第94話 見学
東鶴間高校野球部は、その日も変わらず練習をしていた。
白球を追い、声を張り上げ、ただ前を向く。
人数が足りないという現実は、何も変わっていなかった。
それでも、野球をやめる理由にはならなかった。
そんな日の午後だった。
グラウンドの端に、見慣れた――そして、どこか懐かしい三つの影が立っていた。
浮田総二。
白石広志。
竹田栄司。
雪夜の後輩たちだった。
雪夜は、バットを置き、三人の元へ歩み寄った。
そして、小さく微笑んだ。
「総二、広志、栄司……よく来てくれたね。待っていたよ」
その言葉に、広志がすぐに答えた。
「僕たちも、雪夜さんに会いたかったですよ」
変わらない、真っ直ぐな目だった。
総二も、口元を緩めた。
「ワシも、会いたかったぞ」
栄司は、少し照れたように笑った。
「俺も、会いたかったっすよ」
その言葉を聞いて、雪夜は小さく笑った。
「ははっ……みんな、変わらないねぇ……」
それが、何より嬉しかった。
栄司が言った。
「そりゃあそうっすよ。雪夜さんが卒業してから、まだ半年しかたってないっすから」
雪夜は、頷いた。
「栄司は、相変わらずだね」
「栄司もこの通りだし」
広志が続ける。
「僕と総二も、変わってないですよ」
その言葉に、雪夜は三人の顔を見た。
確かに、何も変わっていないように見えた。
だが、それでも。
半年という時間は、確かに流れていた。
「みんな、元気そうでよかったよ」
その言葉は、自然に出たものだった。
栄司が、ふと思い出したように言った。
「それにしても雪夜さん、どうして総二だけに電話したんすか」
雪夜は、少しだけ困ったように笑った。
「それは……総二が、一番話がはやいと思って……」
すると、総二が口を挟んだ。
「ワシらの中なら、広志が一番話が通じると思うがのう」
その言葉に、雪夜は広志を見た。
そして、静かに言った。
「それは……広志が、僕を慕っているからさ」
広志は、少しだけ驚いたように目を見開いた。
そして、すぐに微笑んだ。
「確かに……雪夜さんと話が出来ると思ったら、テンションが上がってしまうと思います」
その言葉に、雪夜は頷いた。
「だから、総二に電話したんだよ」
栄司は、大きく頷いた。
「それじゃあ……仕方ないっす」
四人の間に、小さな笑いが生まれた。
それは、中学の頃と変わらない空気だった。
だが――
雪夜は、ふとあることを思い出した。
「……ところで、聞いていいかな」
三人が、雪夜を見た。
広志が答える。
「なんですか、聞きたいことって」
雪夜は、少しだけ言葉を選んだ。
そして――
「……遊希は、どうしているかな」
その瞬間。
三人の表情が、わずかに変わった。
総二と広志、栄司が、互いの顔を見た。
それは――
明らかに、先ほどまでとは違う空気だった。
雪夜は、その変化に気づいていた。
総二と電話した時も、そうだった。
野球部の話と――六本遊希の話だけは。
はぐらかされていた。
なぜなのか。
雪夜は、知らなかった。
自分が卒業した後。
彼らが、どんな時間を過ごしてきたのかを。
広志が、静かに口を開いた。
「……どうしても、聞きたいですか」
その言葉は、問いかけであり――
同時に、覚悟を求めるものでもあった。




