表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/134

第79話 秀一と弘至

 病院の廊下は、静まり返っていた。


 消毒液の匂いが、

 わずかに漂っている。

 

 斉藤秀一と、高早弘至は、

 並んでベンチに座っていた。

 

 斉藤も、

 念のため検査を受けていた。

 

 だが、肩も、肘も、

 異常はなかった。

 

 問題は――


 高早の方だった。

 

「……全治一ヶ月、です」

 

 医師の言葉が、静かに告げられた。

 

 骨に異常はない。


 だが、強い打撲と炎症。 


 野球は、しばらくできない。

 

 診察室を出たあと、二人は、

 しばらく何も話さなかった。

 

 沈黙の中で、斉藤が口を開いた。

 

「……弘至……すまない」

 

 高早は、驚いたように、

 斉藤を見た。

 

「謝らないでよ、秀一」

 

 穏やかな声だった。

 

「僕の方こそ……表彰式に出られなくして、ごめんね」

 

 斉藤は、首を横に振った。

 

「そんなこと、どうでもいい」

 

 そして、静かに続けた。

 

「……君を、一人にしたくなかったんだ」


 高早は、言葉を失った。

 

「……秀一……」

 

 その名前を、小さく呼んだ。

 

 斉藤は、何かを言おうとして、

 言葉を失った。

 

 その時だった。

 

「……僕ね」

 

 高早が、静かに話し始めた。

 

「中学まで……友達が、いなかったんだ」

 

 斉藤は、黙って、耳を傾けた。

 

「部活にも入らなくて……」

 

「ずっと、図書室で本を読んでいた」

 

「高校でも……そうなると思っていたんだ」

 

 少し、間を置いて。

 

「……君に、野球部に誘われるまではね」

 

 斉藤の瞳が、わずかに揺れた。

 

「……僕が……」

 

 高早は、微笑んだ。

 

「あの時……嬉しかったんだ」

 

「僕みたいな人間でも……」

 

「声をかけてくれる人がいたって」

 

 斉藤は、何も言えなかった。

 

 ただ、聞いていた。

 

「だからね」

 

 高早は、まっすぐ斉藤を見た。

 

「僕の人生を変えてくれたのは……君なんだよ」

 

 斉藤は、息を止めた。

 

「弘至……」

 

 だが、その先の言葉は、

 出てこなかった。

 

 高早は、少し笑った。


「それに」

 

「完全試合ができたんだ」

 

 左手を見つめながら、続けた。

 

「腕の一本ぐらい……安いものだろう」

 

 冗談めいた声だった。

 

「将来、君がプロ野球選手になったら」

 

「僕は自慢できるよ」

 

「"あの斉藤秀一に、腕を壊された男だ"ってね」

 

 斉藤は、思わず笑った。

 

「……君ってやつは……」

 

 その時、廊下の向こうから、

 足音が聞こえた。

 

 振り向くと、そこには、桜桜花高校野球部の仲間たちがいた。

 

 優勝トロフィーを抱え、

 笑顔に包まれていた。

 

 その光景を見て、二人は、

 顔を見合わせた。

 

 斉藤が、静かに言った。

 

「……この優勝は」

 

「みんなで掴んだものだよ」

 

 高早は、頷いた。

 

「……ああ」

 

「そうだね」

 

 廊下の窓から、

 夕日が差し込んでいた。

 

 投手と、捕手。

 

 勝利の裏で、すべてを賭けた、

 二人のバッテリー。

 

 その夏は、確かに、

 彼らのものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ