第80話 打倒、斉藤秀一
全国大会決勝の中継が終わり、部室の中は、しばらく静まり返っていた。
誰も、
すぐには言葉を出せなかった。
完全試合。
それも、
自分たちを圧倒した投手――
斉藤秀一によるものだった。
「……なんだか……すごい試合だったね」
六条遊人が、ぽつりと呟いた。
その言葉に、誰もが小さく頷いた。
言葉にできないものが、
胸の中に残っていた。
恐怖とも、憧れとも、悔しさとも違う、何かだった。
六条は、ふと高柳を見た。
「高柳君……」
「よく、斉藤さんからホームランを打てたね」
高柳龍二郎は、壁にもたれながら、淡々と答えた。
「……2球連続で、真ん中にストレートだった」
それだけだった。
だが、その言葉の意味を、
全員が理解していた。
(こいつ……)
(天才かよ……)
誰も、口には出さなかったが、
同じことを思っていた。
高柳は、今度は高橋雪夜を見た。
「高橋」
「俺たち……斉藤さんと、勝負の約束をしているだろう」
雪夜は、静かに頷いた。
「……そうだね」
そして、テレビの消えた画面を見つめながら、続けた。
「……あの試合を見て」
「早く勝負したくなったよ」
その声には、
はっきりとした熱があった。
高柳は、少し驚いたように笑った。
「珍しいな」
「お前が、そんな顔をするなんて」
雪夜は、小さく息を吐いた。
「……本気の斉藤さんの球を」
「直接、見たくなったんだ」
それは、恐怖ではなかった。
挑戦だった。
高柳は、立ち上がった。
「……そうと決まったら」
「今から、素振りだ」
当然のように言った。
雪夜も、立ち上がった。
「奇遇だねぇ……」
「僕も、同じことを考えていたよ」
二人は、部室を出た。
夕暮れのグラウンド。
誰もいないはずの場所に、
バットの音が響いた。
――ブンッ
――ブンッ
無言のまま、
二人は振り続けた。
その背中を、部室の窓から、
監督の九条咲が見ていた。
「……まったく」
小さく笑った。
「ここにも、野球馬鹿がいたのか」
そして、振り返った。
「お前たち」
「あの二人に続け」
一瞬の沈黙のあと――
「はいっ!」
声が重なった。
誰もが、外へ走り出した。
その日、東鶴間高校野球部は、
再び動き始めた。
敗北は、終わりではなかった。
始まりだった。
この時、彼らはまだ知らなかった。
数日後――
本当に、斉藤秀一たちが、この場所へ来ることになるとは。
知るよしもなかったのである。




