第2話 食料調達は難しい!?
『おはよ〜。みんな起きて〜。朝ごはんができたわよ〜。』
異世界生活三日目の朝。愛の声が、男たちの脳内に直接響き渡った。テレパシーのように直接意識に届く母の声に、十夜、創也、遊也の三人はパチッと目を覚まし、リビングへと集まってきた。
「母さん、おはよう」「「おはよー!」」「みんな、おはよう~。」
テーブルの上には、こんがりと焼けた厚切り食パンと、ジューシーな香りを放つハムエッグが並んでいる。
男たちはいつもの定位置に座り、お気に入りの家電が健在なキッチンで作られた朝食にかぶりついた。
サクサクと音を立ててパンを齧りながら、十夜はここ数日で把握したこの世界のルールを頭の中で整理していた。
(まず、環境は地球とほぼ同じ。空気も水も綺麗で、重力も違和感がない。森には鳥やウサギに似た小動物が生息している。最大の幸運は、今のところ『ファンタジー小説』にありがちな獰猛なモンスターに遭遇していないことだ。ただ、人が住む町や村の気配も全くない。もし、この世界に俺たち四人しかいなかったら……いや、今はそれを考えても仕方ないな。)
十夜の思考は、次に「スキル」の特性へと移る。
この三日間で判明した最も重要な事は、兄弟のスキルが『明確なイメージ』に依存するということだ。
昨日、遊也が再びゲームのお菓子を召喚しようとした際、
「ええと、なんか丸くて、すっごく甘くて、中にジャムが入ってるやつ!」
という曖昧な召喚をしたところ、スキルは不発に終わり、光の塵が虚しく消え去った。
創也にしても、アニメのヒーロースーツを作ろうとして、
「あれ? デザインってどうだっけ? 確か胸に星のマークがあって……。」
とイメージが固まらなかった結果、ただの歪な鉄の塊が生成されるに留まった。
つまり、彼らの能力は万能に見えて、本人の記憶力と想像力という明確な制限があったのだ。
その点、十夜と愛のスキルは安定感が違った。
十夜の《ウィザード》は、視界のステータス画面を開くと「火」「水」「風」「土」など属性ごとに綺麗に体系化された魔法呪文のメニュー表が現れる。
そこから使いたいものを選ぶだけで完璧に発動するし、一度名前を覚えれば、呪文を唱えるだけで即座に発動できた。
愛の『テイマー』にいたっては、イメージすら不要。「この子とお話ししたいな。」と対象を見るだけで、一瞬で言語の壁を越えた意思疎通が可能になる。
試しに愛が十夜にテレパシーを飛ばした際、いつも冷静な十夜が「なっ、脳内に直接……!?」と漫画のキャラクターのように驚愕した顔は、愛の『旦那様可愛い顔コレクション』に永久保存されることとなった。
「さて、今後の生活についてだが……。」
食後のコーヒーを飲み干し、十夜が真剣な面持ちで切り出した。
「まず、この家についてだが……。幸いオール電化と太陽光発電が完璧に連動している。空にあるアレが太陽かどうかは分からんが、発電効率は抜群で、家電の電力は当面問題ない。水も、私の水魔法で貯水槽を常に満タンにしている。……となると、やはり最大の問題は『食料』だ。」
十夜は手元の空になった皿を見つめた。
「家にあった買い置きのレトルトや冷凍食品は、あと数日で底をつく。遊也のスキルに頼り切るのも、イメージの限界がある以上危険だ。できれば、自給自足の基盤を作りたい。畑を作ろうと思うんだが、どうだろう?」
愛がポンと手を叩いた。
「素敵ね!畑を耕す機械は創也が作れるし、野菜の苗は遊也に召喚してもらえばいいじゃない。一度畑を作っちゃえば、ずっと新鮮なお野菜が食べられるわよ!」
「川もあったし、魚釣り用の道具を作って川魚を狙うのもいいかもね!」
創也が提案すると、十夜は少し眉をひそめた。
「魚はともかく、作物が育つには数ヶ月かかるから、それまでの食料をどうするかが問題だな。」
「あ、それなら大丈夫だよ父さん!」遊也が身を乗り出す。
「ゲームの中には、植えた次の日に収穫できる苗とか、成長を100倍にする『超・肥料』があるんだ。それならイメージもバッチリ残ってる!」
「なるほど!よし、物は試しだ。食休みを終えたら、みんなで裏庭で畑作りを始めよう!」
「「「おー!」」」
◆
数時間後、上野家は家の裏手に広がる草原に集合していた。
「よし、まずは役割分担だ。力仕事は男三人でやる。愛は危険がないように、周囲の植物や地形に異常がないか見ていてくれ。」
十夜がそう気遣うと、愛は少し不満げに頬を膨らませた。
(みんなでワイワイやろうって言ったのに、私だけのけ者みたいじゃない……。)
「それなら、私は可愛い動物さんでも探してこようかしら?」
「牛とかヤギがいれば、毎朝新鮮なミルクが飲めるのにね。」
愛の言葉に、遊也が何気なく呟いた。
「あら、牛さんやヤギさんっぽい動物なら、その辺の森にたくさんいるわよ? ちょっと呼んでみる?」
「「「ええぇぇーーっ!?」」」
男三人の驚愕の声をよそに、愛は森の方向へ向かって、優しく意識を集中させた。
(おーい、牛さんたち〜。美味しいご飯があるから、こっちに集まって〜。)
すると数分後、地響きとともに、地球のホルスタインを少し逞しくしたような、立派な角を持つ大柄な動物が五、六頭、ゾロゾロと草原から姿を現した。
「モウゥ〜〜。」
「わっ、本当に来た!母さん、いつから知ってたの?」
「一昨日、お散歩中におしゃべりしたのよ♪ ねぇ牛さん、私たちにミルクを少し分けてもらうことはできるかしら?」
「モウウッ!」
「ふふ、いいって〜。」
「……あっさり交渉成立か。愛のカリスマ性は異世界でも健在だな!」
十夜が満足気に頷いていると、創也が腕をまくった。
「よし、それなら牛小屋が必要だね!任せて!」
創也が森の木に手をかざして《クリエイター》を発動すると、木材が自動で組み合わさり、数分で立派な屋根付きの牛小屋が完成した。
そこに遊也がゲームの『特製高級牧草』をドサッと召喚する。牛たちは極上の香りに誘われ、嬉しそうに自ら小屋へと入っていった。
「よし、気を取り直して畑を……。」
十夜が言いかけた瞬間、今度はメェ〜メェ〜という可愛らしい鳴き声と共に、モコモコした羊のような生物の群れがやってきた。
「愛、これは……?」
「ごめんなさい、あなた。牛さんだけじゃ寂しいと思って、近くにいた羊さんもついでに呼んじゃったの♡」
十夜は天を仰ぎ、そして息子たちを見た。
「……創也、遊也。羊小屋と餌の追加を頼む。」
「「了解!」」
想定外の酪農作業に追われ、十夜は時計を見た。
「ふぅ、少し疲れたな。畑作りは午後からに仕切り直そう!」
その日の昼食は、愛がさっそく搾りたての牛乳を使って特製シチューを作った。
地球の牛乳よりも遥かに濃厚で、口の中に広がるまろやかなコクは、これまで食べたどのシチューとも比べものにならなかった。
四人は言葉を失い、ただただその絶品シチューに舌鼓を打ったのだった。
◆
「よし! 今度こそ畑作りを始めるぞ!」
午後、十夜の号令のもと、男たちは再び気合を入れた。
「まずは土壌改良だ。創也、クワを使わずに、スキルでここの地面を耕せるか?」
「お安い御用さ。一瞬で終わらせるよ。」
創也が地面に両手を突くと、広範囲の草が綺麗に消失し、ゴツゴツしていた土が、まるで最高級の黒土のようにフカフカとした肥沃な土壌へと一瞬で変貌した。
「異世界スキルって凄まじいな……。地球なら、クワで耕して石を除いて、肥料を混ぜて寝かせて……という工程が一瞬か。わざわざ午後に回す必要すらなかったな。」
十夜が苦笑していると、遊也が目を輝かせて前に出た。
「じゃあ、一気に苗を召喚するよ!種類は完璧に覚えてるからね!」
遊也の《ゲーマー》が発動する。
レタス、キャベツ、白菜、ほうれん草などの葉野菜。
大根、人参、ゴボウ、ジャガイモなどの根野菜。
さらにはトマト、ナス、ピーマン、カボチャの果菜類まで。
さらに、小麦と米まで準備万端である。
地球でお馴染みの野菜が、すべて植え付け直前の見事な『苗』の状態で、整然と地面に現れた。
「これだけあれば、地球にいた頃と同じ料理が作れるわね!」
愛が嬉しそうに苗を手に取り、慣れた手つきでフカフカの土に植え始める。
「「僕たちも負けないぞ!」」
家族四人で並んで作業すると、一時間もしないうちに広大な菜園が完成した。
「予想以上に早く終わったな。……少しスペースが余ったが、どうする?」
十夜が思案していると、愛がすかさず提案した。
「だったら、果物の木を植えるのはどうかしら? デザートに新鮮な果物があったら最高じゃない?」
「やっぱり愛は天才だな。私の欲しいものが何でも分かっている。」
「まぁ、あなたったら♡」
再び始まった両親の熱烈な空間を視界からシャットアウトし、創也が遊也の肩を叩いた。
「二人は放っておいて、俺たちで進めよう。遊也、野菜がこれだけいけるなら、果物も『最初から実がなってる木』を召喚できるんじゃない?」
「やってみる!……イチゴにリンゴ、桃にマンゴー、あとオレンジも! 召喚!」
ポンポンポン!と心地よい音と共に、裏庭のさらに奥に、たわわに実った果実の木々が出現した。
「すげぇ!リンゴがもう真っ赤じゃん。いただきます!」
創也がもぎたてのリンゴをかじる。
シャリッ、と瑞々しい音が響き、芳醇な甘みが弾けた。
「僕はイチゴ!……ん〜〜、甘くて最高!」
兄弟が異世界の恵みを堪能していると、ようやく正気に戻った十夜と愛がやってきた。
「素晴らしい出来栄えだ。これなら、母さんの得意なアップルパイもいつでも食べられるな。」
十夜が満足げに頷くと、愛が顎に手を当てた。
「そうね。でも、アップルパイの生地やカスタードには、新鮮な『卵』が不可欠だわ。この世界にもニワトリさんはいるかしら?」
愛が再び森の方を向き、「ニワトリさん、美味しいおやつがあるわよ〜」と呼びかける。
するとコッコッ、コケコッコーと、これまた地球のニワトリに酷似した鳥たちが十数羽、嬉しそうに羽ばたきながら集まってきた。
「……もう、何でもありだな。俺たちのスキルも大概だけど、母さんの《テイマー》が一番の何でもありじゃない?」
創也が呆れたように呟く。
しかしそんな声はどこ吹く風、愛はすでにニワトリたちと仲良くなり、産みたての卵をカゴいっぱいに分けてもらっていた。
「さぁ、材料は揃ったわ!今日のおやつは焼きたてのアップルパイにしましょう。みんな、手を洗ってお手伝いしてね!」
「「「はーい!」」」
異世界の風が吹く裏庭で、甘いパイの焼き上がる香りが漂い始める。上野家の異世界サバイバルは、サバイバルという名の、極上のスローライフへと進化を遂げていくのだった。




