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異世界ふぁみりぃ ~のんびり異世界生活~  作者: すぱ☆たま
アトレイア王国

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第24話 王城料理長、敗北す

王都アトレイア・セントラル。

堅牢な王城の白壁は、爽やかな朝日に照らされ、まるで黄金のように気高く輝いていた。


昨日、ウェーノ家が規格外の黒竜・クロの背に乗って王都へ直接乗り込み、王都全体が大パニックに陥った騒ぎは、まだ人々の記憶に新しい。

城下町では今もなお、


「真っ黒い巨大なドラゴンが空を飛んでいたぞ! ついに魔王軍の襲来か!?」


「いや、俺は見たぞ! 城に降り立った後、あれはスッと小さくなった! 子どものトカゲみたいだった!」


「むしろつぶらな瞳で、ちょっと可愛かったぞ!」


と、混乱と謎の興奮が入り混じった声が街角のあちこちで飛び交っている。


そんな騒々しい外の空気とは裏腹に——

王城の地下にある広大な厨房は、朝からピリピリとした異様な緊張感に包まれていた。


「……本当に、あの噂の異世界の家族が城に来ているのか?」


「ああ。しかも、美食家の王女殿下が“毎週お忍びで通うほどの絶品料理”を作る母親がいると……?」


「信じられん……。平民の、しかも片田舎の主婦の料理が、王室の味を超えるなど……。」


数十人の料理人たちが不安げにざわつく中、王城の厨房を束ねる王城料理長・バルムは、腕を深く組み、厳しい表情で立ち尽くしていた。

王国随一の技術と味覚を持つ料理人。

国王陛下の食卓をすべて任される男。

その舌と腕に対する誇りは、岩のように揺るぎないものだった。

——だが。


「王女殿下が、あの田舎村のアインさんという方の手料理は”世界一”だと仰っていた……。」


その屈辱的な報告を耳にした瞬間、バルムの整えられた眉が怒りでぴくりと動いた。


「……世界一、だと?」


「は、はい……。殿下は“王城の堅苦しい料理よりずっと美味しい”とも……。」


厨房の空気が一瞬にして絶対零度に凍りつく。

バルムはゆっくりと振り返り、包丁の刃のように冷たく低く呟いた。


「……王城料理長として、その評価、聞き捨てならんな。」


彼の瞳の奥には、誇りをかけた静かな、しかし激しい闘志が宿っていた。



昼前、王城の豪華な応接室で、レオニス国王は向かいのソファに座るアインに向かって、非常に申し訳なさそうに深く頭を下げた。


「アイン殿。城に来て早々、突然で大変恐縮なのだが……ひとつ、そなたに頼みがある。」


「なんでしょう〜? 私にできることなら何でも構いませんよ〜。」


アインはいつものふんわりとした柔らかな笑顔で答える。


「……実は、我が王城の料理長が、そなたのその“世界一”と称される料理を、どうしても“味わいたい”と申しておってな。」


「まぁ〜。プロの料理人さんに食べてもらえるなんて、嬉しいわ〜。」


「ただ……料理長のバルムは非常に誇り高い男でな。自身のプライドをかけて、“料理勝負”のような形になるかもしれんのだが……構わないだろうか。」


「料理勝負……? ふふ、なんだかお祭りみたいで面白そうね。」


アインがのんきに首をかしげていると、その横でセレスティアが「待ってました。」とばかりに勢いよく手を挙げた。


「お父様! それは絶対にやるべきですわ! アインさんのご飯は、本当に魔法のようにすごいんですもの! お父様だってあの味の虜になったじゃありませんか!」


隣に座るリルも、小さな手で口元を隠しながら小声でクスクスと笑う。


「セルティは、アインのご飯が本当に大好きだもんね。」


「もちろんよ! リルちゃんもでしょ?」


「……うん。アインのシチュー、すごく美味しいから。」


二人はまるで本当の姉妹のように顔を見合わせて微笑み合った。その微笑ましい光景の横では、侍女のミーナが再び頭を抱えていた。


(……また、厄介で面倒なことに巻き込まれていく……。バルム料理長のプライドが粉砕されなければいいのですが……。)



かくして、王城の巨大でピカピカに磨き上げられた厨房の特設コンロで、アインとバルムが向かい合うこととなった。

バルムは研ぎ澄まされた鋭い眼光で、エプロン姿の場違いなアインを見据える。


「アイン殿。王城料理長としての全プライドをかけて、全力で挑ませてもらう。」


「はい、よろしくお願いします〜。お手柔らかにね〜。」


アインはどこまでもマイペースににこにこしている。


(このプレッシャーの中での、この余裕……! ただ者ではない……!)


バルムは内心でギリッと歯を食いしばり、調理を開始した。


数十分後。

出来上がったバルムの料理は、王城の粋と誇りをかけた至高の一皿だった。

王国でも限られた貴族しか口にできない最高級の魔牛の肉を使用し、希少な香草と極上の発酵バターで丁寧に、肉汁を閉じ込めるように焼き上げた極厚のステーキ。

そこに添えられたソースは、数十年間継ぎ足されてきた王家秘伝の濃厚な赤ワインソースである。


「……完璧だ。これぞ私の最高傑作。」


その芸術品のような艶と香りに、周囲で見守る料理人たちがごくりと息を呑んだ。

一方で、アインが作ったのは——

大きめに切った野菜がゴロゴロと入った、ごく普通の家庭的な風合いのクリームシチューだった。


「……シチュー?」


「王城料理長の本気のステーキ相手に、庶民のシチューで挑むというのか……?」


ざわつく料理人たち。バルムは怪訝そうに眉をひそめた。


「アイン殿……。あなたは、本気なのか?」


「はい〜。うちの家族も、村のみんなも大好きな、一番ホッとする味なんです〜。」


アインは湯気の立つ鍋を、コトッとそっとテーブルに置いた。

その瞬間——

ふわり、と厨房の張り詰めた空気が一変した。

鍋から立ちのぼる香りが、ふんわりと空間全体に広がる。それは、ただ食欲をそそる匂いではない。

優しく、温かく、幼い頃に母親に抱きしめられた時のような、どこか懐かしくて泣きたくなるような香りだった。

バルムの険しい表情が、その香りを嗅いだ瞬間にわずかに揺れた。


(……なんだ、この香りは……? なぜか、目頭が熱くなるような……?)


審査役は、レオニス国王、セレスティア王女、そして厳格で知られるラザルド宰相の三人である。

まずは、バルムのステーキが振る舞われた。

ナイフを入れた瞬間に溢れる肉汁に、三人は感嘆の声を上げる。


「……うむ。相変わらず見事な焼き加減と深い味わいだ。余の舌を満足させる完璧な味ぞ。」


「美味しいですわ、お父様。ソースのコクがたまりません。」


「さすがはバルム殿。王国の至宝と呼ぶにふさわしい見事な腕前ですな。」


バルムは胸を張り、一礼した。


「勿体なきお言葉。料理長として、当然の仕事をしたまでです。」


次に、アインのシチューがそれぞれの皿に取り分けられた。

セレスティアがスプーンですくい、とろみのあるシチューを口に運んだ瞬間——


「……っ……!」


彼女の瞳が、驚きと感動で限界まで大きく開かれた。


「な、なにこれ……! 何度食べても、やっぱり美味しい……!」


厳格なラザルド宰相も、一口食べて、信じられないものを見たかのように息を呑んだ。


「……なんて……あったかいんだ……。日々の政務で冷え切っていた身体の奥底まで、温もりがじんわりと染み込んでいく……。涙が出そうだ……。」


レオニス国王に至っては、一口食べた後、目を閉じて静かにスプーンを置いた。


そして、ゆっくりと目を開き、深く息を吐いた。


「……アイン殿。」


「はい〜?」


「これは……もはや、ただの料理ではない。」


「えっ?」


「これは、“癒し”そのものだ。」


国王の声は、深い感動で微かに震えていた。


「一口食べた瞬間、長年背負ってきた王としての重圧や、心の強張りが、スゥーッとほどけていくのがわかる……。まるで、世界そのものの優しさに、優しく抱きしめられているような感覚だ……。」


絶賛の嵐に、アインは両手を頬に当てて照れたように笑った。


「ふふ、みんながこれを食べて、少しでもホッとして元気になってくれたら嬉しいな〜って思って、心を込めて作っただけですよ〜。」


その飾り気のない純粋な言葉を聞いて、バルムはハッと息を呑んだ。


(……食べる相手の幸せを願い、料理に“想い”を込める……? 技術や見栄えばかりを追い求め……私は、そんな料理人としての当たり前の原点を……一体いつから忘れてしまっていたのだ……?)


バルムはゆっくりとアインの前に進み出ると、プライドを捨ててその場に膝をつき、深く頭を垂れた。


「……アイン殿。私の負けだ。」


「えっ、そんな、勝負なんて最初から……!」


「いや……技術ではない、料理人としての魂の完敗だ。そなたの料理は……理屈を超えた、“世界に愛される味”だ。」


アインは困ったように眉を下げて笑った。


「そんな大げさな〜。ただの家庭料理ですって。」


「決して大げさではない。認めよう、あなたの料理が世界一だ。」


バルムは顔を上げ、すがるような真っ直ぐな目でアインを見つめた。


「どうか……私に教えてほしい。“食べた誰かを心から幸せにする料理”というものを。一から学び直させてくれ!」


アインは少しだけ考え、ポンと手を叩いて——


「いいですよ〜。せっかくだから、みんなで一緒に楽しく作りましょう〜。」


と、いつもの春風のような柔らかな声で答えた。

バルムの厳格な瞳に、一筋の温かい涙が浮かんだ。


「……感謝する……!」



その日を境に、王城の厨房には全く新しい、温かい風が吹き始めた。

若手からベテランまで、すべての料理人たちがアインの教えを受け、ただの“味の良さ”だけでなく、食べる者の笑顔を想像して“想い”を込めることの大切さを学んだ。

その結果、王城で出される料理は、以前の堅苦しいものよりも格段に優しく、心温まるものへと進化していった。

数日後の夕食会で、セレスティアは満面の笑みで言った。


「アインさん! 最近、王城のお料理がどんどん美味しくなってますわ! 毎日食べるのが楽しみなんです!」


リルも、隣で美味しそうにスープを飲みながら嬉しそうに頷く。


「うん。アインのおかげだね。すっごくあったかい味がする。」


ミーナは、幸せそうに食事をする王女を見守りながら、深いため息をつきつつも、どこか誇らしげな表情を浮かべていた。


「……色々と問題は起こしますが、本当に、すごいお方です……。」


レオニス国王は、ワイングラスを傾けながら、静かに呟いた。


「アイン殿。そなたは……間違いなく、我が王国の宝だ。」


アインは、いつものように照れながらふんわりと笑った。


「もう、みなさんったら。そんなことないですよ〜。」


だが、王城の誰もが心の底から確信していた。

——アインの優しさが詰まった料理は、世界を変える力を持っている。

そしてその温かさは、今日もまた、食べた誰かの心を密かに救っているのだと。


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