表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ふぁみりぃ ~のんびり異世界生活~  作者: すぱ☆たま
第2章 隙間の庭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/102

第17話 ”庭の奥”に眠る記憶

”隙間の庭”の奥へと進むほど、空気はひんやりと冷たく、そして静かになっていった。

空を覆う紫色は深海のように暗く沈み、足元を照らす光も心細げに淡く脈打っている。

アインとリルはしっかりと手をつないだまま、ゆっくりと歩みを進める。


「……ここは少し雰囲気が違うわね。息が詰まりそう。」


「私も、こんなに奥まで来たことはないの……。」


リルの声はかすかに震えていた。

長年この庭の管理者として過ごしてきた彼女でさえ、“庭の奥底”へ踏み込むのはこれが初めてなのだ。

やがて、足元の光の道がぷつりと途切れ、その先に——

巨大な“空間の裂け目”がパックリと口を開けていた。


黒い霧がゆらゆらと底知れぬ深淵から湧き出し、まるで世界の裏側がむき出しになったような、不気味で空虚な空間。

アインは思わず息を呑んだ。


「ここは……?」


リルは胸に手を当て、何かに耐えるように苦しそうに呟いた。


「わからない。でも、とても懐かしい……痛いような気がする……。」


「“庭”が生まれた時……ここに“誰か”がいた気がするの。」


「誰か?」


「うん……。私じゃない、“もう一人”。」


その瞬間——

ゴォォォォ……ッ!

地面が激しく震え、裂け目から溢れる黒い霧が竜巻のように渦を巻いた。

アインは咄嗟にリルを庇うように抱き寄せる。

霧の中心から、ノイズ混じりの低い声が響いた。


『……だ…れ……?……そこにいるのは……リ…ル……?』


リルの身体がびくりと跳ねる。


「この声……知ってる……。でも……思い出せない……!」


アインはリルの手を強く握り、凛とした声で前に出た。


「あなたは誰なの? 姿を見せなさい。」


霧がゆっくりと揺れ、やがて人の形を成していく。

現れたのは——

リルと瓜二つの、しかし輪郭を黒いノイズで覆われた影のような少女だった。

髪は夜の闇のように黒く、瞳は深く沈んだ紫色。

輪郭は蜃気楼のように揺らぎ、まるで存在そのものが不安定なまま固まっていないかのようだ。


『……わたしは……リルの……“影”……。』


「影……?」


リルがかすれた声で呟く。『……リルが“名前”をもらった時……わたしは……切り離された……。役目だけが残されて……この冷たい“庭の奥”に閉じ込められた……。』


アインはハッとして事の顛末を理解した。


(リルが名前をもらい“存在”へと昇華した時……元々の“余白としての無機質な役目”だけが、抜け殻のように別の形で残ってしまったのね……?)


リルは震える声で、影の少女に問いかけた。


「あなた……、ずっとこんな暗くて冷たい場所に……?」


『……うん……。あなたが“存在”になったから……わたしは“存在になれなかった部分”。』

影の少女は、嫉妬や恨みではなく、ただ純粋に自分の使命を受け入れていた。……でも、あなたが笑うたび……あなたが誰かと話すたび……わたしは……少しずつ……薄れていった……。』


リルの大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


「ごめん……。私……ずっとあなたのこと……忘れて……ひとりで笑って……!」


『……いいの。あなたが幸せなら……それで……。』


影の少女は、ノイズにまみれた顔で優しく微笑んだ。

その笑顔の形は、リルと全く同じものだった。

だが、その言葉を紡ぐ端から、影の少女の足元がサラサラと黒い砂のように崩れ始めていた。


「待って! 消えないで!」


リルが叫び、手を伸ばす。

しかし影の少女は静かに首を振った。


『……もう……限界……なの。でも……最後に……お願い……。』

アインが一歩前に出る。


「お願いって、何かしら?」


影の少女は、静かな瞳でアインを真っ直ぐに見つめた。


『……リルを……守って。あの子は……優しすぎるから……この“庭”の痛みを全部……ひとりで抱え込んでしまう……。』


アインは、母親としての絶対的な包容力をもって、力強く頷いた。


「もちろんよ。リルは私の、私たち家族の大切な友達だもの。絶対に泣かせたりしないわ。」


影の少女は、心の底からほっとしたように、憑き物が落ちたような笑顔を見せた。


『……ありがとう……アイン……。あなたの声は……本当に、とてもあたたかい……。』


そして、最後にリルの方へ視線を向けた。


『……リル……。』


「いやだ! 置いていかないで!」


リルは涙を流しながら、影の少女の手を握ろうと駆け寄った。

しかし、その手は虚しく空を切り、影の身体をすり抜けてしまう。


「行かないで……!あなたは……私なのに……!」


『……あなたが生きてるなら……わたしは……もう……いらない……。』


影の少女の身体が、黒いノイズから純白の光へと溶けていく。


『……さよなら……リル……。あなたが……これから先、ずっと幸せで……ありますように……。』


「いや……いやぁぁぁぁぁ……!」


リルの悲痛な叫びが、何もない”庭”の最奥に響き渡った。

アインは泣き崩れるリルをしっかりと抱きしめ、その小さな背中を何度も何度も優しく撫でた。


「大丈夫よ……リルちゃん。あなたはひとりじゃないわ。」


光が完全に天へと昇りきると、あの恐ろしい裂け目は嘘のように静かに閉じていった。

庭の奥には、ただ温かな静寂だけが残った。

リルは涙を拭い、アインの胸に顔を埋めたまま呟く。


「アイン……。私……もう一人の私を……失っちゃった……。」


アインは優しく微笑み、リルの頭を撫でた。


「違うわ。あなたはあの子から、大切な願いを受け取ったの。」


「これからは、あなたが彼女の分まで、二人分いっぱい幸せになればいいのよ。」


リルは涙に濡れた瞳を瞬かせ、小さく、けれどしっかりと頷いた。


「……うん……。」


その瞬間——

空間に漂っていた光の粒子がふわりと舞い上がり、リルの胸の奥へと吸い込まれるように宿った。


『ユニーク権能:リル《ツイン・メモリー》が解放されました。』


——それは、消えゆく“もう一人の自分”の記憶と感情を継ぎ、共に生きるための力だった。

アインはリルの手を優しく握り直した。


「帰りましょう、リルちゃん。みんなが待ってる。あなたの居場所は、もう“ひとりぼっちの庭”じゃないわ。」


リルは涙を拭き、今日一番の笑顔を見せた。


「……うん。アインと一緒に、お家に帰る。」


二人は手をつなぎ、温かな光に包まれた道を戻っていった。

”隙間の庭”の木々が静かに揺れ、まるで“影の少女”がそっと見守りながら微笑んでいるようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ