第87話 天宮真十郎の悩み
斉藤秀一たちが東鶴間高校を訪れてから、数日が過ぎた。
野球部は、再びいつもの日常に戻っていた。
グラウンドの片隅。
高橋雪夜は、ミットを構えていた。
マウンドには、天宮真十郎。
「いくよ、高橋」
「ああ」
天宮の腕が振られる。
――バシッ!!
重い音が、ミットの奥で響いた。
雪夜は、ゆっくりと頷いた。
「いい球だ」
天宮が、少し不安そうに聞いた。
「……どうかな」
「僕の球」
雪夜は、正直に答えた。
「走り込みのおかげだね」
「球のノビが、前よりよくなっている」
天宮は、少しだけ安堵したように息を吐いた。
「……そうか」
だが、その表情には、まだ影が残っていた。
「僕は……」
「僕のできることをする……それだけだよね」
雪夜は、その言葉に違和感を覚えた。
「天宮」
「なにか……悩みがあるのかい」
天宮は、少し黙った。
そして、ぽつりと言った。
「悩みっていうほどじゃないけど……」
「斉藤さんや……佐藤の球を見ていたら」
少し、視線を落とす。
「剛速球が……羨ましくなって」
風が吹いた。
天宮は、自分の手を見つめていた。
この手では、
あの球は投げられない。
そう思っていた。
だが――
雪夜は、迷わず言った。
「気にしなくていい」
天宮が顔を上げる。
雪夜の目は、まっすぐだった。
「君は」
「君にしかできないことをすればいい」
天宮は、繰り返した。
「僕にしか……できないこと……」
雪夜は、静かに言った。
「それを見つけるのが――」
一度、ミットを軽く叩く。
「バッテリーだろう」
その言葉は、強くはなかった。
だが――
確かだった。
天宮の胸の奥に、まっすぐ届いた。
「……そうだよね」
天宮は、小さく笑った。
「悩んでいたら……もったいないもんね」
雪夜も、少しだけ笑った。
「そういうこと」
「さあ――」
ミットを構える。
「無理はしないで、投げていこうか」
天宮は頷いた。
「分かった」
「無理はしないよ」
そして――
再び、腕を振る。
――バシッ!!
先ほどよりも、
迷いのない球だった。
雪夜は、確信した。
この投手は、もっと強くなる。
自分と共に――
天宮真十郎と高橋雪夜。
二人のバッテリーは、
まだ未完成だった。
だが――
確実に、前へ進んでいた。
誰にも真似できない、
二人だけの形を探しながら。




