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第74話 まさかの副副主将

 副キャプテンが決まったあとも、部室の空気はまだ落ち着いていなかった。 


 六条遊人は、腕を組みながら、真剣な顔で考えていた。 


「……それで、誰にしようかな」

 

 その声は――

 なぜか楽しそうだった。

 

 部室の空気が、微妙に凍りつく。

 

 ――まさか。

 

 ――こいつ、本気なのか。

 

 誰もが、そう思った。

 

 六条は、完全に本気だった。


 副キャプテンとしての最初の仕事が、福福キャプテンを決めることだと、本気で思っているようだった。

 

 その空気を察した高橋雪夜が、静かに口を開いた。

 

「六条、ちょっといいかな」

 

 六条は、顔を上げた。

 

「なんだい、高橋」

 

 そして――

 

「福福キャプテンをしてくれるのかい」

 

 真顔だった。

 

 雪夜は、一瞬だけ間を置いた。

 

「……作戦参謀じゃ、駄目かな」

 

 六条は、少し考えた。

 

 そして、真剣に言った。

 

「……福福キャプテンじゃ、駄目かな」

 

 一瞬の沈黙。

 

 そして――

 

「いや、そのくだり、もういいって!」

 

 部室に、ツッコミが響いた。

 

 雪夜は、小さく笑った。

 

「作戦参謀なら、してもいいけど」

 

 六条は、雪夜を見た。

 

 しばらく考え――

 

「……分かった」

 

「それで、お願いするよ」

 

 その瞬間、

 部室の空気が、少し変わった。

 

 雪夜は、みんなの方を向いた。

 

「というわけで」

 

「作戦参謀として、これからよろしくお願いします」

 

 拍手が起きた。

 

 それは、自然な拍手だった。

 

 誰も、強制されていない。

 

 誰も、命令されていない。

 

 それでも――

 

 拍手が起きた。

 

 そして、雪夜は続けた。

 

「と、いうわけで」

 

 一呼吸置いて、

 

「福作戦参謀を決めようと思います」

 

 一瞬の静寂。

 

 そして――

 

「お前もかいっ!」

 

 部室は、笑いに包まれた。

 

 あの敗北の日、

 重く沈んでいた空気は、

 もうどこにもなかった。

 

 東鶴間野球部は、確実に、

 前を向き始めていた。


 さすがに、福作戦参謀を決めることはなかった。

 

 冗談と笑いの中で、

 キャプテン、副キャプテン、作戦参謀――


 新しい役職が、正式に決まった。

 

 東鶴間高校野球部は、新しい形で、

 動き出そうとしていた。 


 その時だった。

 

「お前たち」

 

 監督の九条咲の声が、部室に響いた。

 

「時間の使いすぎだぞ」

 

 その一言で、全員が窓の外を見た。

 

 空は、すでに茜色に染まり始めていた。

 

 もうすぐ、日が落ちる。

 

 九条は、小さく息をついた。

 

「しょうがない」

 

「今日は、練習はなしでいい」

 

 一瞬の沈黙。

 

 そして――

 

「えっ、いいんですか?」

 

 誰かが、思わず聞き返した。

 

「役職決めも、大事なチーム作りの一つだ」

 

 九条はそう言って、

 静かに部室を後にした。

 

 残された部員たちは、

 それぞれ帰り支度を始めた。

 

 バッグのファスナーの音。

 

 椅子を引く音。

 

 他愛もない雑談。

 

 敗北のあと、重く沈んでいたこの部室に、ようやく、日常が戻ってきていた。

 

 その中で、雪夜は高柳に目を向けた。

 

「高柳」

 

「まさか、君までふざけ始めるとは、驚いたよ」

 

 高柳は、バッグを肩にかけながら、

 少しだけ笑った。

 

「まあ……」

 

「今日ぐらい、いいだろう」

 

 その言葉は、

 どこか柔らかかった。


 雪夜は、小さく頷いた。

 

「確かに、そうかもね」

 

 高柳は、少しだけ視線を落とした。

 

 そして、ぽつりと呟いた。

 

「俺だって」

 

「チームワークは、良くしたいからな」

 

 一瞬、空気が止まった。

 

 誰も、何も言わなかった。

 

 高柳龍二郎。

 

 孤高の天才打者。

 

 誰よりも実力があり、誰よりも冷静で、誰よりも、他人に興味がないと思われていた男。

 

 その男が、初めて、

 チームのことを口にした。

 

 それだけで、十分だった。

 

 誰も、からかわなかった。

 

 誰も、茶化さなかった。

 

 ただ、その言葉を、

 静かに受け止めていた。

 

 やがて、部室の明かりが消された。

 

 東鶴間野球部の面々は、

 それぞれの帰路についた。

 

 夕暮れの空は、ゆっくりと、

 夜へと変わっていく。

 

 敗北の夏は、終わった。

 

 だが――

 

 東鶴間高校野球部は、今、本当の意味で、新しく始まろうとしていた。

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