第15話 世界をつなぐ声
新しく進化した《ネイチャー・リンク》のおかげで、アインの日常はさらに賑やかになっていた。耳を澄ませば、風が「今日は東から栄養たっぷりの雨が降るよ。」と教えてくれ、土が「ここの水分、ばっちりだよ!」とアピールしてくる。
そんなある日の午後、アインが庭で洗濯物を干していると、世界のあらゆる自然のささやきの中に、ひときわ澄んだ、けれどどこか震えている小さな“声”が混ざっているのを感じ取った。
(……アイン……こっち……寂しい、よ……。)
「あら?――今の声、もしかして、リルちゃん?」
アインはハッとして手を止めると、すぐにリビングへと駆け込んだ。
「トーヤさん、ソーヤ、ユーヤ!ちょっとリルちゃんに呼ばれた気がするから、“隙間の庭”に行ってくるわね!」
「えっ、母さん一人で大丈夫か!?」というトーヤの心配の声を背に、アインは迷いのない足取りで、家の中に設置されたゲートをくぐり、“隙間の庭”へと足を踏み入れた。
◆
境界の庭は、いつもと変わらない紫色の空が広がっていたが、アインが足を踏み入れた瞬間、庭全体の草木が嬉しそうに輝きを取り戻した。
「――呼んでくれた?」
奥から、リルが嬉しそうに、けれど少し驚いた表情でトコトコと駆け寄ってきた。
その姿は、以前に会った時よりも、ほんの少しだけ輪郭がはっきりとし、瑞々しい“色”を帯びているように見える。
「うん!アインの声がね、ここまで届いたの。だから、庭もびっくりして、アインを大歓迎してるんだよ!」
アインは驚きで目を丸くした。
「私の声が、この隙間の世界まで届いちゃったの? 凄い力ねぇ〜。」
「《ネイチャー・リンク》はね、ただ世界の声を聞くだけじゃないの。アインの優しい気持ちや声を、“世界そのものを伝わせて、どこまでも届ける力”でもあるんだよ。」
リルはそう説明すると、そっと自分の手首にある、ソーヤからもらった腕輪を見つめ、少しだけ寂しそうに視線を落とした。
「ねぇ、アイン……。私ね、ずっと一人だったの。この庭は世界と世界の隙間。誰も来ないし、誰も私なんて存在を知らない。私は、何のためにここにいるんだろうって、ずっと自分の意味を探してた。」
アインは何も言わず、リルの小さな手を、両手でそっと包み込んだ。
その手のひらは、少し冷たかったけれど、アインの体温が伝わると、じんわりと温かくなっていく。
「寂しかったのね、リルちゃん。よく頑張ったね。」
その絶対的な優しさに、リルの華奢な肩がかすかに震えた。
「うん……。みんながここに来て『大掃除』してくれて、ソーヤがこの綺麗な腕輪をくれて……。初めて、“誰かが私を見てくれた”って思えて、すごく嬉しかったの。でもね、さっき届いたアインの声は……それよりもっと、ずっと……あったかかったの。」
リルは顔を上げ、潤んだ真っ直ぐな瞳でアインを見つめた。
「アインの声はね……“世界そのもの”みたいなの。広くて、優しくて、全部を包み込んでくれる。聞いているだけで、胸がいっぱいになって、涙が出そうになるくらい、安心するの。」
アインは少し照れたように、ふふ、と上品に笑った。
「そんな大層なものじゃないわよ〜。私はただ、可愛いリルちゃんや、みんなと、もっと仲良く楽しく過ごしたいだけなのよ?」
「それが、一番すごいことなんだよ……。」
その瞬間、アインのステータス画面が再び静かに発光し、新たなアビリティの文字が刻まれた。
『《ネイチャー・リンク》派生権能:《ハーモナイズ(世界調和)》が解放されました。』
『効果:対象の存在概念の境界を安定させ、世界からの孤立・消滅を完全に防ぐ』
「アインは凄いね。世界にこんなに愛されてる。ねぇ……これからも、この庭に、私のところに、たくさん来てくれる?」
甘えるように見上げてくるリルを、アインはぎゅっと優しく抱きしめた。
「もちろんよ、リルちゃん。私たちはもう、お友達なんだから。いつでも、何度でも会いに来るわね。」
「……うん!」
紫色の空の下、ちりん、と腕輪の鈴が優しく鳴り響く。二人の絆が、世界を越えてしっかりと結ばれた、穏やかな午後のひとときだった。




