第20話 訪問者は王女様!?
多種族の移住ラッシュにより爆誕したウェーノ村(仮)ができて数日。
エルフの魔法建築、ドワーフの重工業、獣人のアスレチック、マーメル族の水路網、オートマト族のハイテク監視塔、トレント族のテラフォーミングが入り乱れ、村は日に日に“国家級のカオス”へと進化を遂げていた。
そして——
その異常すぎる発展の噂は、風に乗り、商人たちの噂を介して、はるか遠くアトレイア王国の王都にまで届いていた。
【アトレイア王国】は、リベルタスの北東に位置する広大な領土を持つ大国だ。
リベルタスの街から王国の南端の国境まで馬車で丸一日、そこから王都【アトレイア・セントラル】の王宮までさらに半日という、決して近くはない距離にある。
◆
「……もう一度、最初から報告せよ。」
王宮の荘厳な謁見の間で、アトレイア王国国王・レオニス三世は、額を押さえながら、使者に聞き返した。
「ハッ!再度申し上げます!リベルタス近郊の平原に、突如として“多種族混合の巨大な村”が出現したとのことです!」
「多種族混合……。」
「はい!エルフ、ドワーフ、獣人、マーメル族、そして伝説のオートマト族やトレント族までもが共存していると……!」
「……おとぎ話の種族会議か何かか?」
「いえ、完全に生活基盤を持った”村”です!」
レオニスは深いため息をつき、頭を抱えた。
「しかも、その村の中心に住み、彼らを束ねているのは“異世界から来た家族”だという噂が……。」
「異世界の……家族!? 軍隊ではなく!?」
「はい! 詳細は掴みきれておりませんが、父は全属性を極めたSS級の魔法使い、母は世界そのものと会話する神話級のテイマー、長男は無から万物を生み出す創造神の如きスキルを持ち、次男は異次元から未知の怪物や武器を召喚する能力を有するとのことです!」
レオニスはガタッと玉座から立ち上がった。
「それは……もはや国家レベル、いや、大陸崩壊レベルの脅威ではないか!?今すぐ討伐隊を……。」
「いえ、お待ちください!報告によれば、当人たちは“心から平穏なスローライフを望む、非常に優しくアットホームな一家”だそうです。近隣の街でも慕われているとか……。」
「……それは誠なのか……?」
(神話級の力を持ちながら、多種族と仲良く農業をしている異世界人……。平穏を望んでいるとのことだが、もし機嫌を損ねれば我が国など一瞬で灰燼に帰す力……。そのまま放置してよいものか……。)
レオニスは胃の痛みに耐えながら思案した。
「ご苦労であった。下がれ。」
使者を下がらせた後、レオニスはすぐさま騎士団長と宰相を呼び出し、緊急の対策会議を開くよう指示を出した。
(正か邪か。どの程度の力を持つのか、王として見極めるねばなるまいな……。)
◆
その深刻な報告の一部始終を、謁見の間の太い柱の影からこっそり覗き見している人物がいた。
第一王女のセレスティアである。
(異世界人!? しかも最強の家族!? なんてロマンチックなのかしら! ぜひ、直接お会いしてお話してみたいわ♡)
セレスティア王女は、世間からは『女神の生まれ変わり』と讃えられるほどの気品と絶世の美貌を持っていたが、その実態は、溢れ出す好奇心を抑えきれない超絶行動派のお転婆娘であった。
今までもその好奇心ゆえに数々の騒動を引き起こしてきた前科がある。
そして、今回も——
「ミーナ!さっきの話、聞いてたわよね?さっそくその”村”に向かうわよ!」
「……もちろん、お父様には内緒でね♡」
自室に戻るなり、セレスティアは長年付き従う凄腕の侍女・ミーナに外出の支度を急がせた。
(……また始まった。この方の好奇心は本当に国を滅ぼしかねないわ……。)
ミーナは心の中で深いため息をつきながらも、顔色一つ変えずに「かしこまりました。」と一礼し、手際よく、かつ極秘裏に外出の準備を整えた。
(どんな素晴らしい村なのかしら! 楽しみだわ!)
はやる気持ちをなんとか貴族のドレスの内に抑え込みながら、セレスティアは王家特注の豪華な馬車に乗り込んだ。
◆
その頃、ウェーノ一家は、いつものようにカオスに発展し続ける村の中をのんびりと散策していた。
すると、村へと続く街道から、砂煙を上げて一台の馬車がやってきた。
「え? なんかすごいの来たよ!? ピカピカ光ってる!」
「おい、あれはアトレイア王族の紋章じゃないか!? なぜこんな辺境に!」
ユーヤが目を丸くし、エルフや獣人も何事かとざわつく中、馬車の扉が開き、荘厳な雰囲気をまとったセレスティア王女が優雅に降り立った。
侍女のミーナが氷のように澄ました顔でその後ろに控える。
「ここが……噂の村なのね!?」
しかし、優雅だったのは降り立つ一瞬だけだった。
セレスティアの目は、好奇心で完全にキラキラと輝いていた。
「すごいわ! 森の家が呼吸するように動いてる!あっちには炎を噴く巨大な工房!池からは美しいマーメル族が!? えっ、あれは……伝説の動く鉄の古代人!?」
「王女様。少しお声が大きいです。落ち着いてください……。」
「ミーナ、この光景を見て落ち着いてなんかいられるわけないじゃない!」
ミーナが小声で諭すも、セレスティアの興奮はすでにレッドゾーンに突入していた。
ほどなくして、ウェーノ一家が王女の前に進み出た。
しかし、彼らの面持ちには珍しく緊張の色が伺えた。
それもそのはず、事前にリベルタスのギルドネットワーク経由で『王女がお忍びで向かっている』という情報が入っていたからだ。
「初めまして、王女殿下。お初にお目にかかります、ウェーノ・トーヤと申します。」
「そして、こちらが妻のアイン。息子のソーヤとユーヤにございます。」
トーヤの挨拶に合わせて、一家が恭しく、完璧な礼法でお辞儀をする。
「まぁ〜! あなたたちが噂の異世界家族ね! お話は色々と聞いているわ!」
セレスティアはパタパタと扇子を広げ、ニコッと笑った。
「今日はお父様もいないし、完全なお忍びで来ているから、堅苦しいご挨拶は結構よ。それよりも、この規格外の村のお話、たっぷりと聞かせてくださらない?」
「かしこまりました、王女様。それでは、まずは我が家へどうぞ。」
◆
とりあえず、王女と侍女の二人をリビングに通し、護衛の騎士たちは家の外で待機してもらうことになった。
ダグルスとフィーネが「王族だ!」と興味津々で窓から中を覗き込んでいるが、トーヤは気づかないふりをした。
「王女様。長旅でお疲れでしょう、お茶でもどうぞ〜。」
「ありがとうございます。」
本来、王族が平民の家で出されたものを毒見もせずに口にすることなどあり得ないのだが、セレスティアにはそんな常識は通用しなかった。
単純に、アインの淹れたハーブティーの極上の香りに我慢できなかっただけではあるが。
一口飲んだ瞬間、セレスティアの顔がパァッと花開くように輝いた。
「なっ!? このハーブティー、すっごくおいしい〜! こんな芳醇な香り、王室の専属茶師でも出せないわ!」
「ありがとう~。良かったら、こちらのお菓子も一緒にどうぞ~。」
アインがハーブティーのお供にと、ユーヤが召喚して冷蔵庫にストックしてあった色とりどりの『マカロン』を差し出した。
それを見たセレスティアのテンションが限界を突破する。
「こんな可愛らしいお菓子、見たことがないわ!」
ピンク色のマカロンを一口かじった瞬間、彼女はあまりの甘さとサクサクフワフワの食感に悶絶し、気付けば王族の淑女たる振る舞いも忘れ、マカロンを両手で口いっぱいに頬張っていた。
「ん〜〜〜っ!ほっへもほひひい!(とってもおいしい!)」
リスのように頬を膨らませて咀嚼するその姿を見て、ソーヤとユーヤの中の『おしとやかな王女様』という偶像が、ガラガラと音を立てて崩れ去った。
お皿にあったすべてのマカロンを秒速で平らげ、ハーブティーで流し込んで一息ついたセレスティアは、真剣な顔で身を乗り出した。
「アインさん!こちらの天国のような食べ物は、何というお菓子ですの!?」
「マカロンっていうんですよ〜。」
「マ・カ・ロ・ン……! ぜひ今度、うちの宮廷菓子職人にこの『マカロン』の作り方を教えて——」
「王女様、そこまでになさってください!」
マカロンのレシピ交渉に入ろうとするセレスティアを、ミーナが冷ややかな声でピシャリと制止した。
そして、これ以上話が脱線しないよう、トーヤに『頼むから話を本筋に戻してくれ』と目配せをする。
そのSOSを受け取ったトーヤが、こほんっと咳払いをした。
「王女様。今回はどのような御用向きで、はるばる我が家へお越しに?」
「そんなの、この村が世界で一番面白そうだからに決まってますわ!」
目をキラキラさせて、一片の曇りもない笑顔で答える王女。
「えっ!? ……ただ、それだけの理由でこんな辺境まで?」
「ええ! 何か問題でも?」
あまりにも想定外な、ただの観光目的という答えにトーヤが絶句していると、
「私、堅苦しいのは本当に苦手なの。セレスティアって、気軽に名前で呼んでくださる?」
と、さらなる爆弾発言を投下してきた。
「えっ!?」
さすがのトーヤも完全に固まった。
(いくらなんでも、一国の王女を呼び捨てにするのは不敬罪で首が飛ぶのでは……!?)
冷や汗を流しながらミーナの顔色をうかがうと、ミーナは死んだ魚のような目で、無言でこくりと頷いた。
どうやら、このお転婆王女はいつもこんな感じで、逆らうだけ無駄らしい。
心の中で特大のため息をつきながら、トーヤは腹を括って会話を続ける。
「……わかりました。それでセレスティアは、ここで何をしたいんだ?」
「とりあえず、この村の中を隅々まで見て周りたいわ!」
「そんなことでいいのか。じゃあ、今から案内しよう。」
トーヤが立ち上がると、窓の外で遊んでいたクロがバサバサと飛んで来て、トーヤの肩にちょこんと乗っかった。
それを見たセレスティアの目が、マカロンの時以上にカッと見開かれた。
「きゃあああ! ドラゴンの赤ちゃん!? かわいいぃぃぃ!」
「王女様、落ち着いてください。奇声を発しないで……。」
「もはや手遅れですが、王族の威厳が完全に失われています……。」
「威厳なんていらないわ! この村、最高よ!」
もはやミーナの制止すら耳に入らない制御不能状態だった。
ちなみに、赤ちゃん扱いされて頬ずりされたクロは、「キュウュ……。」と少しプライドを傷つけられ、ぷぃっと拗ねて顔を背けていた。
◆
トーヤたちは、総出でセレスティアとミーナを連れて村の中を案内して回った。
セレスティアは、
エルフの生きた建築技術に目を奪われて歓声を上げ、
ドワーフの工房の凄まじい爆音に鼓膜をやられて目を回し、
マーメル族の美しい大合唱にうっとりと心を奪われ、
獣人族の子供たちと一緒に泥だらけになってすべり台を滑り、
トレント族の巨大な姿に見下ろされて腰を抜かし、
オートマト族の観測塔のハッキングシステムの説明を聞いて、頭の上に大きな『???』を浮かべていた。
泥だらけで満面の笑みを浮かべた王女は、夕日を背に高らかに宣言した。
「この村は最高ね!」
「私、この村に住みたいわ! お城になんか帰りたくない!」
「それは絶対に認められません! 直ちにお戻りいただきます!」
王女の無茶な移住宣言は、氷の表情を崩さないミーナによって0.1秒で即却下された。
◆
一方、その頃。
アトレイア王国の王宮、謁見の間では——
「陛下!一大事にございます!王女殿下が……またしても行方不明に!」
「またか……。」
レオニス三世は、胃薬を握りしめながら天を仰いだ。
「して、今回はどこに向かったかわかっておるのか?」
「それが……どうやら馬車の轍を追うに……リベルタス方面へ向かったかと……。」
「リベルタス!? まさか、あの例の異常な“多種族村”ではあるまいな!?」
レオニスは恐怖でガタガタと震え上がった。
「……陛下のおっしゃる通り、例の村で間違いないかと存じます……。」
(まったく、あのじゃじゃ馬め!相手は国を単機で滅ぼせる未知の化け物ぞろいなのだぞ! まだ何の対策も、友好的な接触の準備すらできていないというのに……最悪の場合、娘が人質に……!!)
国王の頭の中は、最悪のシナリオで埋め尽くされていた。
「すぐさま騎士団長を呼べ! 精鋭部隊を編成しろ!」
「急ぎ、例の村に向けて我らも出立する!セレスティアを無事に連れ戻すのだ!」
こうして、ただマカロンを食べて泥んこ遊びを満喫しただけの王女の行動が引き金となり、国王自らが大軍を率いてウェーノ村(仮)へと進軍するという、かつてない規模の大騒動へと発展していくのであった。




