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第95話 後輩たちの今

 六本遊希の名前が出た瞬間。


 浮田総二、白石広志、竹田栄司の三人は――揃って、表情を曇らせた。


 それまでの空気が、嘘のように消えていた。


 雪夜は、その変化を見逃さなかった。


 胸の奥に、小さな不安が芽生える。


「……遊希に」


 言葉が、自然とこぼれた。


「なにか、あったのか」


 三人は、すぐには答えなかった。


 風の音だけが、グラウンドを通り抜けていく。


 やがて。


 広志が、ゆっくりと口を開いた。


「遊希は……」


 言葉が、途切れる。


 一度、目を伏せる。


 そして――


「遊希は……野球を辞めたんです」


 その言葉は、静かだった。


 だが、確かに――重かった。


 雪夜は、すぐには理解できなかった。


「遊希が……野球を辞めた……」


 信じられなかった。


 あの六本遊希が。


 誰よりも野球が好きだった、あの遊希が。


「何が……あったんだ」


 声は、かすかに震えていた。


 広志は、顔を上げた。


「その前に……」


 決意するように言った。


「今の野球部が、どうなっているのか……話さないといけません」


 雪夜は、眉を寄せた。


「野球部に……何かあったのか」


 広志は、ゆっくりと頷いた。


「はい……」


 そして、続けた。


「先輩たちが卒業してから……変わったんです」


 雪夜は、黙って聞いていた。


「塩じいが、退任して……違う人が、監督になったんですけど……」


 そこで、広志は言葉を止めた。


 唇を、強く結ぶ。


「……これが、最悪な監督だったんです」


 塩じい――塩川大二郎。


 雪夜たちの中学時代の監督。


 厳しくも、誰よりも選手のことを想っていた人だった。


 その人が、いなくなった。


 それだけで、何かが変わったのだと――雪夜は直感した。


「……あの野郎」


 竹田が、吐き捨てるように言った。


「今でも、ムカつくんすよね」


 その声には、抑えきれない怒りがあった。


 広志が、続けた。


「それで……僕たち三人は」


 総二と栄司を、ちらりと見る。


「一ヶ月もしないで、野球部を辞めたんですよ」


 雪夜は、息を呑んだ。


 辞めた。


 その言葉の意味を、理解していた。


「でも……遊希は」


 広志の声が、わずかに震えた。


「遊希は、残ったんです」


 雪夜は、何も言わなかった。


 言えなかった。


「でも……」


 広志は、視線を落とした。


「監督の仕打ちに……心が折れて」


 そして。


「野球部を、辞めたんです」


 その言葉は――


 あまりにも、重かった。


 雪夜は、目を閉じた。


「……そうか……」


 小さく、呟いた。


「みんな……野球部を、辞めていたのか」


 それ以上の言葉が、出てこなかった。


 雪夜自身も――中学で野球を辞めた人間だった。


 だからこそ。


 その重みを、知っていた。


「はい」


 広志が、静かに答えた。


「引退じゃなくて……退部です」


 その違いは、決定的だった。


「それぐらい……監督が、酷くって……」


 竹田が、拳を握りしめた。


「あの野郎……今でも、ムカつくっすよ」


 怒りは、まだ消えていなかった。


 雪夜は、しばらく何も言わなかった。


 言葉を、探していた。


 だが――見つからなかった。


 やがて。


 雪夜は、顔を上げた。


「……それで」


 静かに、聞いた。


「遊希は……どうしているんだ」


 三人は、答えなかった。


 いや――答えられなかった。


 六本遊希の物語は。


 まだ――終わっていなかった。

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