第92話 古の砂塵宮 第二階層
サフラームの隠しダンジョン『古の砂塵宮』の第二階層へと足を踏み入れたウェーノ家一同。
しかし、彼らを待っていたのは過酷すぎる環境だった。
「あ、あつい……。なんだよ、このステージ……。」
第二階層は、辺り一面見渡す限りの広大な砂漠地帯だった。そして上空には、ギラギラと容赦ない陽射しを照りつける『疑似太陽』が浮かんでおり、地面が揺らめくほどの陽炎が立ち上る灼熱のステージだった。
「足元はサラサラの砂で歩きにくいし、完全に砂に足を取られて移動速度が低下するデバフがかかってるね……。」
ユーヤがステータス画面を確認しながら、げんなりとした声を上げる。
「おまけに、これ……日陰をつくらないと、HPがじわじわ減っていく、スリップダメージの仕様だ! 最悪のマップだよ!」
「それは困ったわねぇ〜。」と、ふんわりとした笑顔でマイペースなアインが額の汗を拭う。
「このままでは干からびてしまう。アインの困った顔も可愛いが、何とかしないとな。」
アインの困り顔に見とれながらもトーヤが一歩前に出る。
「暑さとスリップダメージを防ぐために、バリアを展開しよう。《インフィニティ・シールド)》!」
そう言って、トーヤが指を鳴らすと、ウェーノ家一同を包み込むように半透明のドーム状の結界が張られた。瞬時に灼熱の熱波は遮断され、バリアの中は涼しく快適な温度に保たれる。さらに、足元の砂も踏み固められたように安定し、すべてのデバフが完全に無効化された。
「さすが父さん! これで砂漠マップも快適だね!」
「まったく、父さんの魔法はダンジョンのギミックを根本からぶっ壊すよな……。」
大喜びのユーヤとは対照的に、ソーヤが冷静な分析力で呆れつつも安堵の息をついていた。
「それじゃあ、第三階層の階段に向かって進もうか。見渡す限りの砂漠で、進行方向すらわからない。ユーヤ、案内は頼んだぞ。」
「うん、任せて! 僕のダンジョンマップを見る限り、第三階層への階段はあっちにあるみたいだね!」
ユーヤの指差す方向に向かって、ウェーノ家は歩き出した。
◆
灼熱の砂漠を町中を歩くように進むウェーノ家。
「あら? あそこにあるのはオアシスじゃないかしら?」
アインが指差した先には、澄んだ水を湛えた小さなオアシスがあった。
「ちょうどいい、水筒に水を汲み入れていこうか。」
結界の恩恵で涼しい顔のままオアシスに到着した一同は、水筒に冷たい水をたっぷりと補給する。
ちょうど、すべての水筒に水を汲み終えたその時。
ズゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
地響きと共に、オアシスのそばの地中から、巨大ワームが現れた。
すり鉢状の不気味な口から無数の牙を大きく広げ、凄まじい咆哮を上げる。
「ギャオオォォ!!」
トーヤが敵をねじ伏せるべく攻撃魔法を構築しようとした瞬間。
「ちょっと待って、あなた!」
アインがトーヤの前に立ち塞がった。
「この子、私たちを攻撃するつもりはないわ。ただ……すっごく喉が渇いていただけみたい。」
「……え?」
アインの言葉に、呆気にとられるトーヤ。
アインは巨大ワームに優しく微笑みかけると、オアシスの水を手ですくってみせた。
「ほら、喉が渇いてるでしょ? お水、飲んでいいのよ?」
「ギィィ……?」
巨大ワームは恐る恐るオアシスに近づくと、ものすごい勢いで水を飲み始めた。
オアシスの水で喉を潤したワームは、ぷはぁーっと満足げな鳴き声を上げたかと思うと、アインにペコリとお辞儀をするように頭を下げ、そのままおとなしく地中へ戻っていった。
「水だけ飲んで、帰っていった……。」
「本当にただ喉が渇いてただけだったのか……。」
拍子抜けした顔でソーヤとユーヤが顔を見合わせる。
◆
さらに、しばらく歩いていると、またもや周囲の砂が再び不自然に盛り上がり始めた。
カサカサ、カサカサ……。
またたく間に、ウェーノ家の周りに、砂サソリの群れが現れる。
「今度こそモンスターの群れだ!」
トーヤが警戒しながら叫んだ矢先、今度は奥からひときわ巨大で禍々しいオーラを放つ女王サソリも現れる。どうやら、この第二階層のボスのようだ。鋭いハサミを打ち鳴らし、威嚇するように、尻尾の毒針を振り上げている。
「今度こそボス戦だね! 僕はアイテムの準備を——」
「みんな、待って! ストーップ!」
戦闘になりかけたが、またしてもアインがみんなを止める。
「母さん、今度はなんだよ!?」
「やっぱり、女王サソリも喉が渇いて、気が立っているだけなのよ。」と説明するアイン。
「可哀想に……こんな暑いところにずっといたら、誰だってイライラしちゃうわよね?」
アインは水筒からオアシスの水を出し、女王サソリの口元に分けてあげた。
水を飲んだ女王サソリは、「シュウゥ……。」とすっかり毒気を抜かれて目を細める。
「あなた。この子たちみんな喉が渇いてるみたい。なんとかしてあげられないかしら?」
トーヤが、アインの頼みを断るはずがない。
「もちろんだ。愛する君の願いとあらば……。」
トーヤは天高く右手を掲げ、フィールド全体に《レイン・フォール》の魔法を発動させる。
その瞬間、灼熱の空に分厚い雨雲が現れ、冷たくて心地よい雨がフィールド全体に降り注いだ。
気温が一気に下がり、大喜びの女王サソリとサソリの群れたちが、初めての雨を全身に浴びて歓喜のダンスを踊り始めた。
ひとしきり雨を浴びた女王サソリは、アインの前にすり寄ると、自分の巨大な背中を指し示した。
「あら、お礼に第三階層への階段まで乗せて行ってくれるの?」
女王サソリは誇らしげに胸を張る。
「まぁ! ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えて、お願いしようかしら?」
「ボスモンスターをタクシー代わりに使うって、前代未聞だよ……。」
ソーヤがツッコミを入れつつも、女王サソリの背中に乗り込むウェーノ家一同。
女王サソリたちは、砂の上を滑るように爆走し、あっという間に目的地へと送り届けてくれた。
「ありがとうね〜! 気をつけて帰るのよ〜!」
アインが手を振ると、女王サソリたちは名残惜しそうにハサミを振って帰っていった。
こうして何の危機感もなく第三階層への階段に到着したウェーノ家は、まったくの無傷のまま、次の階層へと続く階段をのんびりと下りていくのだった。




