第31話 ゲーム世界召喚は大惨事!?
王都アトレイア・セントラル・王城。
爽やかな朝の光が降り注ぐ、美しく手入れされた中庭の芝生の上で、ユーヤは自信に満ちた表情で胸を張って立っていた。
昨日、自身の《ゲーマー》スキルが《ゲームマスター》へと劇的な進化を遂げたばかり。
今日はついに、その真の力である“ゲーム世界召喚”を初めてお披露目する日なのだ。
「よし……絶対に成功させて、みんなをあっと言わせるぞ!」
ユーヤの周囲には、トーヤ、アイン、ソーヤ、リル、ミラ、そしてセレスティア王女と侍女のミーナまで、ウェーノ家と王都の面々が期待と少しの不安を交えて見守っている。
「ユーヤ、無理はしないでね〜。失敗したらおやつ抜きよ〜。」
「大丈夫だよ母さん! 僕、もう進化したから完璧にコントロールできるもん!」
(※自信だけは一丁前である。)
ユーヤは両手を前に突き出し、深く息を吸い込んだ。
「《ゲームマスター》……発動!」
ユーヤの視界に、ホログラムのように無数の“ゲーム世界の球体”がふわりと浮かび上がる。その中から、彼は慎重に一つの球体を選び出した。
(今日は初回だし、みんなが楽しめる、最高にポップで優しい世界を呼ぶよ!)
ユーヤが球体に触れると、中庭の空間に光の粒子が集束し――
ぽんっ! という気の抜けた音と共に、空間が割れた。
「ぷるんっ!」
そこに現れたのは、見慣れた半透明の水色をした丸くて可愛いスライムと、その周囲を彩る一面の鮮やかな花畑だった。
王城の厳格な中庭が、一瞬にしてメルヘンチックな空間へと塗り替えられる。
「まぁ〜、可愛いわね〜。」
アインが微笑み、リルが目を輝かせてしゃがみ込む。
「……うん。すごく優しい世界。」
ミラもスライムの動きに合わせて静かに微笑んだ。
セレスティアは両手を頬に当てて大興奮だ。
「きゃああ! ユーヤ! なにこれすっごく可愛いわ! 最高よ!」
その背後で、ミーナも深々と胸を撫で下ろしていた。
(……よかった……。この規格外の家族のことだから、またお城が吹き飛ぶようなものを出すかと……今日は平和な一日になりそう……。)
――誰もがそう安心しきった、その瞬間だった。
中庭の空気が、まるで重い泥に沈んだかのように、ビリビリと不快な振動を始めた。
「えっ……?」
ユーヤの視界で、半透明のステータス画面がけたたましい警告音と共に勝手にポップアップする。
【ゲーム世界:同期中】
→ “ダンジョンエリア”が接続されました
→ “ボスエリア”が接続されました
「……え?」
「おい、ユーヤ! お前の画面、なんか赤く点滅してないか?」
ソーヤが嫌な予感を察知して覗き込み、一瞬で顔面を蒼白にさせた。
「……おい! 『ボスエリア』って書いてあるぞ……!?」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って!? 僕そんな物騒な場所選んでないよ!!」
だが――言い訳をする時間は与えられなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
美しい中庭の地面がひび割れ、そこから毒々しい漆黒の霧が間欠泉のように噴き出した。
「な、なにごとだぁぁぁぁ!!」
「城が、王城が揺れているぞ!!」
異変を察知した王国騎士たちが、慌てふためきながら中庭へと駆け込んでくる。
そして――濃密な霧の中から、山のように巨大な影がゆっくりと姿を現した。
天を突くような禍々しい角。鋼鉄よりも硬そうな漆黒の甲殻。血のように赤く光る三つの目。
それは、RPGの終盤でプレイヤーを絶望に突き落とす、圧倒的な威圧感を放つ『魔王級のダンジョンボス』そのものだった。
「グォォォォォォォォォッ!!」
咆哮だけで、王城の窓ガラスが一斉にビリビリと悲鳴を上げる。
「で、でたぁぁぁぁぁ!!」
ミーナが絶叫してへたり込み、セレスティアも完全に腰を抜かして震え上がった。
「ちょっと! ユーヤぁぁぁぁぁ! なんでお城のど真ん中にボスモンスターなんて呼んでるのよぉぉぉ!」
「僕も知らないよぉぉぉ! スライムの球体を選んだはずなのに、裏ダンジョンと繋がってたなんて聞いてないよぉぉ!」
足元では、さっきまで愛嬌を振りまいていたスライムが「ぷるぷるぷる!」と全力で怯えながら逃げ惑っている。
リルとミラも顔を青くして後ずさった。
「ユーヤ! 早くボスを戻せ!」
「戻し方わかんないよぉぉぉ! まだ説明書読んでない!」
ソーヤがユーヤに、すぐにボスを戻すよう指示をするが、どうやらできないらしい。
絶体絶命のピンチ――
その時。
「全員、下がれ。」
信じられないほど落ち着き払った声と共に、トーヤが静かに前に出た。
彼の手のひらに極小の光が集まり、周囲の空気がピタリと止まる。
「《ディメンション・ロック》。」
バシュッ!!
巨大なボスの周囲に、透明な不可視の立方体が展開された。
「グ……グォ……?」
次の瞬間、暴れ狂おうとしていたボスの動きが、まるで映像を一時停止したかのように空中で完全に固定された。咆哮の音すらも空間に閉じ込められ、中庭には嘘のような静寂が戻る。
ソーヤが驚愕の声を漏らす。
「これって時空魔法……!? 空間ごと時間を切り取ったの……!」
アインは両手を頬に当てて、うっとりと夫を見つめた。
「まぁ〜、あなた。やっぱり頼りになって素敵だわ〜♡」
トーヤは額に手を当て、疲労感たっぷりの深いため息をついた。
「……ユーヤ。」
「は、はい……。」
「当面は――俺か母さんが立ち会わない状態での、単独での新スキル使用は『禁止』だ。」
「……はい……。」
ユーヤは完全にしょんぼりと肩を落とした。
セレスティアも涙目で叫ぶ。
「ユーヤのバカ! 次は絶対に、平和なやつだけにしてね!」
ミーナは地面に座り込んだまま、震える手で空を仰ぎ見ていた。
「……私……今日も……生きててよかった……。」
「さて、こいつをいつまでも城に置いておくわけにもいかないな。《ブラックホール》。」
トーヤが指を鳴らすと、固定されていた空間ごと黒い渦が開き、巨大なボスモンスターは音もなく吸い込まれて消滅した。
「……ふぅ。」
トーヤは呆れつつも、ユーヤの小さな肩にポンと手を置いた。
「ユーヤ。お前のスキルは、俺の魔法にも匹敵するほど強力なものに進化した。だからこそ、遊び半分ではなく慎重に扱わないといけない。」
「……うん。ごめんなさい、父さん。」
「まずは、広い草原か、絶対に誰もいない場所での特訓からだな。もちろん、俺も付き合う。」
「……はい!」
ユーヤはしょんぼりしながらも、自分の生み出した現象の規格外さに、どこか隠しきれないゲーマーとしてのワクワク感を滲ませていた。
(僕のスキル……本当に凄い世界と繋がっちゃうんだ……!)
リルがそっとユーヤの服の裾を引いて微笑む。
「ユーヤなら、きっと上手に使えるようになるよ。」
ミラも小さく頷く。
「……練習、私達も手伝う。」
こうして、ユーヤの記念すべき“ゲームマスター初召喚”は――王都の心臓部を巻き込む大惨事すれすれの騒動として幕を閉じた。
だが、これが彼の強大すぎる力と向き合う、本当の第一歩となったのである。




