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第78話 桜桜花対東栄、決着

 完全試合まで――


 あと、三つ。

 

 九回表。

 

 マウンドに立つ斉藤秀一の表情は、変わらず、静かだった。

 

 先頭打者。 


 斉藤の投じたストレートは、迷いなく、ミットへと突き刺さった。

 

 打者は振り遅れ、空振り三振。

 

 あと二人。

 

 球場の空気が、張り詰めていく。

 

 その時だった。

 

 テレビの前で見ていた高橋雪夜は、違和感の正体に気づいた。

 

「……まさか……」

 

 画面の中の捕手、高早弘至。

 

 その動きが、わずかに硬い。

 

 そして、斉藤の球を捕った瞬間、ほんのわずかに、顔が歪んだ。

 

「……左腕を、痛めているのか……」

 

 雪夜の声は、驚きに満ちていた。

 

 その推測は、正しかった。

 

 斉藤の剛速球は、すでに、高早の左腕を破壊し始めていた。

 

 捕るたびに、激痛が走る。

 

 骨の奥まで、震えるような痛み。

 

 だが、高早は、

 表情を変えなかった。

 

 変えることが、できなかった。

 

 準々決勝では、

 立塚尚文が完投した。

 

 準決勝では、

 白田博樹が完投した。

 

 もう、投手は残っていない。

 

 ここで、捕手が交代すれば、斉藤の完全試合も、優勝も、すべてが崩れる可能性があった。

 

(……持ってくれ……)

 

 高早は、祈っていた。

 

(試合が終わるまででいい……)

 

(この左手が壊れてもいい……)

 

(だから――)

 

(最後まで、持ってくれ……)

 

 そして、二人目。

 

 内角低め、ストレート。

 

 見逃し三振。

 

 ツーアウト。

 

 あと一人。

 

 斉藤もまた、祈っていた。

 

(……頼む……)

 

(肩も、肘も……)

 

(壊れるな……)

 

(あと一人だけでいい……)

 

 マウンドの上で、静かに息を吐く。

 

 最後の打者が、打席に立った。

 

 球場は、

 異様な静けさに包まれていた。


 高早が、ミットを構える。

 

 痛みは、限界を超えていた。

 

 それでも、ミットは、

 下がらなかった。

 

 斉藤が、振りかぶる。

 

 そして――

 

 投げた。

 

 唸りを上げた白球が、一直線に、ミットへ向かう。

 

 打者は、振り遅れた。

 

 空振り。

 

 その瞬間――

 

 球場が、爆発した。

 

 完全試合。

 

 そして、全国制覇。

 

 最後の一球は、

 156キロを計測していた。

 

 桜桜花ナインが、

 一斉にマウンドへ駆け寄る。

 

 斉藤は、

 仲間たちに抱きしめられた。

 

 歓喜の輪。

 

 だが――

 

 その中に、

 高早弘至の姿はなかった。

 

 ベンチで、マネージャーの若林京子が、そっとミットを外していた。

 

 露わになった左手は、

 大きく腫れ上がっていた。

 

 斉藤は、それを見た。

 

 何も言わず、駆け寄った。

 

 二人は、何かを話していた。

 

 だが、テレビ越しでは、

 その言葉は聞こえなかった。

 

 数分後――

 

 斉藤秀一と、高早弘至は、

 球場を後にした。

 

 表彰式には、出なかった。

 

 英雄と、その相棒は、

 病院へ向かっていた。

 

 残された表彰台。

 

 優勝校の、投手も、

 捕手もいない。

 

 異様な光景の中で、

 表彰式は進んでいった。

 

 テレビの前で、

 東鶴間高校の部員たちは、

 言葉を失っていた。

 

 優勝の凄さではない。

 

 完全試合の凄さでもない。

 

 その代償の重さに、

 圧倒されていた。

 

「……高早さん……」

 

 雪夜は、小さく呟いた。

 

「大丈夫かな……」

 

 誰も、答えなかった。

 

 テレビの中では、

 歓声が鳴り続けていた。

 

 だが、雪夜の胸には、

 別の感情が残っていた。

 

 勝利の裏にある、痛みと、覚悟と、

 そして――

 

 本当の強さが、そこにあった。

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