父様に言えば絶対に許してくれるはずよ! お父様は私に激甘なんだから!」
「陛下だってそれだけは絶対に許してくれません!」
――その時。
「セレスティアァァァァァァァァ!!」
王城の廊下に、城を揺るがすほどの怒号が響き渡った。
血相を変えたレオニス国王が、完全武装の護衛騎士団を引き連れてドカドカと踏み込んでくる。
「お父様……!」
「お前という奴は! 毎週あの村にお忍びで行くだけでも私の胃に穴が開きそうなのに! 今度は“移住”しようと目論んでいるだと!」
「だって……!」
「だって、ではない!」
レオニスはビシッと指を突き出し、護衛騎士団に命じた。
「セレスティアを捕縛せよ!」
「はっ!」
「ちょ、ちょっと!? 離しなさい! 私は王女よ!? この国の第一王女なのよ!? 村に行かせなさい!」
屈強な騎士たちに両腕を抱えられ、じたばたとしがみつこうと暴れるセレスティア。
ミーナは深く深く、魂の底からため息をついて頭を下げた。
「……陛下。誠に、ありがとうございます……。」
「ミーナよ……お前の日々の苦労、痛いほど察するぞ……。」
王と侍女は、言葉を超えた同志のような瞳で静かに頷き合った。
◆
騎士団に引きずられながらでも、セレスティアは諦めきれずに手を伸ばした。
「リルちゃぁぁん……ミラちゃぁぁん……。」
涙目で宙を掻くその姿は、悲劇のヒロインそのものだ。
「離れてても……ずっと、つながっていたいわ……。」
その切実な言葉を聞いた瞬間、ソーヤとユーヤの兄弟が顔を見合わせた。
「兄ちゃん……。」
「ああ。アレ、作ってみるか。」
二人は同時に力強く頷いた。
◆
出発前、王城の中庭。
ソーヤとユーヤは並んで立ち、セレスティアたちの前で両手を突き出した。
「《ジェネレーター》……!」
「《ゲームマスター》……!」
無から意味を創り出す黄金の光と、ゲーム世界とリンクする青白い光。二つの神がかった規格外の力が、中庭の中心で複雑に絡み合い、重なり合う――。
ぱぁぁぁぁっ!
光が収まった後、兄弟の手のひらには、黒く薄い、小さな四角い板のようなものが現れていた。
「これは……?」
涙を拭いながら、セレスティアが目を丸くする。
ソーヤが誇らしげに説明する。
「これはね、“スマホ”っていうんだ。僕たちのいた世界の道具をベースにしてるんだけど、これがあれば、どんなに遠くにいても文字でメッセージを送ったり、声でお話ししたりできるんだよ。」
ユーヤが興奮気味に続ける。
「僕のゲーム世界の通信機能と、兄ちゃんの創造スキルをミックスして作ったから、魔力の届かない異空間や境界線越しでも絶対につながる特別製だよ!」
「リル姉ちゃんとミラ姉ちゃんと、セレスティア、それに僕たち家族でいつでも話せるように初期設定しておいたからね!」
セレスティアは震える手で、その薄い“スマホ”を受け取った。
「……こんな……魔法みたいな、素敵なもの……。」
リルとミラにも、それぞれ色違いのスマホが渡される。アインとトーヤも一台ずつ受け取った。
その様子を遠巻きに見ていた王立工房の技術者たちは、ガタガタと震えながら崩れ落ちていた。
「な、なんだあの薄い板は……!?」
「空間の制約を無視して通信できる魔導具だと……? いや、魔導具の気配すらしないぞ!」
「か、解析したい……! 触らせてくれぇぇぇ!」
ソーヤは苦笑しながら彼らを牽制した。
「ダメですよ。これは僕たちの世界の特別技術なんで、この国じゃ再現できませんから。」
技術者たちは、絶望のあまり地面に這いつくばった。
「「「ぐぅぅぅぅぅ!!」」」
◆
そして――いよいよ出発の時。
「クロちゃーん、お願いね〜。」
アインが優しく呼ぶと、クロは「任せろ」とばかりに嬉しそうに飛び上がり、本来の巨大な黒竜の姿へと変貌した。
「キュアァァァァァァ!!」
王城前は、またしても大混乱の渦に包まれる。
「黒竜だぁぁぁ!!」
「また巨大化したぞぉぉぉ!!」
護衛騎士たちに羽交い締めにされながら、セレスティアがちぎれんばかりに手を振っている。
「みんなぁ! 絶対に連絡するからね〜!」
(そして、その顔には絶対にすぐに村に遊びに行くからね!)という心の声が完全に漏れ出ていた。
クロは力強く風を巻き起こし、王都の青空へと舞い上がっていった。
◆
そして――クロの背に揺られること数十分。
ウェーノ村の空域に到着し、眼下を見下ろした一家は絶句した。
「……あれ?」
「なんか……村、さらにデカくなってないか?」
ウェーノ家の前に広がっていたのは――
・エルフの森の家(高層マンション化)
・ドワーフの巨大工房(さらに煙突が増築)
・獣人族の遊び場(アスレチックがテーマパーク並みに拡大)
・マーメル族の水路(もはや巨大な湖と直結)
・オートマト族の観測塔(なぜかニ号機が建っている)
・トレント族の広場(美しい公園のように整備されている)
さらに――ウェーノ家のすぐ隣に、見慣れない立派な木造建築が建っていた。
「……“ウェーノ村”観光案内所……?」
「いつの間にそんなものまで……?」
入り口の看板には、ご丁寧に達筆な文字でこう書かれていた。
《ようこそ! 多種族共生の楽園、ウェーノ村へ!》
《村長:ウェーノ・トーヤ(※本人未承認)》
トーヤはこめかみを押さえ、深々と頭を抱えた。
「……いつ誰が村長に任命したんだ……。平穏なスローライフはどこに行った……。」
アインは楽しそうに両手を叩いて笑った。
「まぁ〜、みんな留守中も仲良しで頑張ってくれてたのね〜。いいじゃない〜。」
リルとミラは、活気に満ちた村の光景を見て目を輝かせた。
「……帰ってきた。」
「……うん。あったかい。」
ユーヤは胸を張ってガッツポーズをした。
「よーし! 今日からまた村生活だ! スキルの練習しまくるぞ〜!」
ソーヤが苦笑いしながら釘を刺す。
「ほどほどにしないと、また父さんに叱られるぞ。でも、俺もユーヤに負けてられないな。工房のみんなと一緒に新しいもの作ってみようかな。」
こうして――
ウェーノ家の“さらに賑やかで規格外な村生活”が、またここから始まるのだった。




