第23話 ウェーノ家、王都へ!
アトレイア王国の王都、アトレイア・セントラル——
重厚な扉の奥、玉座の間にて、国王レオニス三世は玉座に深く沈み込み、あろうことか頬をぷくっと膨らませていた。
「……セレスティアが、まだ帰ってこぬ……。」
周囲に控える侍従たちは、気まずそうに顔を見合わせた。威厳ある国王が、子どものように“拗ねている”のは、極めて珍しい光景だったからだ。
「陛下……王女殿下は、例のウェーノ村にて、アイン殿の手料理を召し上がりながら大変安全に過ごされているとの報告が……。」
「安全なのは分かっておる! それが問題ではない! 問題なのは……。」
レオニスは玉座の肘掛けを強く握りしめ、ギリッと歯ぎしりをした。
「実の父であるこの私より、あの村の居心地の良さを優先しておることだ! 悔しいではないか!」
侍従たちは全員、スーッと目をそらした。
◆
その頃、ウェーノ村では——
「セルティ、こっちこっち! 秘密の抜け道見つけたよ!」
「待ってリルちゃん! そんなに急がないで! ドレスが木の枝に引っかかっちゃう!」
リルとセレスティアは、まるで本当の仲良し姉妹のようにしっかりと手をつなぎ、村の森の中を駆け回っていた。
エルフの家が生き物のように動くのを見ては歓声を上げ、獣人の子どもたちと一緒に泥だらけになって走り回り、マーメル族の美しい水上コーラスに耳を傾け、トレント族の長老に甘い木の実をもらい、オートマト族のノクスに謎の光線で解析されかけ——。
「王女様ぁぁぁぁぁ! 走らないでください! 転びます! 危険ですからぁぁぁぁ!」
侍女のミーナは、今日も髪を振り乱しながら絶叫していた。
そんな微笑ましい?光景を縁側から眺めながら、アインは笑顔で温かい紅茶を淹れていた。
「今日も仲良しね〜。姉妹って、賑やかでいいわね〜。」
リルは遊びの合間に縁側に戻ってくると、少し照れながら微笑んだ。
「……うん。セルティと一緒にいると、胸がずっとあったかくなるの。」
「リルちゃん……。」
セレスティアもリルの隣に座り、二人はぎゅっと手を握り合った。
息を切らして追いついたミーナはその尊い光景を見て、天を仰いだ。
(……これ、絶対に今日も帰らないパターンだ……。また陛下がお小言を……。)
◆
そして、王都の玉座の間では——
「……セレスティアが、未だに帰ってこぬ。」
「陛下、もう三日連続のお泊りでございます。」
「三日!? いくら何でも長すぎる!」
レオニスはガタッと玉座から立ち上がった。
「こうなれば……こちらからウェーノ家を王都に招待する! 彼らを城に呼べば、娘も戻ってくるはずだ!」
侍従たちは一斉にざわついた。
「陛下、王都に……あの人知を超えた村の住人を……!? 王都がパニックになります!」
「違う! 呼ぶのはウェーノ家だけだ! 他の種族は置いてこさせろ!」
(それでも十分に、あの家族だけで国家転覆レベルに危険なのだが……。)
侍従たちの心の声をよそに、王は命令を下した。
「直ちに迎えの馬車を出せ! 王家が持つ最高級の馬車を向かわせるのだ!」
◆
翌朝。
ウェーノ家の庭先に、白馬がひく豪華絢爛な王家の馬車が到着した。
「ウェーノ家の皆様、国王陛下より、王都への直々のご招待です!」
使者の言葉に、トーヤは目を丸くして驚き、アインはパチンッと嬉しそうに手を叩いた。
「まぁ〜、王様が私たちを? 光栄ね〜。」
ソーヤとユーヤの兄弟は顔を見合わせてニヤリと笑う。
「王都! すっごく楽しそうじゃん! 珍しい素材がいっぱいあるかな。」
「王都ってRPGの中心地だよね! ギルドの本部とか、ゲームの街っぽいイベントあるかな!」
しかし、一家の主としてトーヤが現実的な問題に気付いた。
「だが、馬車で王都まで行くとなると……片道で一日半、かなり時間がかかるな。途中になってる仕事もあるし、あまり家を空けたくないのだが……。」
トーヤが呟いた瞬間、足元にいたクロが「任せろ!」と言わんばかりに誇らしげに胸を張って鳴いた。
「キュアァ!」
アインがクロの頭を優しく撫でながら微笑む。
「あら、クロちゃん、みんなを乗せて王都までひとっ飛びできるの?」
「キュイッ!」
ソーヤが苦笑しながら頷く。
「……まぁ、馬車より絶対早いし、楽だよね。」
その会話を聞いた瞬間、ミーナの顔からさぁっと血の気が引いて青ざめた。
「ま、まさか……あの、クロさん……ドラゴンに乗って空を飛んで行くおつもりですか……?」
対照的に、セレスティアは満面の笑みでバンザイをした。
「名案ね! もちろんクロで行くわ! 狭い馬車に揺られるより、その方が絶対楽しいもの!」
ミーナはその場に膝から崩れ落ちた。
「……私……今日……無事に生きてお城に帰れるかしら……。」
そして——
クロが「キュウゥゥ……。」と力を溜め、本来の古代黒竜の姿へと巨大化した。
ドォォォォン!
「キュアァァァァァ!!」
その圧倒的な威圧感と巨体に、迎えに来ていた王家の馬車の馬たちが一斉に悲鳴を上げて手綱を振り切り、逃げ出してしまった。
護衛の騎士たちは全員腰を抜かして震え上がった。
「な、な、な……なんだあの巨大生物は!? 家よりデカいぞ!」
「古代黒竜……!? なぜこんなところに……!」
しかし、村の住民たちは完全に慣れたもので、恐怖の悲鳴一つ上げず、
「お、クロちゃん今日も元気ね〜。いってらっしゃい!」
「キュイ!」
とのんきに手を振って見送っていた。
◆
ウェーノ一家とリル、セレスティア、そして気絶寸前のミーナを背中の特製シートに乗せたクロは、強靭な翼を羽ばたかせ、一気に大空へ舞い上がった。
「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ミーナの鼓膜を破るような悲鳴が、青空に虚しく響く。
一方で、セレスティアはクロから見下ろす絶景に大はしゃぎだ。
「すごいスピード! 王都の尖塔が、もうあっという間に見えてきたわ!」
リルはクロの背のシートにしっかりと捕まりながら、眼下に広がる広大な景色を見て微笑んだ。
(……空って、こんなに広くて、気持ちいいんだ……。)
アインはのんびりと眼下の雲の景色を楽しみ、トーヤは風魔法でバリアを張りながら安全確認に努め、ソーヤとユーヤは「城下町だ!」「城がでっかい!」とテンションが上がりまくっていた。
◆
そして——
クロが王都上空に到達し、その巨大な影が城下町を覆った瞬間。
王都アトレイア・セントラルは、前代未聞の大混乱に陥った。
「こ、黒竜だぁぁぁぁぁぁ!! 空から黒竜が攻めてきたぞ!」
「王城に向かって一直線だ! 迎撃態勢をとれ!」
「早く避難しろぉぉぉ!! 国が滅ぶぞ!」
「いや待て! 魔法望遠鏡で見ろ! あれ……背中に人が乗ってないか!?」
「人が乗ってる!? 誰だ、あんな化け物を操る魔王は!?」
「……お、王女殿下!? 第一王女殿下だ!」
「なんだって!? 王女殿下が黒竜に攫われてるぅぅぅぅぅ!!大至急救出部隊を編成しろ!」
「違う!よく見ろ!攫われてるんじゃない、めっちゃ楽しそうに地上に向かって手を振っておられる!!」
「一体どういう状況だぁぁぁぁ!!」
王都全体が阿鼻叫喚のパニックに陥る中、クロはバサァッと優雅に翼を広げ、王城の正面広場へと静かに着地した。
ドォォォォン!
着地の風圧で盛大に砂煙が舞い上がり、城内から騎士団が総出で武器を構えて駆け寄ってくる。
「王女殿下ぁぁぁぁ!! ご無事ですかぁぁぁ!!」
セレスティアはドラゴンの背中からひょっこりと顔を出し、満面の笑顔で手を振った。
「みんな、ただいま〜。とっても快適な空の旅だったわ!」
その後ろで、ミーナはシートに崩れ落ち、完全に魂が抜けて白目を剥いていた。
「……もう……お嫁に行けない……無理……。」
そして、大急ぎで広場に飛び出してきたレオニス国王は、ウェーノ一家を見て、震えながら呟いた。
「……まさか……本当に……黒竜の背に乗って……空から来たのか……。」
トーヤは少しだけ申し訳なさそうに、苦笑しながら頭を下げた。
「馬車より断然早くて、乗り心地も良いものですから……お騒がせしてすみません。」
レオニスは、自分の胃がキリキリと痛むのを感じながら、深々と天を仰いだ。
「……ウェーノ一家よ……。そなたたちは……本当に……私の理解が及ばぬほど、規格外だな……。」
こうして、ウェーノ家の“王都訪問”は、王国史に永遠に語り継がれるであろう大騒動として、華々しく?幕を開けたのであった。




