第26話 ウェーノ家、王都観光する!
王都アトレイア・セントラル。
朝陽に照らされた真っ白な石畳が眩しく輝き、美しく整えられた街路樹の緑が風に揺れる。王城の高い尖塔が抜けるような青空を切り取り、街全体が多種多様な種族の活気と喧騒で満ちていた。
ウェーノ家は、王城の豪華な客室で最高級の朝食を終えると、さっそく王都観光へ出かける準備を整えていた。
「さぁ、今日は私が王都の隅々まで案内してあげるわ! 全部任せてちょうだい!」
両手を腰に当て、自信満々に胸を張って宣言したのは、もちろんこの国の第一王女・セレスティアである。
その隣で、真っ白な髪をふわりと揺らしたリルが、どこか落ち着かない様子でモジモジと立っていた。
「……王都って、こんなに人がいっぱいで、騒がしいんだね……。」
「ふふん、大丈夫よリルちゃん! 今日は頼れる“お姉ちゃん”がエスコートしてあげるから、迷子になる心配なんてゼロよ!」
「う、うん……ありがとう、セルティ。」
セレスティアはリルの小さな手をぎゅっと握り、意気揚々と先陣を切って歩き出した。その後ろを、今日も胃薬を手放せない侍女のミーナが青ざめた顔で追いかけていく。
◆
王都のメインストリートは、リベルタスの街とは比べ物にならないほど巨大で、珍しい魔導具や煌びやかな露店がひしめき合っていた。
「うわぁ〜! 兄ちゃん、見て見て! あの武器屋の剣、刀身が虹色に光ってるよ!」
ユーヤがショーウィンドウにへばりついて目を輝かせる。
「絶対あれ、ゲーム中盤で手に入る属性付きのレア武器っぽくない!?」
「いや、ゲームじゃないんだからドロップ率とかないぞ……。それに、あれは刀身に低級の幻惑魔法をコーティングして見栄えを良くしてるだけだな。実用性は皆無だ。」
ソーヤが職人の極めて冷静なそして夢のない目で分析し、苦笑しながらも弟の首根っこを掴んで引き剥がした。
一方、アインは色とりどりの花が並ぶ花屋の前で、ふんわりと足を止めていた。
「まぁ〜、このお花たち、とっても元気におしゃべりしてきてるわ〜。『私を連れて帰って〜、お水ちょうだい〜』って言ってるのね〜。」
「……母さん、王都のど真ん中で花に話しかけるのは、目立つからほどほどにな……。」
相変わらず《ネイチャー・リンク》で植物と交信し続ける妻に、トーヤが周囲の視線を気にしながら苦笑する。
リルはというと——
「……人がいっぱい……。でも、みんなすごく楽しそうに笑ってる……。」
すれ違う人々の笑顔や、活気ある商人たちの声を、まるで宝物を見るかのように目を丸くして見つめていた。
何百年も“隙間の庭”で一人きりだった彼女にとって、この雑踏のすべてが新鮮で眩しかった。
セレスティアはそんなリルの手を優しく引き、誇らしげに言う。
「王都はね、”村”とはまた違って、本当にたくさんの種族や国の人たちが集まるの。少し騒がしいけど、怖くないわ。私がしっかりついてるもの!」
「……うん。」
セレスティアの温かい手に引かれ、リルの緊張した表情が少しずつ柔らかくなっていった。
そして、セレスティアが「絶対に連れて行きたかったの!」と案内したのは、王都の貴族たちで連日長蛇の列ができる大人気のスイーツ店だった。
「ここの“ミスティ・スフレ”は、王都随一の絶品スイーツなのよ!」
テラス席に座り、店員が運んできた小さな皿。
そこへ特殊な魔導具で熱を加えると——
ふわっ……!
まるで雲のように真っ白なスフレが一瞬で大きく膨らみ、濃厚なバニラと焦がしキャラメルの甘い香りが弾けるように広がった。
「わぁっ……すごい……!」
リルの大きな瞳がきらきらと輝く。
「いただきま〜す!」
我慢しきれないユーヤが勢いよくスプーンを入れ、大きな口を開けて頬張る。
「んん〜っ! ふわっふわで、口の中ですぐ溶けちゃう!」
「これは……確かに並ぶだけの価値はあるな。美味しい。」
トーヤも上品に味わいながら思わず笑顔をこぼす。
アインはというと、膨らんだスフレに向かってそっと微笑みかけていた。
「あなた、とっても甘くて良い匂いね〜。私たちを笑顔にしてくれて、ありがとう〜。」
「母さん、ついにスイーツにまで話しかけれるようになったの……?」
ソーヤが呆れ半分、尊敬半分でため息をついた。
セレスティアは自分のスフレには手をつけず、リルの反応をじっと窺っていた。
「リルちゃん、美味しい?」
リルはスプーンを口に含んだまま、信じられないというように目を見開いた。
「……うん。こんなに甘くて、ふわふわで、あったかいもの……私、初めて食べた……。」
「よかった♪ まだまだ王都には美味しいものがいっぱいあるからね!」
セレスティアは、まるで自分のことのように嬉しそうに笑った。
◆
次に訪れたのは、天を突くようにそびえ立つ王都の巨大図書塔だった。
吹き抜けになった塔の内部には、見上げるほど高く本棚が連なり、無数の魔導灯が蛍のように静かに宙を舞って空間を照らしている。
「ここはね、王国中……ううん、大陸中の知識と歴史が集まっている場所なの。」
セレスティアが誇らしげに腕を広げる。
リルはゆっくりと歩き出し、一番近くにあった古びた革表紙の本にそっと指先を触れた。
「……こんなにたくさん……。」
「“庭”とは全然違うでしょ?」
セレスティアが隣に並んで微笑む。
「うん……。世界って……こんなにも広くて、いろんなお話があるんだね。」
リルの声は、圧倒されたような、どこか途方もない広さに震えているようだった。
すると、アインがふんわりとリルの背中に寄り添い、優しく抱きしめた。
「リルちゃん。あなたがまだ知らない素敵な世界、外にはまだまだいーっぱい広がっているわよ〜。」
「……うん。」
リルは、その本をまるで大切な宝物のように胸に抱きしめた。
◆
夕暮れ時。
茜色に染まる王都の中央広場では、楽団が賑やかな演奏を始めていた。
一日の労働を終えた人々が音楽に合わせてステップを踏み、笑い合い、グラスを合わせている。
リルはその光景を広場のベンチから見つめ、ぽつりと呟いた。
「……こんなに人がたくさんいて、にぎやかで、あたたかい場所……私、初めて。」
セレスティアはリルの手を両手で包み込むように握り、真っ直ぐな瞳で言った。
「リルちゃん。あなたはもう、暗くて静かな庭にひとりぼっちじゃないわ。」
リルは驚いたようにセレスティアを見つめる。
「私がいるし、ウェーノ家のみんなもいる。村のみんなだっているわ。あなたはもう、私たちの大切な“家族みたいな存在”なのよ。」
リルの大きな瞳から、じわっと涙が滲む。
「……セルティ……。」
「何か困ったことや、寂しいことがあったら、必ず一番に私に相談するのよ。あなたは私の大事な、たった一人の妹なんだから!」
リルは袖でそっと涙を拭い、嬉しそうに、そして力強く頷いた。
「……うん。ありがとう……セルティ。」
セレスティアは満面の笑みを浮かべ、妹をぎゅっと力強く抱きしめた。
石畳が魔導灯のオレンジ色に染まり、王都の夜がゆっくりと幕を開ける。
「今日はいろいろ見て回れて、本当に楽しかったわね〜。」
アインが満足そうに微笑む。
「王都って、すごい……。また来たいな。」
リルは興奮が冷めない様子で、セレスティアの手をしっかりと握っていた。
「ふふん、当然よ。王都は私の庭みたいなものだもの! これぐらいでよければ、お父様の目を盗んでいつでも案内するわ!」
(王女様、どうかそれだけはやめてください……!)と背後でミーナが密かに血の涙を流していたが、その声は誰にも届かなかった。
今日もまた、リルの思い出のキャンバスに、色鮮やかで温かいページがひとつ刻まれたのだった。




