第91話 古の砂塵宮 第一階層
ウェーノ家一同は、地下へと続く階段を下りていた。階段を一段一段と下りるたびに、目の前が見通せないほど暗くなっていく。
最下層まで到達すると、石造りの長い通路があり、両壁には魔道具であろう照明が頼りなく辺りを照らしていた。石造りの通路を奥まで進むと、重厚な石造りの隠し扉が現れた。
どうやら、この扉が、『古の砂塵宮』への入り口らしい。
トーヤが全員に目配せをして、扉を押し開ける。ゴゴゴッと重そうな音を響かせ、扉が開く。一歩足を踏み入れると、そこはひんやりとした、しかし砂の魔力が淀んだ古代の迷宮だった。
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「よし、まずは基本のマッピングから! 《ゲームマスター》発動!」
ユーヤが両手をかざすと、空間にホログラムの半透明なプレートが浮かび上がった。彼のスキルにより、周囲の地形や隠し通路、さらには宝箱の位置までがリアルタイムで描かれていくミニマップが構築される。
「お、やっぱりあるじゃん! 兄ちゃん、その右側の壁の奥に隠し部屋のマーカーが出てるよ!」
「どれ……。ああ、なるほど。隠し扉を開けるスイッチのギミックが壊れて完全に埋まってるな。それなら……。」
ソーヤが壁に手を当て目を細める。普通の冒険者ならここで諦めるか、壁を爆破してトラップを起動させてしまうところだが、彼には関係がなかった。
「書き換えるよ。――この壁の概念を、『最初から開いている普通の通路』として再構築する。」
ズゴゴゴゴ……!
ソーヤの言葉に従い、世界の法則が書き換わる。強固な石壁が、まるで最初からそこには何もなかったかのようにサラサラと光の粒子に変わり、綺麗な通路が開通した。
「うおお、相変わらず兄ちゃんの能力はチートだなぁ! やった! 宝箱発見!」
すかさず、ユーヤが通路の奥にぽつんと置かれた、古めかしい宝箱を発見し、嬉々として駆け寄ろうとしたその時、宝箱がガバッと大きな口を開け、鋭い牙を剥き出しにして襲いかかってきた。
「うわああ!? ミミックじゃん! 何やっつけるものを召喚しないと……!」
「まぁ〜〜、大変。この宝箱さん、とってもお腹が空いているのね〜。」
慌てるユーヤの前にふんわりと進み出たのは、アインだった。
彼女は一切の恐怖心もなく、バスケットからお弁当箱からジューシーな唐揚げを一つ取り出し、ミミックの口元へ差し出した。
「ほら、美味しい唐揚げよ。仲良くしましょうね〜?」
「ガ、ガウ……? ――きゅぅぅん……。」
凶悪な古代の魔物ミミックは、アインの規格外の包容力と唐揚げの美味しさに、完全に手なづけられ、まるで子犬のように蓋をパタパタとさせて大人しくなった。そして、そのままアインの足元にすりすりと身体を寄せている。
「おいぃぃぃ! 魔物が一瞬でテイムされたんだけど!? 普通ミミックはテイムできなくない?」
ユーヤの絶叫が響く中、一行はさらに奥へと進む。
すると、ナディル国王が言っていた、第一階層最大の難所が行く手を阻んだ。
ウェーノ家の前には、激しく渦巻く「流砂の海」が一面に広がっていた。一歩でも足を踏み入れようものなら、底なしの砂地獄に飲み込まれ、窒息死を迎える凶悪なトラップである。
「あ、これダメなやつだ。僕、泳げないから完全に詰んだよ!」
「慌てるな、ユーヤ。この程度の流砂なんてどうということはないさ。」
トーヤが、頼もしげにニヤリと笑って一歩前に出て、静かに指先を突き出す。
「流砂の運動エネルギーを停止させ、全水分を絶対零度で固定する。《フリーズ・サンド・ロード》。」
パキパキパキパキィィィン!!
轟音と共に、猛烈に渦巻いていた底なしの流砂が、一瞬にしてカチコチに凍りついた。砂漠の地下迷宮のど真ん中に、突如として頑丈で美しい「砂氷のスケートリンク」のような真っ白な道が現れた。
「うおおぉぉ! 流砂が凍った!? さすが父さん、相変わらず理不尽な強さ!」
「涼しくて気持ちいいわね〜。トーヤさんはやっぱり素敵だわ♡」
「ふふ、アインに褒められるのが一番嬉しいよ♡」
(※繰り返すが、ここはナディル国王の精鋭部隊が全滅しかけた、命がけの古代ダンジョンである。)
ダンジョン内でもラブラブな両親を放っておいて、先に進もうとする兄弟たち。
しかし、迷宮の防衛システムも黙ってはいなかった。
ズゴゴゴゴ……! と、凍りついた道の先から、巨大な砂がみるみる集束していき、体長五メートルはゆうに超える、砂でできた不死身の巨兵『サンド・ガーディアン』が三体も現れた。
物理攻撃を完全に透過し、斬っても殴っても砂に戻って即座に再生する、この階層の守護者だった。巨兵たちは禍々しい咆哮を上げ、トーヤたちへ向けて巨大な砂の拳を振り下ろす!
カァァァン!!
だが、その拳はトーヤが指先一つで展開した《バリア》に阻まれ、軽い音を立てて弾かれた。
「さて、どうやって倒そうか。ソーヤ、組み替えるか?」
「そうだね、父さん。せっかく床を凍らせてくれたんだし……。あの砂の巨兵たちの構成物質の概念を書き換えて、水分と結合しやすい『最高級の陶芸用粘土』に変えちゃおうかな。」
ソーヤがパチンと指を鳴らし、《ジェネレーター》の力を発動させる。
「書き換えるよ。――『お前たちの身体は、ただの動く粘土だ』!」
その瞬間、サラサラと流動していたはずのガーディアンたちの身体が、一瞬でもったりとした茶色い粘土細工へと変貌し、動きがピタリと止まった。
それを見たアインが、ぽっと顔を輝かせる。
「まぁ〜! 綺麗な粘土ねぇ。ソーヤ、これでウェーノ村の新しいお皿や、サフラーム風の幾何学模様を入れたティーカップを作ったら素敵じゃないかしら〜?」
「あ、それいいね母さん。サフラームに来た記念品にちょうどいいや。――じゃあ、食器セットへ、リメイク!」
ソーヤが再び指を鳴らすと、襲いかかってきていたはずの凶悪な不死身の守護者たちが、一瞬にして光に包まれる。光が収まると、そこには、芸術的なデザインの大皿、高級感溢れるティーカップ、そして砂漠のスパイスがばえそうな小鉢の数々が、カツン、カツンと凍った床の上に整然と並んでいた。
「おいぃぃぃ!! 魔物が一瞬で高級食器セットになったんだけど!? もはや攻撃もしてないし……。」
「ソーヤ、すご~い!」
珍しくユーヤが頭を抱えてツッコミを入れる横で、クロが嬉しそうに翼をパタパタと羽ばたかせている。
こうして、サフラームの精鋭たちが絶望した『古の砂塵宮』の第一階層は、ウェーノ家にとってはただの『良質な食器の材料採取場』と化してしまった。
そんなことは気にもとめず、
「ちょうど、第二階層へ続く階段の前に、いい感じの広場があるわね〜。」
アインが楽しげに笑い、持ってきていたピクニック用のバスケットから水筒を取り出す。水筒の蓋を開けると、爽やかなレモンやフルーツの香りが辺りに広がった。
「よし、それじゃあここで一度、水分補給しよう。」
トーヤが魔法で即座に快適な温度の特製結界を張り、ソーヤが使い心地の良い木製のテーブルとチェアを具現化する。
砂氷のリンクの下で凍りつき、姿を見せることもできなかった大百足に気付くこともなく、ダンジョンの第一階層をわずか数分で完全攻略した規格外の家族は、凍りついた古代遺跡のど真ん中で、ティータイムを楽しむのだった。
サフラームの呪いを完全に解き明かすまで、あと九階層――ウェーノ家のカオスでアットホームなダンジョン観光は、まだ始まったばかりである。




