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第85話 斉藤秀一の球

 一打席勝負を終えたあと――


 斉藤秀一、秋月小十郎、高柳龍二郎、そして高橋雪夜は、その場に残っていた。


 秋月が、ぽつりと口を開いた。


「秀一」


「俺にとって、これが最後の……秀一とのバッテリーだからな」


「この機会に、感謝しておくよ」


 斉藤は、少し驚いたように目を細めた。


「そうだね」


「小十郎とは……試合でバッテリーを組んだこと、なかったもんね」


 秋月は、苦笑した。


 高柳が、一歩前に出た。


「斉藤さん」


「今日は、ありがとうございました」


「おかげで……俺のやるべきことが、分かりました」


 斉藤は、嬉しそうに笑った。


「そう言ってもらえると――来た甲斐があるよ」


 雪夜が、静かに言った。


「以前、戦った時より……球が良くなっていました」


 斉藤は、肩をすくめた。


「まあね」


「一打席だけの勝負だから――本気を出したんだよ」


 秋月が、すぐに突っ込んだ。


「まあ……三振は取れなかったけどな」


 斉藤は、苦笑した。


 その時――


 雪夜が、思い出したように言った。


「そう言えば……」


「高早さんの怪我、大丈夫だったのでしょうか」


 斉藤は、真顔で答えた。


「ああ……なんとか一命は取りとめたよ」


 秋月が、即座に突っ込んだ。


「いや、死にかけてねえよ」


 その場の空気が、少しだけ和らいだ。


 そして――

 斉藤は、雪夜を見た。


「それと……」


「雪夜君に、聞きたいことがあるんだ」


 雪夜は、すぐに察した。


「……佐藤秋一郎のことですか」


 斉藤の目が、わずかに細くなる。


「察しがいいね」


「全国大会決勝で対戦したけど……彼から、“殺気”を感じた」


「中学時代のチームメイトだろう?」


 雪夜は、迷わなかった。


「……はい」


「中学時代、バッテリーを組んでいました」


 斉藤は、静かに頷いた。


「だろうね」


「だから、合点がいった」


 雪夜は、わずかに視線を落とした。


「……なんか……秋一郎が、すいません」


 斉藤は、すぐに否定した。


「君が悪いわけじゃないよ」


 そして――


「まあ、それは置いておいて」


「君に、お願いがあるんだ」


「少しでいい」


「僕の球を――受けてみないか」


 雪夜は、迷わなかった。


「……お願いします」


 即答だった。


 斉藤はマウンドへ向かい、

 雪夜は、捕手の位置に座った。


 構える。


 静寂。


 第1球。


 ストレート。


 ズバンッ!!


(重い……!)


 第2球。


 スプリット。


 鋭く落ちる。


 ズバンッ!!


(落差が大きい……!)


 そして――


 第3球。


 高速スライダー。


 空気を切り裂くような軌道。


 ズバンッ!!


 全て、捕った。


 斉藤が、マウンドから歩いてくる。


「雪夜君」


「僕の球――どうだったかな」


 雪夜は、迷わず答えた。


「すごい球です」


「ノビ、キレ、球質、変化球……」


「どれも――超一級品です」


 斉藤は、静かに笑った。


「嬉しいねぇ」


「あの“天才投手たち”の球を受け続けた君に」


「そう言ってもらえるとはね」


 雪夜は、少し驚いた。


「初めて会った時も……そう言っていましたね」


 斉藤は、頷いた。


「そりゃあそうだよ」


「中学三年生の時――」


「全試合、自責点ゼロに抑えた捕手がいるって」


「当時は、噂になっていたよ」


 雪夜は、首を振った。


「それは……彼らが良かっただけです」


 斉藤は、静かに言った。 


「そんなことはない」


「天才たちとバッテリーを組むのは――」


「簡単なことじゃない」


「それは、誇っていいことだよ」


 雪夜は、少しだけ目を伏せた。


「……ありがとうございます」


 斉藤は、最後に言った。


「君は――」


「いい捕手になるよ」


 その言葉を残して――


 斉藤秀一たち、桜桜花高校野球部は帰っていった。


 静寂が戻る。


 雪夜は、自分の左手を見つめた。


 斉藤秀一の球を、受けた手。


 まだ、感触が残っていた。

 

 重く、鋭く、そして――


 本物の球だった。

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