第22話 王女、村に通い詰める!
アトレイア王国の王都からウェーノ村までは、普通の馬車を乗り継いで一日半。往復では丸三日はかかる計算になる。
本来なら、一国の王女が休日のたびに気軽に来られるような距離では決してない。
——だが。
「アインさ〜ん!また来ちゃいました♡」
「まぁ〜、セレスティアちゃん。いらっしゃい〜。」
王女は、懲りずに翌週の休日も朝一番にやってきた。
しかも、王家専用の『高速魔導馬車』を勝手に持ち出して。
これは莫大な魔力を消費する代わりに、通常の馬車の三倍の速度で荒野を爆走する、王族の緊急時専用のチート乗り物である。
到着するなり、侍女ミーナは馬車の横で激しい乗り物酔いと精神的疲労により、膝から崩れ落ちていた。
「……王女様……。」
「“お忍びの観光”で、国家の緊急事態にしか使わない高速魔導馬車を使うのは……完全に反則です!」
「だって、普通の馬車じゃ時間がかかってもったいないんだもの。」
「“時間がかかる”のが普通の世界なんです!」
ミーナの悲痛な悲鳴は、今日も村の青空に吸い込まれていった。
◆
セレスティアとミーナがいつもの不毛な掛け合いをしていると、ふわりと空間の空気が揺れ、紫色の空から降りてきたかのように、白い髪の少女——リルが姿を現した。
「こんにちは。」
その神秘的な姿に、セレスティアはぱっと顔を輝かせた。
「あなたが……噂のリルちゃん!?」
「え……?」
「“隙間の庭”の守り人なんでしょ? アインさんからお話は聞いてたわ。ずっと会ってみたかったの!」
リルは王女の勢いに少し驚きながらも、丁寧に頭を下げた。
「はじめまして。リルです。」
「かわいいぃぃぃ! 白い髪、とっても綺麗!」
セレスティアはリルの細い手を取って、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。
「ねぇ、リルちゃん。私、もっとこの村のこと知りたいの。案内してくれない?」
「えっ……あ、うん……いいよ。」
最近はウェーノ家や村の他種族たちとすっかり仲良くしているリルだったが、自分と同年代の人間の女の子と触れ合うのはこれが初めてだった。圧倒されつつも手を引かれるリルの様子を見て、ミーナは頭を抱える。
(王女様……初対面なのに距離が近すぎます……!)
◆
村の中を歩く二人の姿は、見ているこちらが微笑ましくなるほど、まるで昔からの仲の良い姉妹のようだった。
「わぁっ! この花、すごく綺麗ね! 光ってるみたい!」
「それは“香り草”だよ。エルフの人たちが植えてくれたの。触る人の感情で、香りが変わるんだって。」
「えっ、すごい! 触ってもいい?」
「もちろん。」
セレスティアがそっと花びらに触れると、彼女の好奇心と弾む心を表すかのように、甘く爽やかな香りがふわりと風に乗って広がった。
「わぁ……! いい匂い!」
リルはその無邪気な笑顔を見て、嬉しそうに微笑んだ。
(……姉妹って、きっとこんな感じなのかな。誰かと手をつないで歩いたり、同じものを見て一緒に笑ったり……。こんなに楽しいことなんだ。)
遠くからその様子を見ていたアインはほっこりと微笑み、トーヤは苦笑しながら呟く。
「仲良くなるのはいいことだが、セレスティアが村に馴染みすぎているな……。」
◆
一方、その裏でミーナは生き地獄を味わっていた。
「王女様! そのトレントの木は勝手に動きますから下敷きになります! 危険です!」
「王女様! 池に近づきすぎるとマーメル族の悪ふざけで水中に引きずり込まれます! ドレスが濡れます!」
「王女様! その銀色の鉄の人はオートマト族です! 触ると勝手に身体情報を解析されます!やめてください!」
「王女様! 獣人の子どもたちと全力で競争しないでください! 身体能力が違いすぎて絶対に勝てません!」
「王女様! 王女様ぁぁぁぁぁぁ!!」
ミーナは泥だらけになりながら村中を走り回り、叫び続けていた。
その悲惨な状況を見かねたエルフの長老が、優しくお茶を差し出しながら声をかける。
「ミーナ殿、顔色が優れませんな。少し休まれては?」
「休めるわけないでしょう!? 王女様が自由すぎるんです! 目を離したら何をするか分かったものではありません!」
その様子を見て、ハンマーを持ったドワーフのダグルスがガハハと笑う。
「いいじゃねぇか。姫様、泥んこになって最高に楽しそうだぞ?」
「王族が泥んこになって、私は一ミリも楽しくありません!」
ミーナの魂の叫びは、再び平和な村に虚しく響き渡った。
◆
夕暮れ時。茜色に染まる空の下、リルとセレスティアは、村を一望できる小高い丘の上に並んで座っていた。
「ふぅ……。今日はすっっごく楽しかった! お城にいるよりずっといいわ!」
「うん……私も。」
リルは風に揺れる白い髪を押さえながら、少し照れたように言う。
「村のみんなと過ごすのも毎日楽しいけど……セレスティアと一緒だと、なんだか特別なんだ。」
「特別?」
「うん。なんていうか……お城で育ったセレスティアと、境界の庭で一人だった私。全然違うはずなのに、“姉妹って、こんな感じなのかな”って思うの。」
セレスティアは驚いて目を丸くしたあと、ぱぁっとひまわりのように笑った。
「じゃあ、今日から私たち、本当の姉妹ね!」
「えっ……?」
「リルちゃんは私の可愛い妹! 私はリルちゃんの頼れるお姉ちゃん! これで決まり!」
リルの目が大きく見開かれ、そして、瞳の奥にじわっと温かいものが滲んだ。
「……うん。」
小さく、でも確かに、心からの笑顔で微笑んだ。
そのあと、セレスティアは少し照れたように頬をかきながら言った。
「ねぇ、リルちゃん。」
「なぁに?」
「“セレスティア”って呼ぶの、少し長いでしょ? 堅苦しいし。」
「……うん。ちょっとだけ、呼びにくいかも。」
「じゃあね——“セルティ”って呼んでいいわよ。」
「セルティ?」
「そう。リルちゃんにだけ許す、私の特別な愛称よ。」
リルの胸が、ぽわっと温かく膨らんだ。
「……うん。ありがとう、セルティ。」
セレスティアは心底嬉しそうに微笑んだ。
「うん♡」
◆
すっかり暗くなった帰り道の、高速魔導馬車の中。
セレスティアは遊び疲れてまどろみながらも、満足げに笑っていた。
「今日も最高の一日だった〜♡」
「……王女様。」
向かいの席に座るミーナの声は、もはや幽鬼のように震えていた。
「はい?」
「……来週も、行くおつもりですか……?」
「もちろん!リルちゃんと約束したんだから!」
ミーナは絶望と共に天を仰いだ。
「……私……もう……心労で限界かもしれません……。」
「ミーナ、どうしたの? 疲れた? 大丈夫よ、私、来週はちゃんと気をつけるから。」
「毎回そう言って大暴走する気満々じゃないですか! 気をつける気がない人の言葉ですそれは!!」
夜の静寂を切り裂くように、馬車の中にミーナの悲鳴がこだました。
◆
そして、翌週。
ウェーノ家の前に、またしても豪華な高速魔導馬車がピタリと止まった。
「アインさ〜ん! 約束通り、また来たわよ〜!」
「まぁ〜、セレスティアちゃん。いらっしゃい〜。」
ミーナは馬車の横で、魂が半分口から出たような状態で立っていた。
「……今日も……地獄が始まる……。」
クロが、そんな彼女の足元にトコトコと歩み寄り、心配そうに見上げて鳴く。
「キュイ……。」
こうして、王女の“ウェーノ村への通い詰め生活”は、誰にも止められない本格的なルーティンとして定着してしまったのであった。




