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第96話 六本遊希

 後輩たちの話は、あまりにも重かった。


 雪夜は、何も言えずにいた。


 ただ、胸の奥に広がる不安だけが、はっきりと形を持ち始めていた。


 白石広志が、ゆっくりと口を開いた。


「……夏の大会で」


 言葉を選ぶように続ける。


「遊希は、セカンドで出場したんです」


 高橋雪夜の眉が、わずかに動いた。


「……でも」


 広志は、視線を落とした。


「五回もエラーして……負けそうになったんですよ」


 その言葉に、雪夜の呼吸が止まった。


 五回。


 あの六本遊希が――


「それが原因で、監督に責められて……」


 広志の声が、かすかに震えた。


「野球部どころか……もう野球はやらないって、言ってて……」


 そして。


「それから……僕たちと距離を置くようになったんです」


 雪夜は、すぐに理解できなかった。


 いや――理解したくなかった。


「……ちょっと待て」


 低く、言った。


「どうして、遊希がセカンドなんだ」


 三人が、顔を上げる。


「あいつの守備は上手い。ショートのはずだ」


 それは、確信だった。


 誰よりも知っていた。


 遊希の守備を。


「それは……」


 広志が、答えた。


「紅森を使うって、監督が決めて……そうなったんです」


 竹田栄司が、吐き捨てるように言った。


「しかも監督が……紅森の親父なんすよ」


 その瞬間。


 全てを、理解した。


 雪夜は、ゆっくりと言った。


「紅森って……あの、守備が下手で、足の遅い……紅森か」


「そうです」


 広志が、はっきりと答えた。


「あの紅森です」


 雪夜は、目を閉じた。


 そして――


「……そうか」


 静かに、呟いた。


「それで、息子をショートに使いたくて……遊希をセカンドにしたのか」


 誰も、否定しなかった。


 それが、答えだった。


 広志が、続けた。


「だから、遊希には……僕たちと一緒に、野球部をやめようって言ったんです」


 悔しそうに、拳を握る。


「でも……遊希は、やめようとしなくて……」


 声が、震えた。


「冷遇されているのに……」


 そして。


「ただ……野球が好きなだけだったのに」


 その言葉は――


 あまりにも、重かった。


 雪夜は、何も言えなかった。


 言葉が、見つからなかった。


「……それで」


 かろうじて、言った。


「野球を、やめたというわけか……」


 広志は、ゆっくりと頷いた。


「遊希……最後に、言ってたんですよ」


 顔を上げる。


「パワーがなくて……足と肩が普通の選手は……ショートなんて出来ないって……」


 雪夜の胸が、強く締め付けられた。


「自分は……非力なんだって……」


 その言葉は、明らかに――嘘だった。


 雪夜は、強く言った。


「そんなことない」


 三人が、驚いたように雪夜を見た。


「あいつは……凄い選手なんだよ」


 声は、震えていた。


 だが、はっきりと。


「あいつの守備は……一流なんだ」


 あの動き。

 あの反応。

 あの確実さ。


 誰よりも、知っていた。


「僕と二遊間を組む時……嬉しそうにしてたのに……」


 あの笑顔を、思い出していた。


 広志が、静かに言った。


「僕たちだって……そう思っています」


 そして。


「だから、一緒の高校に行こうって言ったのに……」


 悔しそうに、唇を噛む。


「遊希は……もうやらないの一点張りで……」


 雪夜は、何も言えなかった。


 ただ――現実を、受け止めるしかなかった。


「……そうか」


 小さく、呟いた。


「そんなことに……なっていたのか」


 広志が、続けた。


「だから……僕たちは、先輩と同じところに行こうと思っていますけど……」


 少しだけ、間を置く。


「遊希だけは……違うところに行くって言ってて……」


 その言葉は、あまりにも寂しかった。


 雪夜は、静かに言った。


「……それは、さびしいな」


 広志は、強く頷いた。


「それでも」


 はっきりと、言った。


「僕たちは、先輩と同じ野球部に入ります」


 その言葉に、嘘はなかった。


 雪夜は、目を閉じた。


 そして――


「……ありがとう……」


 それだけ、言った。


 栄司が、明るく言った。


「そうゆうことなんで、俺たちが入部するのを、待っていてくださいっす」


 雪夜は、頷いた。


「ああ……みんな、待っているよ」


 広志が、一歩下がった。


「では、先輩……僕たちはこれから、自主トレがあるので……これで失礼します」


「ああ」


 雪夜は、微笑んだ。


「みんな、今日は来てくれてありがとう」


 栄司が笑った。


「俺も雪夜さんに会えて、嬉しいっすよ」


 浮田総二も、静かに言った。


「ワシも、会えて嬉しかったぞ」


 三人は、背を向けた。


 そして――歩き出した。


 その後ろ姿を、雪夜は見つめていた。


 少しずつ、小さくなっていく。


 胸の奥に、寂しさが広がっていた。


 いつもなら――


 あの三人の中に。


 もう一人、いたはずだった。


 六本遊希。


 その姿は――もう、どこにもなかった。

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