第18話 いつの間にか“村”ができていた件
リルの心は、これまでにないほど晴れやかだった。
影の少女との別れを経て《ツイン・メモリー》を受け継いでからというもの、”庭”の状態は信じられないほど安定している。
アインが毎日のように顔を出してくれるおかげで、孤独を感じる暇すらない。
「やっぱり、アインの力ってすごいな……。」
最近ではリルの方からもちょくちょくウェーノ家に遊びに行くようになり、ドワーフの親方ダグルスや、人魚のフィーネたちともすっかり打ち解けていた。
「よし、今日もみんなに会いに行こうっと♪」
鼻歌交じりに、ウェーノ家のリビングへと繋がるゲートをくぐったリル。
しかし、彼女の目に飛び込んできたのは、いつもの穏やかなスローライフの情景ではなかった。
ウェーノ家の裏手に広がる農場は、もはや「畑」の枠を完全に逸脱し、巨大な「開発予定地」と化していたのだ。
◆
まず、エルフ族が勝手に“森の区画整理”という名の大規模建築を始めていた。
「この辺り、マナの風の通りが素晴らしいですね。我々が定住する家を建てるなら、ここが最適です。」
「では、さっそく我々の“森の家”を作りましょう。」
エルフの若者たちがそう言うや否や、森の木々に何やら歌うように語りかける。
すると、巨大な樹木たちが自ら枝をくねらせ、あっという間にツリーハウスの形へと編み上がっていく。
アインがのんきに手を叩く。
「まぁ〜、木さんたちが勝手にお家を作ってくれてるわね〜。便利ねぇ。」
「いや母さん、それ“勝手に”じゃなくて、エルフが魔法で無理やり操って建築してるんだよ……。完全に無許可だけど。」
工具を手にしたソーヤが、冷や汗を流しながら呆れ返っている。
出来上がった見事な”森の家”を見上げ、エルフの長老は満足げに深く頷いた。
「ウェーノ家の近くは、自然の気配が最高に心地よい。ここに住むのは理にかなっているというものだ。」
(いや、勝手に住むこと決められても……。)
家主であるトーヤがたまらず口を挟もうとした瞬間、
「もちろん、皆様には一切ご迷惑はおかけいたしません! むしろ森の警備は我々にお任せを!」
と長老に深々と頭を下げられ、「……まぁ、それなら……。」と、あっさり押し切られてしまった。
◆
エルフたちが家を作り始めて数分後。
今度は森の奥から、ドォォン……ドォォン……と凄まじい地響きがして、山のように巨大な影がゆっくりと姿を現した。トレント族の長老・エルウッドである。
「……ここ……木々……とても……喜んでいる……。」
エルウッドは、エルフが作り上げたツリーハウスをじっと見つめ、丸太のような指でそっと触れた。
「……良い……風の通り……良い……日当たり……素晴らしい……。」
エルフの長老が誇らしげに胸を張る。
「トレントの長老殿に褒めていただけるとは光栄の極み。」
エルウッドはゆっくりと頷き、しかし重々しい声で続けた。
「……ただし……。」
「ただし……?」
「……このままでは……根が……地中で絡まり……森が……疲れる……。」
エルフ全員の顔から血の気が引いた。
「えっ……疲れる!?」
「根の渋滞が起きていると……!?」
エルウッドはゆっくりと地面に両手を当て、森全体に深く語りかけるように低周波の声を響かせた。
「……森……もっと広げる……風の道……作り直す……地下水脈の流れ……整える……。」
ズゴゴゴゴゴォォォォッ!!!
すると、森の木々がざわざわと激しく揺れ、地中の巨大な根がうねりながら動き始めた。なんと、エルウッドが森そのものの地形を、集落に合わせて丸ごと作り変え始めたのだ。その様相はちょっとした局地的な地震である。
アインは目を輝かせて拍手喝采だ。
「すごいわ〜! 森さんたちが協力して、もっと住みやすくしてくれてるのね〜!」
一方のトーヤは完全に頭を抱えていた。
(いや、これもうただの自然の大工事じゃないか……! 防災マップの引き直しが必要レベルだぞ!)
エルウッドは満足げに作業を終えると、最後にアインへ向き直った。
「……アイン……あなた……自然と……深く話す人……。」
「えへへ〜。みんなと仲良くおしゃべりしてるだけよ〜。」
「……あなた……ここにいるなら……森……永遠に安心……。」
そう言い残し、エルウッドはドスンドスンと地響きを立てながら森の奥へ帰っていった。
◆
一方、ドワーフ族はというと、ダグルスを筆頭に、大量の魔導金属板を荷車で運び込んでいた。
「おう、野郎ども! ソー坊の裏庭に、俺たちの最高の工房を作るぞ!」
「おうさ! 天才の弟子のそばに工房を構えるのは、職人として当然の義務だ!」
「いや、だから僕、弟子になった覚えは一回もないんだけど……。」
ソーヤの切実な抗議は、職人たちの熱気と騒音に完全に掻き消されていた。
ドワーフたちは地面を重機で踏み鳴らし、金属板をハンマーで叩き、超高熱の魔動炉を強引に設置し、あっという間にウェーノ家の隣に巨大で武骨な工房を建ててしまった。
そして、そのままの勢いで鍛冶作業を開始する。
ドォォォン!
ガァァン!
バチバチバチッ!
「……うるさぁぁぁ〜い!!!」
あまりの重低音と金属音に、リビングでゲームをしていたユーヤが耳を押さえて叫びながら飛び出してきた。
「これじゃあ、うるさすぎてゲームのセリフが全然聞こえないよ……!」
(しょうがないな……。えい!)
ソーヤは大きなため息をつきながら、《ジェネレーター》の能力で工房の周囲に『音を完全に遮断する透明な防音シールド』を構築し、物理的に騒音を鎮めた。
◆
獣人族の子どもたちは、ウェーノ家の広大な庭を完全に自分たちの縄張りに認定していた。
「ここに巨大なすべり台を作るにゃ!」
「こっちは鬼ごっこと、かけっこする専用のグラウンドね!」
「じゃあ、ここはリル姉ちゃんが日向ぼっこする専用の特等席にする!」
「えっ、私の……?」
名前を呼ばれたリルは、驚きながらも頬を染めて嬉しそうにしている。
大人たちも負けじと木材を運び、ソーヤがこっそり安全補強を施した遊具を組み立て、あっという間に“獣人族専用キッズテーマパーク”が完成してしまった。
「……これ、もう農場じゃなくて、完全にアミューズメントパークだよね?」
ユーヤが呆れたようにすべり台を見上げる。
「まぁ、子どもたちが楽しそうだからいいじゃない〜。」
アインは今日も一人、絶対的な平和の中にいた。
◆
池の方角からは、ザバァッ!と勢いよくマーメル族の少女フィーネが顔を出した。
「アインさん! ここ、水質も魔力濃度も最高に住みやすいので……故郷の家族や親戚を呼んでもいいですか?」
「ええ、もちろんよ〜。みんなで賑やかにやりましょう。」
アインがいつもの調子で即答した、
その瞬間——
ザバァァァァァァァッ!!!
フィーネの後ろの池から、数十人のマーメル族が次々と水しぶきを上げて飛び出してきた。
「フィーネ、ここが噂の新しい住処か!」
「なんて澄んだ水だ……! 泳いでいるだけでマナが満ちてくる!」
「この池、今の人数だと少し狭いな。よし、皆で拡張工事だ!」
「えっ!? 家族って言うから数人かと思ったら、人数多すぎないか!?」
「しかも、池を広げるって勝手に……おい、やめろ!」
トーヤが慌てて静止の声を上げるが、マーメル族はすでに楽しげに歌いながら、水流魔法でゴリゴリと池の拡張水路を掘り始めていた。
◆
オートマト族のノクスは、そのカオスな光景の中、一人静かに呟いた。
「この場所……多種族の共存効率……最適解……。」
そして、無表情のまま地面に精密な魔法陣を描き、手から銀色の金属板を無限に錬成して、何やら塔のようなものを組み立て始めた。
「ノクス、何作ってるの?」
ユーヤが恐る恐る尋ねる。
「データ観測塔……。“隙間の庭”と“世界の境界”の魔力変動を24時間監視する……防衛の要……。」
「……機能は便利そうだけど、うちの裏庭に軍事施設みたいなの建てるのはなんか怖いんだけど…。」
ソーヤが乾いた笑いを漏らす。
◆
そんな、もはや制御不能となった賑やかすぎる光景を、リルは少し離れた丘の上から見つめていた。
エルフが笑い、ドワーフが汗を流し、獣人が駆け回り、人魚が歌う。
みんながここに“住む”ための準備を、心の底から楽しそうに進めている。
(……いいなぁ。)
その光景を見ていると、なんだか胸の奥がぽかぽかと温かくなる。
けれど同時に、胸の奥がちくりっと苦しくなった。
(私は……ここには住めない。私には、守らなきゃいけない“庭”があるから。私だけ……みんなと同じ場所にいられないんだ……。)
リルはそっと目を伏せ、自分の足元を見つめた。
そんなリルの隣に、いつの間にかふわりとアインが腰を下ろしていた。
「リルちゃん。」
「……アイン。」
「寂しいのね。」
アインの真っ直ぐな言葉に、リルは驚いたように顔を上げた。
「どうして……わかったの?」
「だって、“泣きそうな笑顔”だったもの。お母さんにはお見通しよ。」
リルは唇をきゅっと噛み締めた。
「……みんなと一緒に過ごせて、楽しいしすごく嬉しい。でも……私は“庭”を離れて暮らすことはできない……。」
アインはクスッと笑い、リルの頭を優しく撫でた。
「じゃあ、みんなにも“庭”に来てもらえばいいじゃない。」
「えっ……?」
「あなたがこっちの世界に来られないときは、私たちがみんなで”庭”に遊びに行けばいいのよ〜。お茶会でもピクニックでも、なんでもできるわ。」
「そんなこと……できるの……?」
「できるわよ。だって、私たちは一緒に世界を守る“庭の管理者”なんだから♪」
その言葉を聞いた瞬間、リルの胸の奥で、何かがふわっと温かく、強く灯った。
こうして、“ウェーノ村(仮)”の歴史は本格的に幕を開けた。
エルフは森の家を芸術的に建築し、
ドワーフは工房で煙を上げ、
獣人族は遊び場を広げ、
マーメル族は池を湖サイズに拡張し、
オートマト族は謎の観測塔を建築する。
そして——
リルは、丘の上から大きく息を吸い込み、みんなに向かって少しだけ胸を張って大声で言った。
「……みんな! 今度、“庭”にも遊びに来てね!」
その声が響いた瞬間、種族全員が作業の手を止め、満面の笑みで叫び返した。
「「「絶対行く!!!」」」
トーヤの肩に乗っていたクロも、誇らしげに胸を張って咆哮した。
「キュアァァァッ!」
リルはたまらず、声を上げて笑った。
(……私、ひとりじゃないんだ。)
“庭”へと続く境界の空気がふわりと揺れ、優しい光が世界を包み込んだ。
まるで——
「ようこそ。」
と、世界そのものが、新しく生まれた村とリルを祝福して囁いているようだった。




